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第10話


「うるさいわね。また扇子をお口の中に突っ込まれたいの?」

「ひ、ひぃ…」

「人の顔を見て悲鳴を上げるだなんて失礼だと思わないのかしら?」

「あ…あ!」


私がにっこりと笑みを浮かべながら「教育係」の方を向くと、

教育係はにこりと笑いながら革紐を引っ張り腕を前に差し出させる。

それは「御仕置きを受けさせるポーズ」であった。

その上に扇子を思い切り叩き落としてやるのだ。


―バキン!―


「いぃぃぅぅ…」

「いいうではないわ!

『大変失礼いたしました申し訳ございません』でしょう?

貴女も学園に通う令嬢なら、挨拶一つ出来ないままでいるなんて、

許されないのよ。

その返事が遅れるだけで、どれほどの事が起きるのか理解なさい」


―バキン!―


追い打ちをかける様に私は扇子を差し出しているヒロインの腕に叩き落とす。

生まれが何処であれ、市井で生きて来て令嬢なって日が浅いなんて言い訳は、

当然であるが通用しない。

通用してくれるのは「学園」と言う貴族の練習をさせてくれる、

「箱庭」だけなのだ。

その場を一歩でも出てしまえば「貴族令嬢」として扱われ、

相手が敵だった場合は容赦なく揚げ足を取られ続ける。

だからこそ令嬢令息達は厳しいくらいに躾けられるのだ。

そこにヒロインという肩書があったからと言っても許される訳が無い。

なくてはならない。

でなければ私が先に行ってしまった奴等に顔向けができない。

本当に目の前のヒロインが王子と公爵令嬢との間で行った、

「平等」の「指針」が変革への始まりだとしたら猶更私は許さない。

軽々しく乙女ゲームを始めようとしたこのヒロインを許す訳にはいかない。

貴族として立つ為の努力はせず自身の作った、

ルールを無理矢理都合の良い様に変えそのルールによって、

軋轢が生まれて宮廷抗争が起きるのだ。


「わ、私が何をしたって言うのよぉ!

ただ乙女ゲームを楽しもうとしただけじゃない!

この世界は私の為のヒロインの為に用意された世界のなのよ!

それをどう楽しもうと私の勝手でしょう!?

やっと、やっと始まった乙女ゲームなのにこんなのっ!

こんなのってないよぉ!」


ヒロインから漏れ出て来た言葉は、

この世界の常識であり貴族階級の絶対的な格差を謝罪する返事ではなく、

もちろん返事が遅れた事による謝罪でもなかったのだ。

それは現状の不満を漏らす言葉に過ぎなかった。

それが一層私と苛立たせる。

雁字搦めになって規定されている「貴族」の立場を理解しろと言う、

階級社会のルールの初歩の初歩すら理解できないらしい。

そうでなければ今まで生きて来た15年間を、

ゲームと思い込めないのかもしれないが。

結局このヒロインは馬車の中で説明してあげた「この国は危ない」という、

その意味も理解していないのだ。

…違ったわ。

理解するつもりが無いのだ。

心地いい世界として乙女ゲームと言うありもしない「ルール」に逃げ込んだのだ。

南側の血縁関係の男爵の手の上の箱庭にいた時ならその不都合な、

現実は四散してくれたかもしれないけれど…

そのゲームの名前だけの公爵家だって「この世界」にはしっかりと、

実在する事を認められないとでも言いたいのか?

いや認めないのでしょうよこの女は。

何年もこの世界で生きて来たんでしょう?

ゲームの様にある日突然入学式が始まった訳じゃないでしょう?

もう目の前のヒロインと言う存在が「南側の意見の塊」にしか見えてこない。

中身が転生者であろうとなかろうと結果は変わらないと言う事を、

私は理解せざるを得なかった。

そして両腕を差しださせ続ける為にブレスレットに繫がる革紐を引っ張る、

教育係の表情が強烈に歪み始めていた。

ああ、気持ちは解る。

そして理解できてしまうだろう。

この女はその容姿の良さと無邪気な笑みを武器に男を篭絡して、

必ず「トラブル」と言う名の爆弾を大量生産する。

その果てにあるのは、更に激しくなる宮廷抗争と言う名の内紛だ。


「お嬢様…躾の方針は任せて戴けるのでしたね」

「ええ。

この子にいつまでも関わっている暇はないのよ。

素敵なレディになれるのならどんな事をしても構わないわ。

素直になれる装具を取り付けてあげると良いのよ」

「そうですか…」

「もう、会話をする意味もないから…

後は任せてもいいかしら?」

「はい。

お任せくださいませ、あらゆる方法を使って彼女を仕上げて見せますわ」

「お願いね」


それだけ言い残すと私はそのままその部屋を後にする事になった。

私が振り返り視線を外したタイミングで既に教育は始まったみたいで。

振り返り僅か数歩部屋から出る間だけで、


―ヒュン・バチン―

「いぅぅたい」

―バチン・バキン・バチン―

「や、辞めてぇぇ」

―バチン、キュン・バチン―

「痛い!痛い!」

―バチン、ヒュン・バチン―

「ゆ、許して」

―ヒュン・バチン―


教育係の持つ鞭は容赦なくヒロインに叩き落とされる。

そこで始まるのは人間に対する教育と言うより動物に対する躾だ。

体罰の容認された禁忌のない教育法が普通のこの世界で、

逆らう事の恐ろしさをヒロインはこれから味わう事になるのだろうね。

もう優しい世界は彼女には訪れない。

鞭が風を切る音がし続け差し出している両腕に叩き落とされる。

それは恐らく理解できるまで続けられる「体」に逆らう事を許さないと、

覚えさせる時間の始まりでなまじ治療魔法なんてモノがあるから、

容赦なく行われる事が確かで。

でも、もう説得も理解もできないヒロインだと見切りをつけたからそれでいい。

3年後隣国の有力者に時間を稼ぐと言う意味で、

嫁がせるまで徹底的に管理して従順になる様に仕込むだけだ。

それで大勢の命を救えるのならヒロインがぶっ壊れようとかまわない。


私はヒロインの意識改革とか現状把握を正しくさせるなんてどうでも良かった。

ただ現実を知って「手駒」として動いてくれるのであればそれでいい。

舞台から退場させる事が出来たヒロイン。

後は役に立つように躾けるだけなのだ。

基本ヒロインへの教育は他人任せ。

もちろん優越感に浸りながら命令して直々に「ここはゲームじゃない」とか、

現実を理解させるような教育を行うつもりはないし。

そもそもそんな時間は私にない。

果たしてヒロインにとって存在する「攻略対象者」にアプローチして「愛」を、

育めるほどの時間がそもそもこの世界に存在するのかが解らない。

だからこそ…ヒロインの存在を深く理解してしまい感情的になってしまう、

私自身がヒロインに現実を教えるのでは時間がかかり過ぎるのだ。

時間がないと分かっているから私はヒロインを「恨まずにはいられない」のだ。

果たして「シナリオ」は実行されるのか?

それだけの時間を隣国は待ってくれるのか。

そう考えると頭が痛い。

防音機能ばっちりの窓のない部屋で魔法は使えず入口の扉は2重で見張り付き。

どこぞの忍者でもない限り逃げ出す事は出来ないだろう。

それに3年かけて隣国の貴族が好む令嬢として仕立て上げなくてはいけない。

それはそれ相応の矯正具とトレスとの付き合いになるだろうし。

そんな物を身に着けた令嬢がいくら魔法を使えようと逃げられないのは、

私自身が体験済み。

まぁ、無駄な足掻きは辞めて大人しく隣国へ嫁ぐ令嬢になるがいい。

大好きなゲームの一枚絵と同じ姿になれるでしょ。

なれなくて天に召されることなんぞ許さない。

腐っても「貴族令嬢」なのだ。

その立場を使って「学園」に入学したのだ。

なら最後まで「貴族令嬢」として生きて貰いましょうか。


ゲームの展開を阻止すると言う点では成功したのだけれど、

ここがゲームでなく現実だからこそ、私はヒロインを連れて帰った事に対する、

正当性を証明しなくてはいけない事になる。

無理矢理ヒロインを退場させた事に対する反応なのか…

数日しない内に屋敷にお手紙が届くのだ。

婚約者様を通した呼び出しであり王家に近況を報告する「ついで」ではあったが、

メンドクサイ事に私も婚約者様に随伴して登城する事になったのだ。

当然学園での「些細なトラブル」に関して私から意見を聞きたいとの事で、

普段なら婚約者様だけで良い「登城」は私は赴くだけで物凄い労力を、

割く事になるのだが、それが貴族令嬢なので仕方がないと諦めている。

何せ今回は「正式」な呼び出しなのだ。

断れないし仕方がない。


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