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第5話

大きく堅牢に作り上げられたお屋敷は敵の侵入を許さず、

そして同時に脱出を困難にする物となる。

王都に立つ建物としてはとても優美で美しく聳え立つ新生のお屋敷と言う名の、

砦は当然これからのこの国の行末を考えて作られた物だ。

極力「国」から掛けられる圧力があったとしても耐える事が出来る様に、

苦心して作り上げられたそのお屋敷を見ても「国王陛下」率いる王国の、

乙女ゲームを支えている攻略対象者や、その登場人物は呪われているかのように、

戦争が起きるという事を信じないし認めない。

現に攻め入られて私と婚約者様の領地は血を流しながら、

その侵攻を撃退し続けているというのに。

王都の連中は「愛が足りない」とか私達からすれば、

「バカじゃねえのか?頭湧いてんじゃねえの?」

という素晴らしくド、ストレートな回答をお返ししてあげるのだ。

この数年。王都の学園に入学するまでにお父様と私と婚約者様で、

それはそれは緻密な防衛計画を敷きながら領内を発展させる努力を進めて来た。

ともかく南側の勢力に頼る事…

言い変えれば経済的に頭を押さえつけられている状況を打開するために、

努力をし続けたのだ。

食料自給率を上げ生産性を向上させる事をお父様と婚約者様は必死に行って、

隣国からの防衛しながらも何とか領内を安定させるに至ったのだ。

それでもゲームのシナリオを変えられたとは思えない。

南側の領地は敵じゃないけれど味方でもないのだ。

国内問題なのに国は絶対に動かない。

だって王家自身が安全な南側にいるしその南の既得権益を守れば、

王家は安泰なんだもの。

貴族同士の争いには事なかれ主義を貫いて、

そして自身が不利に動きそうになれば北側にそのしわ寄せを背負わせて、

自身は安全な南側で悠々自適な国家運営をし続けるのだ。

この国の北側はいわゆる戦争の為のバトルフィールド程度にしか思われていない。

それでも荒らされ続けるその現状を国家として容認できてしまえるからこそ、

現状は変わって来なかったのだ。

「乙女ゲーム」の舞台として女の子が憧れる様な綺麗な箱庭を作り続け、

そして最終局面では国家存亡の危機を迎えて大団円と言うエピソードを、

再現できる舞台は未だ残り続けているしこの先も本筋的には変わらない。

だって王家は変えない為の理由付けなら何だって出来るのだから。

既に私と婚約者様のお屋敷は「国」に裏切られる事すら前提に、

行動しなくてはいけない。

それでも堅牢な堀と高い塀に囲まれた砦は私と婚約者様が「安全」と思える、

場所として出来上がっている。


跳ね橋式の橋を渡り、そのまま馬車で砦…じゃなかった。

敷地内にあるお屋敷のエントランスに馬車を直付けされれば、

私はようやく王都の我が家へと帰ってくる事が出来たのだ。


「おかえりなさいませお嬢様。

無事「腫瘍」の摘出には成功したみたいで…

わたくし達としては嬉しい限りです」

「ええ。何時からでも使える様に用意しておいたお部屋に、

素敵なお友達を招待してあげて頂戴な」

「畏まりました」


婚約者様の家令はハンドアクションだけをすると、

体格の良い女性騎士が手際よくヒロインを馬車から引きずり下ろすのだ。


「ぐっくぅ…」


馬車の中で色々と「世界」の事を教えてあげたというのにその態度は、

当然変わらない。

コチラを睨みつけ私が何をしたって言うのよぉ!

と叫び散らかしたいのか素敵な暴言をしてくれそうな感じだった。

まぁそうでもしないと「ヒロイン」なんて、

やっていられないのかもしれんけど。

表向きは


―楽しい学園生活にドキドキハラハラの国を巻き込んでの大恋愛―


だものね。

自分を中心とした成り上がりのシンデレラストーリーの初めの一歩で躓いた。

これから攻略対象者に愛されて楽しい学園生活が始まろうとしていたのだから。

まだ攻略対象者を篭絡してすらいないのに。

「まだ何もしてないでしょ!」

ただのヒロインならそう主張したい理由も解かる。

けれど私の前にいたのは中身が「転生者」のヒロインだった。

未来を知るから意気揚々とヒロインのセリフを吐いて王子様に近づいた時点で、

私の決断は下されているのだ。

ヒロインが何を言っても認めない。何を言っても終りなのだ。

気付いていないのか気付かなかったのか?

どっちだって構わないけれど私と言うイレギュラー因子がいた時点で、

国の在り方は変わっていた。

学園はもう一つある。

国の雰囲気も甘ったるい感じだけではなくて、

それなりにピリピリした地域がある事を感じ取っていたはずだ。

しかも言うのであれば男爵家の隠し子なのだ。

だからよくあるパターンで、

平民に優しくてぇそれで心優しい彼女は皆に愛されてぇ。

町の中でひときわ大人気の天真爛漫な少女なのぉ~。

って奴だ。


はぁ?

そんな天真爛漫でいられるほどアンタの育った町は豊かで、

優しい奴等しかいない様な場所だったのかよ?

そうやって問い質したくなる。

そりゃおまえ父親の男爵が大枚叩いてお前の周囲の環境だけ、

良くしていたに決まっているだろうが。

この国は2面性を持っているのだから。

「皆」に優しい国なんかじゃない事は解りきっている。

そんなに優しければ婚約者様とお父様は言うまでもなく、

その「優しさ」とやらで救われていなきゃおかしいんだよ。

人知れず可愛い娘の為に手を回していたからヒロインの周囲は必要以上に、

綺麗な環境を作られていたにすぎないのだ。

その一部の素敵なヒロインの為の綺麗な区画を用意する為にどれだけの、

苦しさを抱え込むのかは一歩町を出て、

別の町へと繋がる道の路肩を見るだけでその鱗片が真実が見えてくる。

男爵家としてその屋敷を構えるおひざ元の町はそりゃ綺麗でしょうよ。

その綺麗な街を維持するための豊かさを手に入れる為に、

広大な土地を所有して耕して占有して利益を上げているのだ。

「誰にも荒らされる事のない土地」を持っているからこその豊かさ。

そしてそこからあぶれた者を決して受け入れない潔癖さが、

ヒロイン周辺の豊かさの正体なのだから。

絶対に受け入れないからこそ作れる豊かさと平和・安全だけを享受し、

その代価として国を守るための支援は最低限すらしないのだ。

少なくともお父様と婚約者様の領地は自力で立ち上がるまで、

なんの支援も受けられなかった。

そして素晴らしい手口で良い訳だけをする。

領都へと繋がる道にたむろする行き先を失った人々に、

何も与えず何も教えずたた悦に浸るだけの「施し」だけをして私達は、

義理は果たしたと言わんばかりに放置する。

なんの解決策も提示せず領地の周辺に金をばら撒いただけでやり過ごすのだ。

それでも「足りる」訳が無いのだ。

たりてたまるかと声を大にして言いたい。

最後に残されたはじき出された彼等が行きつく先が、

お父様と婚約者様の土地なのだ。

そこで傭兵として日々の最低限の糧を手に入れてその日暮らしの生活をする。

その連鎖すら止めようとしない。

兵士が補充できるのなら良いじゃないかなんて思う訳がない。

盾にすら使えないのだ。

ただ死体の山を築き上げるだけになる。

ある日突然兵士になりたいと言って来た人が敵と対等に戦える兵士になるまで…

どれだけの時間がかかるのかすら理解できない。

豊かで楽しい王都と学園のしわ寄せは私と婚約者様の領地に降りかかっている。

そう言った「町から去る」脱落した人々だってヒロインは見ているはずなのだ。

それを見てみないふりをし続けたのはヒロインでしょう?

綺麗な物だけを見てそれ以外から目を背け続けていたヒロインが、

今更何を言っても私は信じない。

少なくとも私が戦い始めてから王都の学園に入学するまでに、

幾ら高くても食料を高値で買わされ続けていた北の2領はここ数年で、

食料自給率を急激に上げた。

その所為で南の食料生産と言う意味では商品はだぶついて、

価格が落ちて売れなくなり景気が悪化していたはずなのだ。

北の2領が食料の購入量を劇的減らしたのだからね。

ヒロインが住んでいた町も景気が悪くなって

「町を去らなくてはいけない」人が多かったはずなのだ。

市井で生活していたのなら、他人事として見ていられる余裕はなかったはず。

けれど実際の彼女はどうだ?何も見ず天真爛漫であり続けた。

それは男爵が自分を拾い上げると知っていたから。

ただ迎えに来てくれるのを待っていただけなのだ。

結局彼女は「何も見ていない」ただ「きゃは♡」と言って可愛がられただけ。

そして乙女ゲームを楽しもうとしていだのだから。

私は今まで遊び続けていた彼女に現実を教え説得するなんてするつもりはないし、

「知らなかったのよ」なんて言い訳を聞くつもりも当然ないのだ。

彼女に求めるのはこれから隣国の貴族に嫁ぐために、

血の滲むような努力ではなくて、実際に血を流す努力をして貰うのだ。

隣国の貴族生活は「乙女ゲーム」の影響がない分容赦ない。

余裕が我が国以上にないと言った方が正しい。

彼等の産業の一部には傭兵稼業があるくらいの国なのだ。

生きる為に戦う事。それが当然の国なのだ。

それ故隣国の軍はシビアなのだ。

圧力をかけて斬る崩せるのであれば直ぐにでも奪い取ろうとする。

物理的にかすめ取る事にたけてしまっている隣国と対等にやり合うのなら、

それは双方に血を流す事が当然の成り行きだったのだと思う。

その行き過ぎた力の示し方があるから隣国は強いのだ。

更に言うのであればびっくりするほど「女性」に人権がない国なのだ。

人権?何それ美味しいの?がデフォの国なのだから当然と言えば当然なのだ。

毎年減る分の命は、生まれてくる分の命で相殺されるみたいだから…


とはいえ?乙女ゲームをベースにした時代背景が設定されて、

ガチの軍至上主義の国家でもなければこんな事にはなっていない。

隣国に交渉という選択肢はない。

お父様の領土と婚約者様の領土に侵入する敵軍が狙う一番の獲物は、

未来の兵士を生産できる人々なのだから、質が悪すぎる。

労働資源として奴隷にするか、未来の労働者を生産する仕事が、

隣国には用意されているのだから選択肢はないのだ。

力を示し続けなければ滅ぼされる。

弱みを見せたら攻め込まれる。

そんな極端な国として成立しているのだから仕方がない。

極端な方針を持つ国でもなければ宮廷抗争の真っただ中で国が乱れたと、

思われた瞬間に攻めてきたりはしないけどね…

結局最初から最後まで「乙女ゲーム」の素敵な舞台装置として、

「設定」された隣国は最悪の存在としてヒロインが学園からいなくなっても、

存在が無くなる訳じゃないのだから。


まだ「学園」からヒロインが引きずり降ろされただけ。

学園内で貴族同士で「楽しいマウントの取り合い」をしようものなら、

それがきっかけて「宮廷抗争」に発展する事だって考えられる。

だからヒロインの確保はまだしなくてはいけない事の第一歩に過ぎないのだ。

卒業後私と婚約者様が結婚をして「一つの公爵家」となって、

北からの侵攻を迎撃して抑え込んだとしてもこの緊迫状態は解消されない。

南側でぬくぬくしている奴等が隣国と対峙しようと思わない限り、

私の戦いは終われなくなってしまったのだった。

未来の公爵夫人として婚約者様の隣に立つ事が決まっているからこそ、

今度はその宮廷抗争という、厄介な問題から逃げられないのだ。


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