「重い」は完全に禁句別の意味で禁句なのだ。
私が普通の令嬢となるべく取り付けられる物はすさまじい量であり、
それは重いでは済まされない部分でもある。
カナリアをやって体を鍛えていたからこそ歪んだ部分もあるが、
その「重さ」は、私が必死に生き延びた証拠でもある。
婚約者様にとってその「重い」は、言うまでもなく、
私が生死を掛けて戦った理由は当然であるが公爵家の中で、
仕える「物」が自身しかなかったからであり「そうさせた」のは、
目の前にいる公爵令嬢の両親と王家なのだ。
よくある「女の子は軽いのよ?」と言うアレな部分もあるが、
それは些細な言葉だが、同時に究極に屈辱的な言葉と婚約者様は捉えるのだ。
何により、「その原因の一端」である南の公爵令嬢にこの言葉を言われる事は、
「私」が許しても婚約者様は当然許せない。
「その程度で「重い」などど言っているから、
殿下に愛想を突かれたのだと何故解らない?」
「ちがっ!そんな事!」
「私の婚約者は何故「重い」のかそれすら解らず言葉にするのだ。
理解出来る頭は持っていないのかも知れんが…
それならそれで構わん。
だが私の婚約者を侮辱した事を私は絶対忘れない」
なんて?どうして?
そんな表情を浮かべるだけの彼女に婚約者様は容赦なく詰め寄るのだ。
駄目だって!ただのか弱い?かどうか知らんが令嬢に、
そんな迫力のある声で話しかけたらビビるって!
案の定、苛立って話される婚約者様のの言葉に怖気づいた南の公爵令嬢は、
何も言えずに黙るしかなかったのだ。
「話にならん。さっさとお引き取り願おう。
そして叶うならばこれ以降必要な場以外でお会いする事はご遠慮願いたい」
そう言うと同時に婚約者様は私を抱き上げて、
そのまま少し離れた場所にある別のソファに自身が座ると、
膝の上に私を乗せ直すのだ。
南の公爵令嬢はただただその姿を見送る事しか出来ない。
そして令嬢に背を向ける形を見せ会話を続ける事はもうないと、
婚約者様は無言で証明するのだ。
「あ、あの…」
「お帰り戴こう。
これ以上話す意味はない」
「で、でも…」
それでも諦められない。
自身の未来の為に縋りつく事を辞めない南の公爵令嬢を、
婚約者様は完全に無視を決め込むのである。
「お、お父様に、お父様に怒られちゃう…」
その言葉が全てを台無しにする言葉であり、
更に婚約者様にとって引けないキーワードとなる事を気付けない。
最悪の言葉だって事に。
南の公爵令嬢の言いた「お父様」という言葉によって、
あのさっきまで開かれていた会議で決定した事に対して、
まだ逃げようとしていたと言う事をを証明した様な物であり、
本格的に王子の国境の町での生活の支援がやばい事になると言う…
前触れにしか感じられず、これは娘を使った責任転嫁と北への支援を、
むしり取ろうとする考えが透けてくるのだ…
王家からの支援を南の公爵家は少なくとも婚約者だったから逃げられない。
その支援を最小限に減らす為の悪あがきとして都合よく派遣されたのが、
公爵令嬢だって言っている様な物なのだ。
未来の王妃となる女性と言えどもこれが限界と言う事だったのか…
それとも公爵家としてこれから躾けるつもりだったのか。
私には解らないけれど…
「取り巻き」という支援?(外部頭脳)が無ければそれも叶わないのかもしれない。
目の前で見せつけられる「未来の悪役令嬢候補」は少なくとも、
これから作られる事になるのだろうとしみじみ思ったのであるが、
ただ…
既に婚約者様は私と南の公爵令嬢との会話を許す事はなく、
南の公爵令嬢も連れて来ていたメイドに促されて、
悲しきかな部屋から強制退場する羽目になったのだ。
「―馬鹿にしやがって」
退場して家の者だけになった婚約者様の口から零れ落ちる言葉。
結局代理に過ぎず王家と公爵家で決めた取り決めでさえ、
何とか無かった事にしようと娘を使って説得と言う名の責任転嫁をする。
それだけ「代理」と言う立場から「軽んじられる」会議しか、
出来ていない苛立ちにも聞こえてくるのだった。
そんな事は決してなく未来の北の2家を代表する家の主となるべく、
努力し時の権力者とやり合っている婚約者様は立派だ。
十分評価できるし、決して南と王家に負けていない。
いる訳がない。
それでも王家は正式な立場でないと言う事を理由に「代理」だからと、
言い訳をして婚約者様の発現を潰すのだ…
それでも、
「貴方はよくやっています。
それは…私が一番理解しています。
今はまだ耐える時なのでしょう…」
「もう、十分耐えた。
耐えたはずだ。やっと、やっとお前が自身を犠牲にして…
王家を引きずり出すチャンスを掴んだんだ…
それを、取り消しになんてさせないっ!させてたまるかっ!」
「…そう、ですね」
思いの外、私が腕を晒した事は周囲と言うより婚約者様に、
ダメージを与えていたらしい。
う、うーんそれは予想外。
想定していなかった事なので純粋にどうするか悩むのであるが…
南の公爵令嬢は帰ったのだ。
もう王城に用はない。
ここではいつまでも落ち着けないし、
「帰りましょう。
お屋敷に。
そこで落ち着いて休めば、きっと良い案も浮かびましょう?」
「そうだな…」
ともかくお疲れ気味の私達はそのまま屋敷に帰るべく、
帰り支度を始めるのだった。
とは言っても支度が必要なのは私だけなのだが。
来た時と同じ様にドレスカバーを着せられると、
各所をリボンで絞って固定される。
一層の重さと息苦しさを感じるが私のその姿を見て婚約者様が落ち着くのだ。
「帰る」という「明確な姿」になった事によって安心感を得たのか。
私の前を歩きながらその手は後ろに回して私の手を引くように差し出してくる。
その手に両手を乗せる様にすれば私の手は優しく包み込まれ、
私に歩調を合せる様にしながらゆっくりと歩き始めるのだ。
そうして婚約者様に私はなけなしの体力を使って後ろを付いていくのである。
だがその帰りの通路の途中で今度は別の刺客が待っていたのだ…
今思えばちょっと考えればわかる事で、
流石に南の公爵令嬢程度で態度が変わる訳がない事も、
当然理解しているはずなのだ。
そして今回の決定を一番覆したいのは言うまでもなく国王陛下の隣で、
ほとんど発言する事が出来なかった人物。
かわいい「ムチュコタン」を危険な国境に連れていかれるなんて当然許せない。
だから当然であるが一番嫌なタイミングで待っていたのである。
「確定事項」として強制的に出会う様に仕向けて。
つまるとこと「偶然」になる様にして出会いに来たのである。
さっさと帰って休みたい私達の前に。
思考が鈍って失言をしやすい一番面倒なタイミングで上げ足を取って、
今日の出来事を無かった事にする為に国王が動かした最後の「駒」なのだ。
そう王妃様である。
「あら…偶然ね今日はとても良い会議だったわね」
満面の笑みで話しかけてくるその王妃様の行動は、
もはや面倒くさいを通りこしてありえないのだった。
明かに不機嫌になる婚約者様。
私を引いていた手は、自然と放され深いお辞儀をする事になる。
当然私も婚約者様に合わせてカーテシーをする事になるのだった。
もう少しで楽に帰れた所だったのにものの見事に、
足止めをされる事になったのであるが…。
少なくとも婚約者様は笑って応対するのだ。
逆に言えば王家には後がないと言う証明であるのだから。