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第2話


馬車に連れ込まれたヒロインは轡の下で抗議の声を上げ続けているみたいたった。

時折漏れ聞こえる「ふぐぃ」とか「ぐっぶ」なんて言葉を漏らしつつ、

私はその抗議の声を聞き流し続ける。

愛らしい「乙女ゲーム」の為に作られた学園の制服は、

どう考えてもこの中世ヨーロッパチックの普段着とするには、

理解出来ないデザインでヒロインの体を愛らしく見せる為に誂えたかのような、

「現代風味」の制服なのだ。

膝を隠す長さのタイトスカートにベスト。

それからダブルのジャケットに愛らしい首元のリボン。

ジャケットの袖先と襟それにアニメ化前提だったのか、

視認しやすくする為の縁取りに素敵な飾りがあって、

肩にははっきりと膨らんだパフスリーブ。

そしてヒロインの素晴らしいプロポーションを見せびらかせる、

括れた腰を見せるべくジャッケットとベストの後ろには腰を絞る為の、

ベルトとボタンがあるのだ。

どこかにありそうな有名な学園の制服を異世界っぽいオプションを、

大量に縫い付けたデザインの制服はこの世界では完全にありえない。

貴族の格式やらなんやら厳密に決められた中で上下関係なく、

「団結心」を高める為の同じ物を皆で着るという建前の下、

貴族の様に豪華ではなく逆に平民の服の様に貧相でもない妥協点が、

今私達が袖を通す事になっている「制服」という事なのだ。

とはいえ下位の貴族なら許されても上位の貴族ともなれば、

女性の立場は男性の社交場で場を彩る為の引き立て役として、

傍に控える事になるのだ。

当然婚約者に合せた「ドレス」を身に纏う事になる。

社交の場によって作られた暗黙の了解の為に女性のドレスはある程度、

家格と将来の伴侶となる婚約者に相応しい姿になる事を求められるのだ。

ゲームの都合で学園に通うのは16歳から18歳の3年間。

高校生活の楽しい3年間なのだが、それはゲームだから許されるのだ。

それも限定的な平和を享受できる「現代」のある地域だから許されるのである。

乙女ゲームなら許される設定は現実では許されない。

まして国境では現在進行形で人が命がけで戦っているのだ。

それはもうギリギリの生存競争を演じる事になっている、

この中途半端に野蛮な設定は乙女ゲームで攻略対象と深い愛を確かめる為の、

エッセンスとしてなら許容できるし許せる。

私だってあの乙女ゲームをやっているからヒロインなら、


「胸がキュンキュンするぅ♡」


なんてバカな事も言えるのだ。

けれどその国境を支える公爵家として敵…

いいえ人間と本気で殺し合う事になれば、そんな事は言っていられない。

現にその侵略戦争に我が領地は負け大ダメージを負う事なるのだ。

隣国からの奇襲攻撃。

そして荒らされる領地の果てに、ゲーム上では他の公爵家から救援を出して貰い、

なんとかしのぎ切る。

それが私の生まれた公爵家の乙女ゲームでの立場だったのだ。

攻略対象は6人で、全て貴族のシンデレラストーリーを体現した様な、

甘々な展開がゲームでは進んで行く。

この王国には4の公爵家がある。

学園があるのは2つの公爵家の中心地で国の南半分と言いた所で、

北半分に残りの2つの公爵家が集まっているのだ。

むろん小さな伯爵家や男爵家は多量に存在するのだけれど、

ゲームの学園に登場するのは全て南側の公爵家であり、

彼等の領地はこの乙女ゲームに置いて「安全」な位置にいる。

戦果を交える事が無いのは私の家ともう一つの公爵家でその隣国からの、

武力進行に耐え続けているからなのだ。

安全な箱庭である「学園」の中で楽しく恋愛ゲームが出来るのは、

私と、もう一つの公爵家が必死に交戦しているからに他ならない。

乙女ゲーではそう言った後ろ暗い所は全く出ず、

私の実家ともう一つの公爵家が必死に戦って国を支えていた事が、

ヒロインが個別ルートに入ると語られるのだ。

そこで戦線を支えられなくなった私の実家は押しつぶされ、

そして隣接する公爵家もまた大きな被害を受ける。

それもこれも、ヒロインが学園を卒業した後、攻略対象とくっついて、

宮廷内抗争と派閥争いが始まるからなのだ。

どのルートであったとしても組織改編する事になりその為に、

救援を出す事が遅れるのだ。

そして私の家は戦線を支えられなくなり敵の侵攻を許してしまう。

内地に潜入され領民は虐殺され多大な損害を出しながら敵に抵抗を、

続けることになるのだ。敵に出血を強いて補給物資を壊し、

領民が一丸となってやれることをやって抵抗する。

そして疲弊した侵略軍に対してヒロインと攻略対象が率いる軍が、

「愛の力」とかなんとか言いながら敵を蹂躙していくと言う展開となるのだ。

そして国を守った二人は英雄となり崇められながら幸せに暮らしましたとさ。

…ヒロインと攻略対象は幸せ。

物語は盛り上がって幸せ。

なんて素敵な物語なのでしょうね。

もちろん取り戻した土地を統治する事になるのは私達で…

そこにある取り戻した土地は荒れ果てた土地だけなのだ。

一から田畑を作り人を集めそして復興させていく事になるのは、

命がけで抵抗して何とか命を繋いだ領民達。

最後まで抗った犠牲者を弔う時間すらなく、ただその日を生きる為の復興に、

力を尽くす事になる。

それは、まだいい。

けれどこうして侵略されて「土地を荒らされつくされた」後に、

恩着せがましく反撃に出たヒロインと攻略者に、

私は感謝をして「頭を下げさせられ続ける」のだ。

エンディングの一コマで、その凄惨な侵略戦争に抗った事が、

少しだけ書かれ、そして救ってくれたのはヒロインなのだ。

ヒロインが「皆」を纏め上げたから軍を派遣で来て、敵国を退けられた!

ヒロイン最高ヒロイン素敵と持ち上げる。

そして、私は家が、領地が、救われた事を感謝して、ヒロインのメイドとして、

尽すと言う素晴らしい未来が待っている。



「ありがとう御座いますヒロイン様」

「何時だってヒロイン様がいたから私の故郷は守られました」

「素敵ですヒロイン様」


なんて、アフターストーリーとして出た、

ファンディスクで語られるのだからたまらない。

元はと言えばこのヒロインが決まっていた婚姻関係を荒らして、

バランスの取れていた宮廷内の戦力が著しく崩れるのが問題なのだ。

バッドエンドとして誰とも結ばれなかったヒロインは、

隣国の貴族に見初められて嫁ぐことになる。

けれどその先にあるのは嫁ぎ先の貴族に媚びる日々なのだ。

原因は当然学園内で色々と「手」を出してしまった事による、

危険分子の排除と言う…。

もちろん、乙女ゲーの中でそんなひどい事は言われない。


「隣国で素敵なお相手を見つけるのよ!」


なんて超ポジティブな事を言いながら、

隣国行きの馬車に乗るのだ。

けれどどう考えても貴族の令嬢が「他国」にしかも、

国の兵士に囲まれて(実家の兵ではない)連れて行かれるのだ。

明るい雰囲気とは違った馬車と兵士のスチルはとても不気味に仕上げられている。

当然だけれど「バットエンド用」のスチルだから残念感を出したかったから。

ていう意味も「ゲーム上」ではあったかもしれない。

ただ時系列を考えると隣国は今「侵略戦争」を仕掛ける直前なのだ。

それなのに隣国へ送り出される「状況」を考えれば、

なんとなーくわかってしまう。

そして「素敵なお相手」は既に用意されていなければ開戦直前に、

連れ出される意味が解らない。

それは慰み者にされる為に連れて行かれ、開戦の時間を稼ぐ為の、

生贄になったって考えるのが普通だとは思うのだ。

けれどその考えを持つのは、一部のプレイヤーだけ。

大半のこのゲームの信者となったプレイヤ-は、

パラレルワールドで戦争関連は無かった事になるの!

ヒロインは新たなる可能性に旅だったのよ!

なんて擁護する人がほとんどだったのだ。

私としてはどちらでも良いなんて言っている場合ではなくて、

侵略戦争で領地がボロボロになる事になるなんてもちろん耐えられないし、

ヒロインの所為で宮廷抗争が起きて援軍が送れるのに送られず、

最終的にはヒロインに感謝させられ続ける生活になるなんて当然嫌だったのだ。

とはいえ小さい頃の私にできる事はほとんどなく…

けれど腐っても、公爵令嬢という立場である以上、

護衛の騎士は連れて歩ける事が救いだった。

父親も過保護だったことも相まって、私専用の小さな護衛集団と言う名の、

騎士団が創設されていた事と、公爵令嬢として正しい立ち振る舞いが出来れば、

それ以上は自由にしても良いと言う本人主義でいてくれた事で助かったのだ。

自衛できる力を付け馬に乗り領地を見回る事を許される年になったら、

領地内を見て回る事を許され私は護衛の騎士を連れて各地を見て回った。

いや見て回るふりをしながら、

知っていた侵攻される場所に何度の足を向けたのだ。

素早く侵略者の軍を見つけた私は、幾度となくお父様に出撃要請を出して、

その侵略から領地を守り続けたのだ。

当然であるが最前線で敵を発見する以上戦闘は避けられず、

剣と魔法で応戦する事も何度もあった。

後ろから切り付けられ脇腹を刺された事もあり、

それでも治癒魔法と攻撃魔法で敵をいなし続けたのだ。

令嬢としての価値など初めから捨てていた。

捨てなければこの地は守れない。

顔にこそ傷が残らなかったけれど背中とお腹の傷は消しきれるものではなくて、

当然跡がこのる。

それでも構わない。

ヒロインの横で感謝の言葉をならべ続ける「未来」となるくらいなら、

私はいくらでも傷だらけになってやるという…

私の命一つでこの領民達の命が救えるのならいくらだって、

炭鉱のカナリアと同じ事をしてやる。

そのつもりだった。

そのうちに隣接する公爵家の領地にも侵攻がある事を、

思い出した私は「お忍びで」散策すると言う理由でその場所へと向かった。

私は何時もの様に敵の侵攻を公爵家へと伝達したのだ。

運悪く別の遠征の対処をしていた公爵閣下の代りに息子が対処する事になった。

私はいつも通り連絡をした後は戦線で剣を振るう。

当時としてはいつの間にか「戦女神」と言われ始めていた事を思えている。

それはもちろん良い意味では無きのだけれど…

私の散策は「戦場」を見つける為の行動であり、

そう言った天命を持っているのだろうと皆から噂される世になっていたのだ。

それは当然「戦闘狂」という言葉を、

言う事が出来ないから出て来た代りの言葉に過ぎなかった。

けれどそれはそれで私としては嬉しかった。

それだけの認知度があれば敵は私がいるだけで侵攻を諦める事になる。

名前と存在だけで敵を撃退できるなんてなんて好ましい事なのかとしか、

当時の私は考えていなかった。

領民にも領地の守護者的な意味で人気になっていたからね。

その時に隣接する公爵家の息子に私は姿を見られる事になる。

返り血を浴びながら鎧を真っ赤に濡らしそれでも剣を振るう手は止まらず、

魔法を唱えながら前線で戦い続ける姿はまさしく狂戦士と言っても良かった。

小さな肢体で戦うのだから手段は選んでいられず、

身体強化魔法だの凶悪な爆破魔法だのを使い分けながら戦う私が、

綺麗に戦える訳がないのだ。

短い手足を補うために少々大き目の剣を持ちそれでもインレンジに入れば、

敵にふれその体内で爆破魔法を炸裂させる。

当然内臓物は飛び散り私に降りかかるのだ。

頭から血を被りあかくぬれた髪は良いコントラストを見せる。

動く度に長い髪から飛び散る返り血はそれだけで目くらましとなる。

ならそれでいい。綺麗に戦えないのだから徹底的に汚くけれど確実に敵の、

息の根を止めてやるだけなのだ。

その姿はまさしく狂った姿だっただろう。

それでも領地が守れるなら…

それしか私にの中にはなかったのだった。

その隣接する領地の敵を撃退した私はそのお礼に、

一晩の宿代わりに屋敷の離れを借りて一晩止まる事にした。

夕食をご一緒にと言われたのだけれどこびり付いた血の臭いが、

酷かった私はその招待を拒否して、

用意された離れの食堂で夕食を取る事にした。

もちろん護衛の兵士達も一緒だ。

既に変な話だけれど私の部隊はこの世界では変則的な、

男女混合の編成になっていてその夕食の時間も不思議な形となっていたのだ。

そんな中公爵家の御子息様がどうしてもお礼と夕食に参加したいという事で、

無礼講で良ければという条件を彼は飲んで、

私達の夕食会と言う名のささやかな?「宴会」に参加したのだった。

何時もの様に皆酒を煽り戦いの高揚感を発散していく。

そしてそれを見てニコニコとするだけの私。


「私がお開きと言うまで「羽目を外して騒ぎまくれ」それがこの場での礼儀だ」


と言って以降彼等は私がお開きと言うまで騒いでくれる。

これは私が勝った事を忘れない為の儀式なのだ。

それを理解させているからこの場の雰囲気は荒くれ者が集う、

ちょっと危ない酒場と化すのだ。

だがその騒ぎが「いなくなった者」の事も忘れさせてくれる。

私の心のバランスを取るためのいわゆる「騙し」の時間でもあった。

「知っている護衛の誰かが死んだ」けれど、まだ生きている者もいる。

死んだ者には礼を生きている者には生き残った喜びを。

戦いは無駄ではなかったと確認する為の時間でもあった。

涙は流せない。それは私が後悔した証拠となる。

自分を騙せ。そして笑え。そのための戦い生き残ったのだから。

そう自身の戦いが間違いではなかったと自覚する為の時間なのだ。

今でのこそメンバーはある程度固定されているのだが、

始めのうちは「半数」しか生き残らなかった事だってある。

その半数を埋める為の生き残った者達の為のバカ騒ぎでもあった訳だが…


「君は何時もあんなことをしているのかい?」

「そうよ」

「怖くはないの?」

「もうそんな怖さは忘れたわ。

忘れられるぐらい敵と遭遇してしまったわ…」

「君は辞める気はないの?」

「ないわね。

だって辞めたら別の「誰か」が死ぬもの。

少なくともお父様が対抗できる組織を作るまでは…

続けるわ」

「そう」


お父様だって理解している。

そのうち私の行動に気付いたらしく…

それでも領地の安定化と騎士達の損耗具合を考えれば、

見て見ぬふりしか出来ないし。

私の率いる護衛騎士団と言う名の騎士団に補充員を手早く手配する位しか、

私の戦いを行いを支援する手段はないのだ。

領地を見回る目は足りない。

絶対的に足りないのだ。

その少ない貴重な騎士を私の護衛として与えてくれているのだから。

私がそれを使わない訳にはいかない。


「すまん」


それがお父様からの言葉だった。

正しく現状を理解して対処しようとしてくれる父に感謝する事はあれど、

恨む事なんて出来なかった。

同時に「学園」の設立をして、

ちゃんと敵国と戦える軍を作ってくれるように頼んだのもその頃だ。

「学園」でいくら崇高な貴族を育てても使えない。

奴等は戦わない。

ちゃんと戦える人がいないから「ゲーム」の様な民間人が、

命を犠牲にしながら戦う手段しか取れなかった。

それを痛いほど理解出来てしまった上に、

援軍を用意できない「南」側の動かない王家と公爵家の代りに、

戦える「学園」を作る事に踏み切ってくれたのだ。

私はその事に感謝しつつも炭鉱のカナリアを辞める事はしなかった。

一年また一年とたち戦える兵士が前線に補充される様になれば、

固い防壁を気付いたかの様な国境線を気付く事が何とか出来たのだ。

間に合った。

隣国の大侵攻はまだ始まらない。

これで「ヒロイン」がどのルートに進んだとしても虐殺は起きない。

ちゃんと領地を守れると言う安堵感を得た事によって、

私はなんとか「炭鉱のカナリア」を辞めたのだ。

記憶がある事を誤魔化して早熟と言って自分を偽りカナリアとして役目を、

果たし始めたのが10歳の時。

それから5年命を危険に曝しつつ新しい戦士が領土を守れる様になるまで、

生き延びたのだ。

もうそれだけで十分だ。 

そして学園は北側の貴族達にとって大切な兵士の育成場として、

機能するようになったのだ。



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