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第41話

普通なら任命式の間中、私は何も持つ事を許されない。

それはどんな小物であってもね。

もちろんスカートの中に仕込んで持つ事も出来るけれど、

それは王国の法が許さない。

任命されるまではあくまで半人前。

半人前に何か持たせてトラブルになるのは王国の歴史が証明し続けたから、

そう言った事まで厳密に決められているのでしょうけれど。

それ故に何も持たない令嬢は無防備でいるしかない。

貴族として任命された瞬間、義務と権利が発生した段階で、

私は礼儀作法として、絶対に持っていなければいけない、

令嬢として「正式にお断りする為」の道具を持つ時間的余裕はなかったのだ。


だから第2王子殿下は

その私が返事を断れないスキを突かれた格好となっていた。

それに普通ならどんなになれなれしい態度を取っても

王家の人間なら許される。

だって全貴族の憧れであり爵位としては最高位。

王族からのお話なのだから断るという選択肢は与えられない。

王族にとって、強制的に貴族達に言う事を聞かせられる瞬間でもある。

王国の「法」は、どんな法律でも王家に対して有利に働くように、

細工されて法の間に遊びが作ってある。

貴族には許されない。

けれど王族なら無礼講となる逃げ道。

だからかもしれない。

強引に意見を通すため、無茶をしてでも無防備な断る道具を持たない、

エルゼリアの隣に自分をねじ込む為に無礼であっても動いたのだろう。

けれど第2王子殿下の考えは遅かった。

私に特別な傍付きがいなければ王子殿下を止める人間はいない。

けれど私と王子殿下の間に体を入れた時、

既にリラーナは私を守る全ても行動を完了していたのだから。

私に大切な道具を既に渡してくれていた。

そう…

扇子だ。


私が「伯爵令嬢エルゼリア」として立ち振る舞うのに絶対必要な道具。

本来なら式典後にターシャ義姉様から私の領内の身分を証明しる為に、

授けられる大切な身分証でもありその身分証を見せながら話す為に、

一個人として認められ「正式な権限を持つ貴族」つまり、

自分の意志を陳べる事の出来る証明を私は手にしていた。

特別な傍付きに持たせている物として「私の代わり」である事の証でもある。

私達爵位持ちの令嬢達にとって絶対一本は持ち歩かなくては、

正式な場において

意思表示する事が難しくなるほど大切な「道具」となっている。

私は、それをリラーナから手渡されて手にした事でちょっとほっとする。

そしてそのセンスを開いて顔の半分を隠すのだ。

令嬢の顔の隠し方にさえルールが定められていて、

顔全体を覆えば会話の意志はないと拒否できる。

目だけ見せれば会話する事は許すけれど返事はしない。

そして片手で扇子持ち反対の腕でそのセンスを支える姿を取れば、

その扇子の表す身分で一貴族としてお話をしましょうという意味となる。

もちろんパーティー会場で、扇子を体の何処で保持しているかによって、

なんの話題を話すのかを決めたりする事が出来る。

例えば扇子を閉じてドレスにある刺繍を指している場合は、

領地の事を話しましょうとか。

逆にアクセサリーを指していればファッションの事だったりする。

そのパターンを覚えるのも淑女の嗜みとされ出来なければ、

本当の夜会の時とかに恥をかく羽目になるのだ。


その扇子を広げると私は口だけを隠す。

王族だから会話はするという意思表示。

そして特別な傍付きの行動を諫めないという意味でリラーナの牽制行動は、

私からの明確な拒絶の意思表示だ。


「いいえ。式はまだ終わっていませんわ。

これからお兄様の大切な挨拶の時間が始まりますの。

「王国の定めた任命式」を軽んじる事は出来ませんわ。

列の並びは「王国の法」によって定められているのですから。

その王国の顔とも言える王子殿下が法を破るなんて事は、

許されるはずがありません。

殿下に相応しい正しい位置に戻るべきですわ」


私は睨みつけるような視線を送りながらお兄様の方へ、

一瞬だけ視線を移したのだ。

アンタはマテの出来ない犬ですか?

美味しいご飯(エルゼリア)を食べたくて

涎を垂らす駄犬ですかと問いかけたい。

私の回答に第2王子殿下の表情は明らかに歪んだ。

そして同時に殿下はお兄様の方に視線を移す。

チラリと。

けれどしっかりとお兄様の表情を確認した第2王子殿下は、

ふふっと笑みを受かべながら話し始めた。


「これは失礼しました

このような美しい方を前に気持ちが前のめりになってしまったのです。

どうかお許しください」


わざとらしい演技と、それに付随する言葉を言いながら、

第2王子殿下は定位置へと戻って行くのだった。

それを確認してリラーナは私から離れ後ろへ戻り扇子を受け取った。

お兄様の挨拶の列が終わるまで

私やギネヴィアはお腹の前で手を重ね合わせて、

微笑み続けるのが礼儀なのだ。

たとえ相手がいけ好かない人物であってもね。

多くの貴族が初めて見る王都以外の高層建築と、

ファルスティン家のお屋敷の大きさに驚いていた。

当然であるけれど屋敷の設備自体の大きさと整いぶりは公爵家並みに、

作り上げられていた。

場所によっては、王都を凌駕する高層建築の建物があるのだ。

そして他の領地にはない鉄馬の発着場。

特別な移動手段を持つ領地は、その広がり方も他の領地に比べてば、

違った物へと進化している。

ここまで来た時に見た街並みは今まで見てきたどの町よりも、

大きく違う物として、貴族達には映っている。


新しい文化。

新しい商売相手としてファルスティンは魅力的過ぎた。

故になんとしてでも今日この場でお兄様と顔つなぎをしたいと思う貴族は、

参加したほとんとすべての貴族達。

この場でなんとか失言を取ってでも、商人を挟まない、

領同士での交易を行いたいと自領内の生産物を高値で売り付けたいと、

考えている領主達の相手が始まった。


発展した領都で息のかかった商人達を送り込んで、

商売をしたいと願いなんとか場所を提供するように言う人もいる。

けれどお兄様はそう言った貴族達に言う事は一つだけ。


「今までと変わらぬお付き合いをしましょう。

それが今の私達の適切な関係だと理解していただきたい」


商人には美味しい消費地となり交易拠点となりえる領都を、

今まで何も関係を持たなかった貴族達が権力を持って入って来るなんて、

許すはずがないでしょうに。

それよりも経済戦争を仕掛けられるだけの余力は

ファルスティンには十分にある。

けど今はまだその時じゃない。領内にもダメージが入る可能性がある。

お兄様の言葉の裏にあるのは「一方的な搾取」である事は、

私に都市を作れと言った時点で決まっている。

目の前の貴族達は「美味しい餌」としか、

ファルスティンを見れていない人が、

ほとんどという事に他ならない。

これから何年もの長期時間をかけて都市を成長させていけば、

周囲の領地から、人口の吸い上げたって始まってしまうでしょうに。

今周囲の貴族達のしなければならない事は産業の育成と、

領民の奴隷化して移動の自由を奪う事でしょうに。

それを早急にやらなかった貴族は何年もの間苦しむことになるのに。

本当に、現状認識の欠片も感じさせないお兄様との会話が続く。

見当はずれの挨拶を生暖かい目で見続ける時間は長く続いた。

ほぼ全員との挨拶。順列を消化するのにも時間はかかり続けたのだった。


挨拶が終われば後は各々で腹の探り合い大会を開き、

その時間を使ってお兄様達は来客を見送る為に、

車寄せに移動していく。

私はもちろんギネヴィア達ももちろんお兄様から離れない様に、

後を付いて行く。

そうなれば、リリー達傍付きも動いて、

人々が入口方面に集まってくれる。



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