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第12話



「君との間をなかった事にはさせない。

さぁ、行こうか」

「はい」


けれどその婚約者様の言葉を聞いても、

令嬢としてここまで無理をしなければ私を使い続けるのは、

大変だと言う言葉しか私には出て来ないのだ。

どうか早い段階で別の相応しい令嬢を貰い受けるべきと言う考えは消えない。

歩き出した婚約者様の後ろを「淑女」と王族に面会するために、

定められたお腹に手を当てて背筋を正して一定の距離で、

婚約者様について行く事になるのだ。

「婚約者」である以上まだ婚約者様の隣に並び立つ事は許されていない。

全身が軋む矯正具に重たいドレスで背筋を正して歩くのは、

涙が零れそうになる位、痛いし呼吸も苦しいが、

それもまた「つけいられる事」になるからともかく笑顔で。

何事も無い様にしながらついて行く。

僅かな距離である筈なのだがそれがこのドレスを着ているだけで、

長距離を全速力で走る様な苦しさを覚えるのだ。

近いけれど遠いその先にある国王陛下のいる玉座の間に衛兵に案内されながら。

歩く速度は案内する近衛兵が決める。

その歩みは中途半端に早いのだ。

王族を待たせるなと言わんばかりのその「速足」にはげんなりするも、

それも私がぼろを出す事を望まれているからに他ならない。

やがて空間は開かれ大広間のような場所に案内され、

威厳たっぷりな玉座の間には国王陛下と王妃殿下が玉座に座り、

その近くには宰相。

そして家臣団が扇状に広がってこちらを見ていた。

反対側にはあのヒロインから「因縁を付けられていた公爵令嬢」そして、

一応、あの場にいた王子様も当然いらっしゃる。

最後に見た事もない格好からすれば男爵家の夫婦?っぽい奴等もいる。

その隣にはその男爵家の令嬢?かな。

定位置に婚約者様が止り、膝を付いて頭を垂れれば私もそれに習って、

腰を落とし座りスカートを美しく広げながら頭を下げる。

沈黙が場を包み込み国王陛下が言葉をかけてくるのだ。


「よく来たな表を上げよ」


その言葉を合図に頭を上げれば、

そのまま婚約者様と国王陛下の間で話し合いが始まってしまうのだ。

そしてその話合いが終わるまで私は婚約者様の後ろで、

じっと待つ時間が始まる。


婚約者様は当然公爵家2家の代表として話を進める事になる。

その緊張感がピリピリと伝わってくるのだ。

昨今の国境線の戦況。

そして領内の状況。

最後に支援のありようをどうするのかをよどみなく話し続ける。


「戦況は、膠着状態なのだな?」

「何を持って膠着状態と仰っているのか解りかねます」

「うん?被害は出ていないのだろう?」

「いいえ軽微なれど綻びが見られる所も多々あります」


報告書は当然王家にも届いている。

そして当然の様に読まれてもいる事は国王陛下の言葉からも推察できる。

だが、しかしそれでも納得できないと言うかしたくないのであろう。

婚約者様から「都合の良い言葉」を求めている事が良く解る。


「ならこれ以上の支援は必要ないですな」

「ああ。戦費の負担が大きくなりすぎている」

「うむ一時的ではあるが膠着状態ならそれで良しとするべきだな」


ギリギリの膠着状態という事にしてしまえば、

これ以上支援金を支払わずに済むという考えが見て取れる。

国王陛下もその判断を何とか取り付けたいと言う事なのだが。

隣国との戦況は私が思っている以上にギリギリのバランスの上で保たれている。

それを何とか否定したい王国側は、

婚約者様が良い返事をする事だけしか許さない。


「…本当にそうお思いで?

国王陛下、私達北の2家は出来る事を出来る範囲で出来る所までしか、

行動致しませんが、それで宜しいですね?」

「うむ出来る所までやれれば問題なかろう」

「…解りました」


本当に国王陛下は解ったのだろうかと私は首をかしげたくなる。

ただ…

婚約者様は「出来る所までしかしない」と言った時点で、

私達北の2家が取る行動はもう決まった様な物だ。

今ある領地を守る事はそれだけで負担になっている。

つまり防衛しやすい所まで後退するべき時期が来ていると言う事だ。

どの道その場を守るだけで負荷となる領地が多岐にわたり存在する。

それを整理し領地の一部を切り捨て防衛線を再構築すれば、

戦況は今以上に安定させられる。

ただし、領地の破棄は王家の許可がいる事も確か。

公爵家とはいえ、その領地は王族によって「統治する権利」を与えられている。

と言った言い方が正しいのだ。

その領地を無断で奪われると言う事が「貴族」のプライドとして、

認められないのは確かであり、私達北の2家はその領地を失わない様に、

努力し続けるしかなかったのだ。

婚約者様の出来る所までしかやらないと言う事は「防衛線」も、

同じ様に領地を失ってでも効率化すると言う事は当然含まれている。

何も生み出せず荒れるだけの大地を防衛するだけ無駄なのだ。

これまでの事そしてこれからの事を考えながら、言葉を選ぶ婚約者様。

だたそんな言葉遊びの中に含まれる未来の行動の容認すら、

今しか生きていない「統治能力の弱体化した王家」には関係ないのだろう。

でなければヒロインの甘い言葉に引きずられる王家の王子の立ち振る舞いも、

説明がつかない「緩さ」なのだから。


今の国境線上の問題や、戦局なんて王家はあまり気にしないみたいだった。

だからだろうね。

戦争は存在しないと言いたい位に王国軍の事には触れないのだから。

膠着したのだから支援金は出さない。そして軍も必要ない。領軍で賄え。

そう暗に宣言してその代価に「何とかする事を許す」と言う事を、

意識的か無意識下で「国王陛下」は宣言されたのだから。

乙女ゲームでは北の2家で構築した防衛網が突破される大侵攻まであと6年。

防衛力が強化できたとしてもヒロインがいようがいまいが、

宮廷抗争は確実に起きると「確約」されたような物だった。

大侵攻の引き金は王国に付け入るスキがあると思われ、

隣国に「勝てる」と思わせたから始まったのだ。

今から3年後、ヒロインが学園を卒業する時が運命の分岐点だと、

思っていたのは大きな間違いで、

「既に」今から戦争に向かっての動きが始まっていると言う証明に他ならない。

私達の世代が宮廷で働き始め、国境の戦況が危ういと知った、

悪役令嬢として仕立て上げられる「南の公爵令嬢」が、

色々な支援を国を無視して北に支援するから、

宮廷抗争激化の引き金となるのだ。

国王は「現在」戦況膠着を玉虫色の回答で「何もしない事を」選んだのだ。

それがどんな意味を持っているのか国王は解っていながら動かない。

…もう王家に期待するのは「無駄」なのだろう。

解っていた事だけれど、それでも悔しいなぁ…

乙女ゲームと同じ様に「悪化」し続ける戦局を見続けることになるのか…

そんな思案を巡らせていると話題は大きく「どうでも良い事」に切り替わる。

これ以上国境の様子を聞きたくないと言わんばかりに。


「さてそなたの「婚約者」は一人の令嬢を拉致したようだな?」

「拉致とは人聞きの悪い。

少々おせっかいを焼いただけでございます」

「ほう?無理矢理喋れない様にした後、強引に連れ去った報告が来たのだが?」


それは明らかに私を呼び出した理由で、

その話題になった瞬間、「並んでいた」見知らぬ男爵家の三人組は、

明かに私を睨みつけて来ていたのだった。

もうその行動だけでその男爵夫妻が、

私が連れて帰った「ヒロイン」の両親であることを疑う余地はない。

ぽそりと聞こえる様に私に言うのだ。


「どうして私達の可愛い子が…」

「学園でお話しただけなのに」

「北の下種な公爵令嬢がっ!」


その瞬間私が呼び出された瞬間を正しく理解しなくてはいけなかった。

それはこの国が戦争を考えたくないと言う現実。

その現実を見なくていい為だったら「男爵家」さえ呼び出すのだ。

チラリと男爵家を見る婚約者様。

ここで私が強引に連れて帰った非を認めて謝罪させることだって、

婚約者様が望まれるのなら私はするつもりでいたのだけれど。

その方がこの騒ぎを収束出来て、また戦争の話題に戻れるから。


「…仮にそうだったとしても、何か問題なのでしょうか?」


それは「何の問題があったのか」を逆に王族に問い質したのだ。

変な話ではあるがそもそも「拉致」ではないのだ。

高位貴族が下位貴族を「自宅の屋敷に招いただけ」なのだ。

それがどんなに強硬な手段であったとしても「公爵家」と言う爵位の高さと、

後から行われる「言い訳」で、問題とされないのが厳しい階級社会なのだ。

つまりあのヒロインを拉致同然に連れて帰ったのは問題行動なのであるが、

それは同じ階級でしか「認められない」でなければ貴族でいる事を許されない。

貴族になると言う事は上の階級に問答無用で従わされると言う事なのだ。


「いいや。ただ不用意なトラブルは色々と問題を巻き起こすからな。

例えば他家の不興を買って「支援金」が減る可能性もありえなくはない」


王族と言う更に上の立場から「口撃」する材料となりえたから、

この場でヒロインである男爵令嬢を連れ去った事を「可哀そうな事」として、

取りなした結果、私は呼び出されたと言う事なのだろう。

大きくため息をつきたくなるが、私は無表情で笑顔を顔に張り付ける。

謁見の時間で都合の悪い事を聞きたくないがためにこんな小細工をと、

考えない事もないがそんな事を考えても始まらない。


「左様でございますが…

では陛下は、婚約者を持つ私が王子の婚約者である南の公爵家の令嬢を、

口説いても構わないと?」


それは宮廷工作をして、王宮内を騒がせる事を容認するのかと言う、

婚約者様からの明確な問いだった。

これを認めるのなら、認めて貰えるのであれば違う方向で、

北の2家は未来が見えてくる事になるのだから。

もちろん王家としてその宮廷秩序を乱す事を容認できるはずがない。


「ぬ、そんな事は言っておらん。

王家と公爵家の婚姻は余が決めた事であり、

周知の事実を知りながら口説くとは…ありえぬ」

「そうですか。

なら何も問題はないでしょうから良かったです。

我が婚約者は婚約関係が発表されているその王子と南の公爵令嬢の間に、

割って入ろうとした令嬢を諫めて連れて帰り「貴族の「立場」が解るまで」

根気よく教えて差し上げるだけなのです。

国王陛下の求めた婚姻関係に邪魔が入らない様に整理しただけでございます」


元はと言えばヒロインに心を引きずられた王子が原因なのであるが、

傍にいる王子はその事を理解しないでいる様で何とも複座な気分になる。

これも一つのハニートラップとして学んで戴ければ良いのではと思う所もあるが。

国王陛下としては自身の判断にケチを付けられたとみるかもしれない。

だからこそ婚約者様の「正しい国を維持する論理」に従わないといけないのだ。

「そうか。そうだな」言いながら納得する事にした国王陛下に、

当然噛みつく者が現れた。


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