始まりの時間こそ予定通り始まって「遅れた」けれど、
そこはお兄様がバッサリと挨拶のお時間を削ってくれたお陰で、
日が落ちる寸前には「貴族達」を皆馬車へと詰め込む事が出来たのだ。
もちろん出口付近で失言を取りたくて
ネチネチとお話ししようとする貴族には、
「後がつかえておりますから、私達のこれからについては、
またいつか機会が出来た時にでもお時間があれあお話いたしましょう」
で終わらせてしまった。
他には
「良い領都をお持ちで、こんなに立派な領都なら一泊泊まってみたいものです」
「申し訳ありません。我が領都に「貴族様」が泊まれる設備は無いのですよ。
この通り「辺境の何もない所」の式典ですから。
そう言った貴族の宿泊できる宿の人員は、
全て今日の式典開催の為に呼びつけていましてね。
宿泊施設に余裕はありません。
警備する騎士達も不足していますから。
命が惜しければ一刻も早く領内を抜けておかえり戴いた方が良いでしょう」
「そ、そうですな」
言葉の脅しだけれど周りの騎士達の態度も相まって、
現実味を与えられたこのやり取りで逃げる様に、
ほとんどの貴族は帰って行ったのだけれど…
それでも粘る集団は現れる。
そして一番厄介な集団だった。
普通なら順列を考えれば一番最初にお帰り戴ける方々が、
また会場に残り続けているのだからたまらない。
お父様達を捕まえて会話を続ける胆力はすごいと言いたいけれど…
―前最高権力者と今までの苦労話をし続けるのだ―
―どんなことがあっても私とまともな会話をするまで帰らない―
今日を「王族」にとって良き日にするために彼は粘っていたのだった。
そう…
第2王子殿下でいらっしゃる。
私達の挨拶とお見送りするのをず~っと待っていたみたいで。
チラチラと私の方に視線を向けてくる。
その度に私はリラーナに渡された扇子を開いて顔を隠したのだった。
同時に、お帰り戴く方向には歩けるけれど、私の方に近づく事を許さない、
鉄壁の布陣がひかれているのだった。
アネス・ファルスティン前伯爵閣下を中心に、両側に騎士を従えて、
決して前身はさせないのと同時に、
お付きの人間が少しでも可笑しな行動を起こそうと何かきっかけをと思い…
唖然としたふりをしながらペンを落としたのだ。
スッと床に落ちるペンはそのまま床に落ちて転がってカタンと音を、
慣らしたりしなかった。
それは床に落ちたのだけれど次の瞬間お父様の横に控えていた騎士が、
槍を突き出す。
キンと金属音が鳴り響き落ちたと思っていたペンは槍先で弾かれて。
その騎士の手の中に納まった。
騎士はすぐさまお父様にそのペンを手渡す。
それを更に不快そうな表情のお父様は受け取ったのだけれど…
「これはこれは。
お付きの方々はペンも持っていられないほど疲弊しているようですよ、
おかえりになられた方が宜しいでしょう。
なに心配はいりません。
歩けないというのでしたら馬車まで運んで差し上げますよ。
今すぐに、ね」
「え、あ」
それ以上お付きの人は声を上げる事を許されなかった。
文官なのか…
第2王子殿下の行動を記録していたのか持っていたメモ帳は、
ついでに取り上げられ、シュッと風切り音がした後、
そのお付きの文官の首元には槍の先が突き付けられる。
「ひぃっ」
小さな悲鳴と共に後退ってしまった文官はそのまま馬車まで、
強制退場させられる事になる。
それでも…第2王子殿下は動かない。
この場に一番残ってはいけない安全を考えなくてはならない、
高貴なるお方が未だ会場にいらっしゃるのだ。
招待者の人数が減れば「大切なお方」だから「特別」に、
厳重な警備をして差し上げられているのだけれど、
それでも王子殿下はお父様との会話を辞めないのだ。
「アネス前伯爵閣下、そろそろエルゼリア殿も、
お見送りが終わったようだ。
お話しする許可を戴いても良いのではないかと思うのだが…」
「おや?お見送りする方はまだ残っているのですよ。
そのお方が帰れば我が娘も時間が出来ますな」
「私はっ!彼女と話すために待っているのですよ」
「殿下が娘と話さなければならない理由はないのです。
何度だって申し上げて差し上げましょう。
我が娘エルザリアは忙しい。
来訪者が帰ったとしても忙しいままです。
殿下と話している時間は一刻たりともありません
エルゼリアにはこれから息子たち夫婦と新しいバルダー夫妻で、
長い長い打ち合わせが行われるのですよ。
これからのファルスティンの未来の為に」
「ではその未来の為の会話に私も参加させて戴く」
「王族の殿下が一辺境伯の政に口を出す事は許されません。
それを許すという事はファルスティン家の統治は失敗したという事。
王子は当家の統治は失敗したと仰りたいのですね?」
「それは…」
「ならば全力を持って、王都に侵攻しようと思います。
なに我々ファルスティンの民は滅びるかもしれません。
けれどあらゆる方法を使って王国を「削って」差し上げますよ。
王国が維持っできない程度には。
お忘れですか?王国には私達以外にも厄介て強大な敵性国家がいる事を。
私達が暴れ回ったその先で諸外国達がどう行動するか…
その時には私達はこの世にいませんが…
ファルスティン家の血と誇りにかけて、戦って差し上げますよ」
王国がファルスティン家の人間であるお兄様と義姉様を呼び出して、
処罰を与えれば、ファルスティン領は暴走する。
暴走の果てに王国に立ち直れないほどの傷跡を残す事になる。
だからこそその怒りがまだ少ないお兄様が領主に立つ事によって、
その怒りを鎮めようというのが王国の考えだというのに。
第2王子殿下はお父様を明らかに怒らせてそれでも私と接点を作ろうと、
必死になっている。
この場は王国じゃない。
ファルスティンの領民に見られているというのに。
遠目からも部隊長クラスの騎士達がこれから行われる、
新体制を祝う祝賀会に参加する領民の代表者達が見ていると言うのに。
これでは…
―公爵家が駄目だったから王家の人間の嫁に貰ってやるよ―
―だから王国を支援しろよ―
―反抗なんてしないよな―
―だって、王家の人間をわざわざ派遣して祝ってやったんだぞ―
―王家に仕える貴族としての責任を果たせよ―
そう言っているのと変わりない。
お父様の爵位譲渡と統治者としての移譲が条件となった代わりに、
自由な一国家と同じだけの権限を持つという事は、
王国の管理は受け付けないという意思表明とも取られるはず。
ともすれば第2王子殿下がしなくてはならないのは、
友好国に訪問するような対応のはずなのだ。
その地に赴いて我儘を言って相手を困らせ自分の意志を貫く事ではないのよ。
今まで都合の良いように扱って来た辺境の地の心証を少しでも改善する事が、
目的とならなければいけないのに、
駄々をこね王族と言う権力を振りかざし目的を達成したとしても、
ファルスティンと王家の関係は悪化しただけという結果と、
今見られている領民達にどう思われるのかも分からないの?
王家はファルスティンに王都で発生した余剰人員を送り込んだ。
そんな綺麗な言葉で飾られた真実は、無理矢理捕まえた浮浪者達や孤児達を、
何も持たせずファルスティンの地に馬車ごと捨てて行ったのだから。
その馬車から飲まず食わずで弱った人に食べ物を与え着る物を与え、
住む場所を与えたのは
全てファルスティンの苦しい生活をしている人々だった。
助けたのもファルスティン。
仕事を与えたのもファルスティン。
生きる場所を与えたのもファルスティン。
だというのにっ!
たどり着けなくて馬車の中で死んでしまった人さえいるのにっ。
ファルスティンの領都の郊外には大きな集団墓地がある。
せめて安らかにと願い作られたその墓地の一角には名前すらわからず、
長い眠りへと旅立った人々が眠っている。
今現在ですら王族のサインした「人員補給」の名目で、
領の国境である砦の前に馬車が年に数回捨てられていくのだ。
「美しい王都」を維持するために。
せめて…
せめで人員補給の中止を宣言する正式な書類位持ってきなさいよ。
そのくらいの手土産すら用意しないで
あの第2王子殿下は一体何をしたいのよ。
会場で屁理屈をこね回し帰らないと言って
迷惑をかけ続けるただのガキじゃない。
お父様と第2王子殿下の押し問答に終わりは見えない。
けど…
ターシャ義姉さまの顔色も悪くなってきている。
無理もない。超重量のドレスを着せられて、
一日中立っているのだから。
私とギネヴィアはお見送りが始まってからは、
少しはなれた場所で交代しながら休憩を取る事も出来た。
でもお兄様と義姉様に休みは与えられない。
もうアレ(第2王子殿下)がどう思っていようとどうでも良いわ。
良い日にして差し上げましょう。
私はお父様に声を掛ける事にした。
さっさとこのガキにおかえり戴くために。
もちろん私と第2王子殿下の間にはリラーナが立ち私に触れる位置に、
近付く事は許されないのと少々威圧的に出る為に騎士様に私の両隣りに、
陣取ってもらう事にした。
けれどやっと自分の意志が通たと思ったのか第2王子殿下は、
満面の笑みを浮かべながら私との会話を楽しもうとする。
「やっとお話しする事が出来ましたね。
やはり貴女は良く解っているのですね私の事を。
嬉しいです」
理解不能な事この上ないしそれ以上に不愉快だった。
良く解っているって解る必要すらないわ。
ご機嫌麗しく云々の前置きすらすっ飛ばして用件だけ話す事にする。
もうこれ以上付き合っていられない。
だから第2王子殿下の考えている最終目的を潰して差し上げる事にした。
「王子殿下。
あなたが何を思い、そして何を考えここに来たのか…
私にとってはどうでも良い事なのです。
私はこの地と共に生きてこの地で死ぬのです。
この地を守る為にここにいるのです。
「王国を救うために生きている訳ではありません」
貴方は、「ファルスティン」と「王国」どちらかしか救えなくなった時、
何方を選択なさるのでしょうね?」
「そんな事は今の私達には関係ない事です。
それに、私なら、何方かしか救えない事態にならないように、
動きますから問題が無いのですよ」
「・・・お話になりませんね。
では、オブラートに包むのも面倒です。
貴方はファルスティンと王国が戦争になった時、
私の隣に立てますか?
「そんな事に「そんな事になるのです。
既に運命の分岐点は通り過ぎています。
そうならない様に努力するタイミングは過ぎております。
王国は何があっても、ボルフォードのファルスティンの婚約を推し進め、
私とカーディルを結婚させ子供を産ませるべきだったのです。
そこが、ファルスティンと王国が上手くやっていくかどうかの…
最後のチャンスでした」
「君は…カーディルを愛していたのか?」
「いいえ愛してなどいません。
ですが「貴族」としてこの地に生まれ、
この厳しい土地で私は色々な事を教えられながら育てられたのです。
その恩は、この地に返さなくてはいけません。
どんなに粗雑に扱われたとしても王国を安定させる事。
他国との折り合いを付けて王国を存続させる事こそ、
私が王国の貴族「ボルフォード公爵夫人」となった時にするべき事でした。
碌な事にならない。酷い事になる事など解りきっています。
それでも王国の為。ファルスティン為。
犠牲になる覚悟は出来ていました」
「そこまで高い志を持っているのであれば問題ありません。
王国とも有効な関係が築けるでしょう」
鬼の形相でお父様は第2王子殿下を睨みつける。
この第2王子殿下はナチュラルに私にボルフォードで酷い目に会いながら、
国に尽くせと宣言したのだから。