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第8話

砦…いやお屋敷の執務室はいわゆるお城での玉座にあたる部分であり、

このお屋敷の中心となる様に作られた場所だった。

お屋敷の一番奥の一番安全な場所なのである。

両家の領地から届いた報告書と申請書の整理。

それから婚約者様の自領からの嘆願書なるものの手紙に目を通す事になる。

報告書は両家のお父様が取り仕切る領地運営がどう進んでいるかを表す物で、

同時に隣国の侵攻で受けた損害とそれに対する対応がどうなったのか。

それらが細かく記載されているのだ。

そして領内の発展具合と物資の円滑な手配。

領内で発展しつつある産業の育成状況と合同で私がお父様に頼んで、

設立してもらった学園の育成具合なども当然報告されているのだ。

私達に届けられる「報告書」がほぼ領内の内情を理解できる様に、

細かく記載されている理由はただ一つ。

何時お父様方が死んでもおかしくないからだ。

お父様達が「今」いなくなったとしても「私達」が采配を取れる様に、

現状を確認しておいてほしい。

それが送られて来た書類に託されたメッセージであり、

私達の現実の全てなのである。

乙女ゲームの隣国侵攻はあくまで宮廷編が始まった末期の6年後。

けれどそれはあくまでゲーム基準なのだ。

早くなることだってきっとある。

隣国の情勢に全く興味を示さない王室はただ


―公爵家が責任を持って防衛せよ―

―爵位にあった責務を果たせ―


それしか言わないし何か支援をしてくれる訳ではない。

当然支援金が出る訳がない。

その代り好き勝手やらせてやるから。

王国内で勝手を許しているのだからその「自由」の代価を払え。

言い分と態度を聞いているだけで私達は隣国との緩衝地帯であり、

そこに勝手に住み着いた住人とでも言いたいのかもしれない。

王国は決して態度を変えないのだ…

王族が本当に乙女ゲームの「強制力」とやらでコントロールされているのなら、

コントロールしている奴を本気てぶん殴ってやりたいわ。


国は「自由」とやらで支援しているのだからその自由を使って、

自分達で強くなるしかないのだ。

将来的に統合を前提としているだけあって特に私兵達の…

「軍」の再編は急務だったのだ。

今までは戦場で生き残った者が、次の者を鍛えるなんて方法しでか、

育てる場所はなかった。

けれど今はお父様に作ってもらった学園の生徒がある程度の練度で、

部隊に配備できる用意なったと聞く。

私が「炭鉱のカナリア」になって僅かだけれど稼ぎ出せた時間。

もちろん訓練所なんて作っている余裕はない。

自領の屋敷の離れを使って人を集めて訓練した。

時間が取れなかったから半年だけ。

その半年だけでも生き延びられる人が増えたのだ。

訓練する時間が伸ばせれば前線での損耗が減ってそれだけ戦況が好転していく。

それが出来ただけでも私は喜ばなくてはいけない。

お父様はただの訓練所をしっかりとした「学園」へと仕立て直してくれて、

戦線の状況を見ながら上手く学園を盛り立ててくれたのだ。

数は力なりとは言ったもので人数が多ければ多いほど、

戦闘における損害の量は減るなんて簡単な物じゃないけれどそれでも、

多ければ損害が減る事は確かなのだ。

そして私との婚約が決まった時点でその規模は拡大した。

募集の範囲が二つの公爵家からになった事と国からの婚約許可、

そしてそれを前提とした統合は「決定」したとして両親達は問答無用で、

軍備の増強と効率化を始めたのだ。

学園に送り込まれる人の質も当然上がり教育機関と言う触れ込みを利用して、

最低限の知識を覚え込ませる下地を作る下部組織である教育部を設立。

それは未来とその先があると信じての行動だった。

未来に力を残すべく6年間の教育機関を作り上げたのだ。

猶予が無い事は私が見た知っている事実と未来の形を教えた両家の両親は、

私の言葉を信じ切った。信じるしかなかったのだ。

どの道、手を打たなければ押しつぶされる未来しか見えてこない。

毎年増強されて来る隣国の侵攻に一家だけでは対抗できないのだ。

私がいるにしろいないにしろ両家が隣国の軍に押し潰される事は、

解っている人から見れば「確定事項」であり当然両家の「公爵閣下達」が、

解っていない訳がないのだ。

だから私の令嬢としての「蛮行」も容認されたと言う所もあるのだが…

学園が少し先の「未来」の人員を確保する為だと言うのであれば、

「今」を強化するのは2家の私兵から選抜されたエリート戦闘集団を創設して、

さらに徹底的に鍛え上げる。

その集団を国境線に合わせて見張りを設置して連絡を密にして、

「定時連絡が無ければ」その戦闘集団が確認すると言う形を取ったのだ。

それだけで侵攻が発見される確率は上がり被害は劇的に減ったのである。

本当に侵攻されている時に、

連絡が出来ない事は「カナリア」をしていた私には痛いほどよくわかる。

連絡がこない事を前提に情報網を張り巡らせた結果は嫌な事に良好だったのだ。

命の鈴なんて言っている人もいたけれど、言い方をどれだけ綺麗に言ったって、

事実は変わらない。

公爵家2領に跨る広大な国境線を支援もなしに北にある少ない貴族だけで、

支え続けるのなんて無理なのだ。

それでも歯を食いしばって持ち答える以外の方法はなく。

国境に興味を示さない南側は北の苦しさを見て嘲笑うしかしないのだ。


婚約者様の執務室の机の後ろに私専用の机が用意されている。

一応学習机という触れ込みで用意されている

「仮設」の物として「仮設」の場所で設置していますよ。

と言いながら、その場所は婚約者様が望んだ場所に他ならない。

少しでも傍に少しでも近くでを基準に大き目に作られた執務室の、

窓側の当たる部分。

婚約者様の執務用の机を隔てて用意されているスペースは、

言うなれば公爵家の跡取り息子の為に用意された完璧な私室スペース。

それは言い変えると「家族」のスペースなのだ。

広大な空間を持つお屋敷の中で一番安全な場所。

そこに公爵家の大切な人が集まる事を前提とした場所が用意されている。

明確な区切りがある訳ではないけれど机かそのラインの位置を表して、

使用人もごく一部の限られた人しか許されない場所として、

婚約者様が定めた場所なのだ。

小さいながら全てが置ける様になっている。

そう机が置かれて休憩中に仕える茶器や茶菓子なんかも当然置かれている。

そして揃った空間には一部に大きな空間が用意されているのだ…

それは私のと言う名の恐らく正式な場所隣であり、

座った私から届く範囲で用意されているのだ。

その場所には小さな絨毯が敷かれていて、未来に置くための物が、

暗示されたスペースだと言う事だ。

執務室には似合わない可愛らしいデザインが施されたその絨毯は、

確実に子供用のベビーベッドのシルエットが刺繍されている。

言うまでもないのだけれど未来の婚約者様との子供用スペースと言う訳だ。

その向こうにはカーテンで仕切られた完全に授乳スペースも用意されている。


「お世継ぎがいるとこの武骨なお屋敷も華やぐでしょうね」

「冗談でもやめて。道具も揃っていないのに子供なんてありえない」

「あぁ、そうでございました。

申し訳ございません。

大変失礼しました」


婚約者様の家令とのちょっとした会話だったのだ。

そのちょっとした会話の次の日には、私が座る学習机完全執務用の隣に、

ベビーベットと授乳用のカーテンが用意されていたのだからたまらない。


「ベビーベットは撤去して。まだ「いない」のだから」

「畏まりました」


直ぐに上げ足を取ってくるこの家令の気持ちも解らくもない。

少なくとも2家の公爵家にとって、今現在進行形で戦争中なのだ。

何時「誰が」いなくなってもおかしくないのだ。

そうなれば現公爵閣下達に孫の顔を見せてやりたいと思うのも理解できる。

理解できるが、やっぱり私は納得できないのだった。

ともかく用意されている自身の机に

婚約者様の机の上に無造作に並べられている書類を持って移動して、

眼を通し始めるのだ。


執務室に山の様に積まれる報告書の数々。

婚約者様が溜めたくなる理由も良く解る。

けれど確認しない訳にはいかないのだ。

産業関連や領地の運営報告は特に問題なく目を通す事が出来る。

発展状況。なにを失敗したのか。改善策は次の方針は。

と、順調に読み進める事ができるのだ。

だが、最後に後回しにする報告書。

これがキツい。正直マジで読みたくない。


戦闘報告書だ。


正直報告書の内容は見ていて気分の良い物じゃない。

戦闘の結果が事細かに書かれていて〇〇で戦闘があり死者〇〇人。

指揮官であった〇〇が哨戒任務に就きました。

と…

知っている名前がちょくちょく出てくるのだ。

それは当然私がカナリアとして行動していた時に従えていた部下だったりもする。

私がカナリアを辞めて婚約者様に嫁ぐ事が決まった時、多すぎた私の私兵…

というか部下は性別によって分けられた。

女性は私の身の回りの世話もする護衛騎士として。

そして男性は戦闘経験が豊富だった彼等は学園の戦闘教官となり、

その役目を果たした後は各々に前線に張り付いたらしい。

当然「カナリア」となった者もいる。

損耗率の高い部隊であったけれど良く私に付き従って私の代りに、

負傷してくれた奴だっていたのだ。


指揮官は冷静な判断をしろ。

兵士は駒として扱え。

出ないと勝機を逃す。

負ければすべてが終わる。

そんな事は確認せずとも解っている。

解っているが…

きついなぁ…


私が戦場に行って剣を振るったからと言っても誰かを救える訳じゃない。

でもそれでも知っている名前が出てくると…

視界が滲むのだ…

----------------------------

〇〇戦区で迎撃戦が行われました。

数名の死者を出しましたが迎撃に成功部隊員の損耗は軽微でしたが、

指揮官である〇〇は哨戒任務に就きました。

----------------------------

…見たくない文字列を見つけてしまったのだった。

戦闘の頻度が高かった事は承知していたし、

順調に増員もされていた。

だから持ちこたえられる。

大丈夫だってそう思っていた。

そこに記載されていたのは私がカナリアだった時に私を守り、

そして部隊を未熟だった私の代りに指揮していた私の「副官」だった。

お父様が私を気遣って優秀な指揮官を宛がってくれたのだ。

本来ならこんな小娘の下で働くような人ではなく…

お父様の右腕として働ける人だったのだ。


「お嬢の後をついて行くのは楽しいねぇ。

面白いくらいに「敵」を強襲できるわ。

流石俺らの「戦女神」だ!わははは」


そんなバカ笑をしながら、私を生き延びさせてくれた大切な人だった。

そっか、哨戒任務だなんて…

働き者だねぇ…


「何か…私にメッセージがあったりするのかしらね」


おそるおそる私は家令に問い質すしかなかった。

言葉が震えていたような気もするが…

それを気にしている余裕が私にはなかった。


「戦地にいた部下が聞いた言葉だそうです」


―ちいとばかし長い哨戒任務に出かけるわ―

―我らが戦女神に勝利を―

―直ぐに追っかけて来るんじゃねえぞ―


「だそうです」

「ずいぶんと、長い…言、葉を喋れった、のね?」

「彼は戦女神の戦士でしたから」

「そうね、せんしだものね…」


ああ、視界が歪むわ…

始めてじゃないし何時かは来るって解っていた事だから。

だから覚悟はしていたはずなのにね…

それでも手を止める事は出来ない。

それは一戦区で起きたただの戦闘の結果なのだから。

戦死と報告書に書かせなかったのはきっと彼がそう書くように言っていたから。

戦闘後に大声を出して笑い飛ばしたあの時の様に、

笑えって事なのかなぁ?


「あはは」


小声でそれだけ儀礼的に笑い声を出して…

これで満足してよね。

今は未来の公爵夫人としての立場も出来ちゃったからあの時みたいな、

バカ騒ぎは出来ないんだわ。

それでも「整理」を辞める訳にはいかないから手は動かし続ける。

時系列順に合わせて、戦地の地図と照らし合わせ領内の防備状態を確認して、

婚約者様が見やすい様に整理だけは終わらせる。

それしか今私が出来る事はないのだらから。



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