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第16話

私は婚約者様の後ろを付いて歩く。

向かう先は国の中核を担う王家の待つ場所だ。

それは長年の悲願の様な事であり、

私達が望んだ事が実現するチャンスでもあった。

王家の王子の行った失言は取り消せない。

そして、その失言を徹底的に口撃する事が目的となる。

けれど…


「あっくっ…」


正直体が物凄い辛い事になって来てもいた。

最低限の礼を王家に見せる為に身に着けている矯正具は言うまでもなく、

死ぬほど痛み苦しいのは当然として今の私はその苦しさと痛みを我慢して、

無理矢理「慣れさせた」だけ。

変な言い方だけれど時間制限付きの着こなしと言うべきなのだ。

2日がかりで着替えた矯正具はともかくその上に着るドレスは容赦なく、

私をその重量で押しつぶしてくるのだ。

ドレスの締め上げと言うより体の各所にのしかかる重は、

当然の様に下に身に付けさせられている矯正具を押し付け抓る様な痛みが走る。

それは体全体にまんべんなく「痛み」を与えて来るのだからたまらない。

一秒だって着ていたくない装具なのである。

粛々と挨拶だけ熟して帰れるのであれば問題はなかった。

けれど王子の失言から始まる急遽行う事になってしまったこの会議は、

言うまでもなく私と婚約者様が屋敷に戻る事を当然許してくれない。

勿論王家も南の公爵家も私達が帰っても何も言わないだろうけど。

この降って湧いて出た私達北の2公爵家にとってはまたとないチャンスを、

みすみす見逃す事に他ならない。

始まってしまったボーナスステージを後日にして下さい。

なんて事には絶対にさせる訳にはいかないのだ。

その時間を用意するだけで王家はまた、


―あれはそう言う意味ではなかったのだ―

―今回の失言は許されるべき事である―


とか何とかして無かった事にするに決まっているのだから。

切り裂いた腕の手袋とブレスレットは綺麗に交換されて元通りになっている。

私を下げさせ控室へと単独で戻る事を許したのは当然その時点から、

王子の失言のもみ消しを何としてでも図るためではあるが、

私の腕の傷を見てしまったと言う事実だけは消し去る事は出来ない。


―紛争はあるかも知れないかもね―


が、


―立場的に守られるべき公爵令嬢が戦うほどにギリギリと争いをしている―


位の認識にはなっている。

けれどそれでも足りないのだ。

何としてでも国に、王家にこの国境で起こっている侵略行為を、

認めさせ戦いの矢面に立ってもらわなくてはいけない。

今王家は最大級に決断を迫られている。

何処まで失言を誤魔化せるか。

王家は婚約者様の宣言で真っ黒くなった盤面を真っ白に…

せめて灰色にするべく足掻くのだ。

使える事は全て利用して王家としては私の「腕」を見た事を、

「なかった事」にするしかない。

その為の最大の譲歩が、


―王子を国境の町に移住させる―


と言う事でありそれをすぐさま切り出した国王陛下の判断は、

王家としては間違っていない。

王家と言う本体にダメージが入る前にその外面である王子を切り離したのは、

上手い手段であるのだ。

だって彼は「王子」であり王位継承者の「王太子」ではないのだから。

その違いと意味は大きい。

それでも直系の血筋を差し出したと言う意味では相当の決断ではあったのだろう。

謁見の間で王子が黙らなかったと言う事を考慮しても大した決断であるのだが、

その身内切りと言う決断をされても、

国境で戦線を支え続けている北の2家である私達にはまったく響かない。

だって既に私達は限界まで国境を守るために注力しているのだから。

国はその事を認めているから物理的支援から逃げる為に、

北の2公爵家の統合を認め更に公爵夫妻が登城しなければいけないと言う、

「公爵家の崇高な義務」をまだ未来の後継者でしかない、

若輩者の私達にやらせる事を許しているのだから。

王家は今まで「物」を出すこと兵士を派遣する事・物資を提供する事)を、

しない代わりの「特別扱いの許可」だったのだが、

それはあくまで「国境で紛争はしていないと」言う大義名分で誤魔化して、

「軽い支援の代りだから」と言う言い訳をし続けて来た訳である。

だた、その建前が私の「腕を見た」という証拠で崩れ去ってしまったのだ。

言葉と報告書なら大袈裟に書いているだけ。

どれだけ人が死んで領土が踏み荒らされようと運が悪かっただけ。

なんてごまかし続けられるのだ。

王家の言い分としては「報告書を事実とする証拠を持ってこい」と、

言い続けていたのだ。

当然その証拠とは証言や報告書ではなく「王族の認めた、知っている存在」の、

明確な深い傷やその「遺体」である。

つまり公爵家の誰かの遺体、ただし私のお父様がどんな死に方をしたとしても、

「男児が傷つくのは当然」として認めない。

本来体に傷がつく事がない2家の「公爵夫人」かその娘である「私」が、

ズタボロの体となればその体の傷の異常性を認める事になり、

王家も認めざるを得なくなる。

ただ、普通であれば私が死んだとしても

傷だらけの体を両親が王家にわざわざ見せびらかして辱める訳が無い。

当然であるが「私」の名誉に傷を付ける事になるのだから。

2家の統合に伴って未来の「公爵夫人」という立場が決まっている私が、

「今」その傷だらけの体を見せるなんて王家は当然考えていなかった。

その未来にある王国で行われる「社交の場」で「公爵夫人」としての価値が、

完全に消失して私は社交の場で死ぬまで恥をかく事になるのだから。

本来なら「我慢」しなくてはいけなかった。

婚約者様に恥をかかせない為にも。

そして、その先にある北の2公爵家の為にも。

我慢して我慢し続けて、公爵令嬢として笑い、婚約者様を支えるべきなのだ。

乙女ゲームをベースとしながらも男尊女屈の世界観なのだ。

婚約者様に迷惑をかける訳にはいかないのだから。

だから綺麗に作られた社交の場に相応しい格好を無理にでも作り上げて、

着飾り笑顔を振りまくのだ。

けれど無理をして着飾り婚約者様が不利にならない様に礼を尽くした結果、

私は王家の王子に「成金令嬢」と笑われたのだ。

私の立ち振る舞いと価値は「着飾った成金野郎」という事になったのだ。

王家の王子がそう宣言したのだから。

これから私は社交場に出席した場合「北の成金令嬢」と笑われ、

婚約者様と結婚した暁には「北の成金夫人」とでも言われ、

生涯笑われ続けるだろう。

それは…

それなら…

もう、私に「令嬢」としても「夫人」としても価値は生まれない。

苦しい想いをして「体」を隠し続ける意味がないのだ。

王子の言葉は完全に私の「公爵家」としても価値を消失させたのだ。

恐らく本人は気付いていないでしょうけれど。

あの公式の謁見の場で王家からの正式な「否定」もなかったのだ。

なら私が綺麗に着飾る意味もない。

腕を見せる事に何らためらいはない大義名分を王子はくれやがったのだ。

それに私は乙女ゲームのシナリオを知っている。覚えている。

数年後に隣国からの「大侵攻」があるのだ。

その先に生き延びる可能性があったとしても、

そこに私を愛し育ててくれた故郷は荒れ果て何も残っていない。

それで王家が軍を率いて領地を解放してくれても今更としか思えない。

「乙女ゲーム」とは違うのだ。

私が戦い続けた5年間は何だった?

国境では侵攻を何度もされそれを撃退し続け隣国は危ないと言い続けていた。

「知らなかった」では許さない。

私に6年後の大侵攻を王国が何もせずに受けると言う未来はないのだ。

あってたまるか。


…私自身の「公爵令嬢」としての価値を失ってでも、

手に入れた王家が動かざるを得ないチャンスを得たのだ。

体がどれだけ痛もうが苦しかろうがこれから起こる会議だけは、

北の2公爵家が侵略戦争を受けたと言う生き証人として、

王家がふざけた言い訳が出来ない様にこれから開かれる会議に参加して、

王子をどうするのかを聞き届けてやるのだ。


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