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第40話

「任命式」は終わってしまった。

お兄様はファルスティンの正式な領主となり、

これから皆を導いていく立場へとなる。


けれど…

けれどそれでハイ終了と貴族達が帰ってくれる訳ではないのだ。

国家が規定する「式」事態は宣言さえすれば終われる。

けれどそれですぐ「はい御終い帰る」なんてもちろん許されない。

立場が切り替わり、ファルスティンの代表者と言う地位を得たお兄様は、

その瞬間より立つ場所すら変えられる。

つまりお父様達がいた一段高い位置へと立ち義姉さまもその隣へと移動する。

同時に新しい体勢に即した並びへと変わるのだ。

それを見せる事によってファルスティンの組織構造と配置された人員が、

対外へと公表されたことにもなる。

一番重要な事は傍付き達の顔触れ。

王家や上位貴族達の干渉を多く受けなければいけない領主なら、

その隣に立つ特別な傍付きは、上位貴族から派遣された顔触れになってしまう。

それはある意味その領地の首輪が嵌められている証明にもなるの。

だからお兄様と義姉様の二人の後ろの立った特別な傍付きの顔触れは、

王国としても重要な事なのだった。

だって、

そこに立つ人間がいなければすぐさま国から人を派遣して、

領内に内部干渉をする事が出来るようになるのだから。

もちろんそんな事はさせない。

領制に係る重大な意思決定の人物はお父様か叔父様が決めた人間しか入れない。

ライセラスお兄様の隣には家令としてもお兄様の片腕としても過ごして来た、

ライゼン・エストラが控える。

彼もこの領の出身でお兄様と共に生きてきた、

いわゆる乳母の息子でライセラス兄さまと、兄妹の様に育った間柄。

特別の信用を置くのも頷ける。

長い時間をかけて共に生きてきた人間に裏切られるならそれまでと、

裏切られるなら諦めの付く人選でもあった。

エストラもまた途絶える事の多かった領内の血筋の中で、

か細く長く、そして数々の犠牲と選別を見続けた血を持つ一族。

この過酷な土地に根を下ろして生き抜こうとして来た誇り高い一族だった。

ファルスティン領の歴史は意外と長い。

歴史と言う良い方であればそれは「ファルスティン領」となる前から、

この地では命を掛けた生存戦略が始まっていたとも言える。

王家が目障りと思う人間を「新領地の開拓者」と嘯いて、

その当時の国政に不都合な人間や政争に敗れた人間の処分場として、

人を送り込んだのがこの地に人が来る始まりとなったのだから。

追放の名目の下何度も送り込まれた人々は助かる見込みのない中、

前任者が全滅した「遺品」を探してそこで新たに生活を始めたのだ。

もちろん送りこまれ当時は、誰も生きられる環境じゃなかった。

けれどその過酷な環境の中で「選別」され「生かされた」人々が、

少ない生存圏内を使って命を繋ぐ術を磨き続けたのだ。

そんな生活基盤が出来るかできないかのギリギリの状態で、

初代ファルスティン領領主となる人が訪れる。

細く途切れそうな血の流れを初代ファルスティンの当主は守り抜いた。

そこから後にファルスティン領と呼ばれる領内の歴史は始まっている。

長い歴史の中領内に僅かにだけれど確実に残る細く続いた血を、

ファルスティン家は忘れられないし忘れる訳にはいかない。

生きる為に全力を尽くし基礎を作った、

先人達が流した血の量を知っているから。

血を捨てる事は歴代のファルスティン家の人間には

出来なかったって事だった。

王都で行われる貴族達の遊技の様な主従関係なんて

この場にはありはしなかった。

補充要員しか送って来なかった王家に対する評価なんて、

領内では聞くだけ時間の無駄なのだ。

見捨てられた土地で苦楽を共に過ごして来た結束はお父様の世代では固い。

選択を間違えれば全滅するという現実がそうさせていたのでしょうけれど。

ファルスティンに根を下ろした長く続いている家ほど、

ファルスティン家への忠誠心は高いから。

ターシャ義姉様の後ろにはもちろんリリー・ゼフィラが控えるのだ。

この地にやって来たターシャ義姉さまを守り教育出来るのは、

私を教育したリリーしかいないし、

特殊な環境の「新しい世代の伯爵夫人」の補佐を出来る人ともなれば、

領内でそれを熟せるのは他にはミーシェお母さま位でしょう。

並んだ二人は、この地の統治者として相応しく、

それ以上に着飾った両名を見れば文字通り「王族」に匹敵する衣装を着ている。

けれどそれを注意する事は、第2王子殿下と一緒にきた関係者には出来ない。

だって豪華に斬新に作られたそのデザイナーと針子さん達の力作は、

王国の伯爵位の規格に合わせて厳密に決められた所は守られているのだから。

王国は衣装に対する「法」を改変しない限りお兄様達の着ている物に対して、

ケチをつける事は許されないのだ。

それは、言い換えればどれだけボルフォードがデザインの進化を怠け、

古臭い生地でドレスを作り続けているのかと言う証明でもあるのだけれど。

それに気付けたとしてもボルフォードが努力をしなければ王国のドレスの出来は、

変わらないでしょうし。

もうボルフォードに新しい物を生み出せる力はないかも知れない。

そうやって特別な傍付きを控えさせた後ろに護衛の騎士達。

それも叔父様禁制の素晴らしい威圧的な武器を持った騎士が立ち、

新たに主となった君主の守りを固める。

1人1人の鎧は叔父様の素敵な技術が編み込まれた実用性豊かな物で、

お父様こだわりのデザインと、一人一人に授けられた武器に合わせて、

デザインすらワンオフで仕上げられた式典用なのに実戦で使える物へと、

仕上げられている。

それ以外の装具…マントや装甲に擬態させていたりする、

明らかに重火器に該当しそうな物が鎧の腰や背中に付いているのだから、

それらが火を噴けばこの場はあっという間に制圧されるでしょうね。

たぶん鎧に擬態したパワードスーツの様な気がするのよね…

たまに鎧から音が鳴り響いて…


―カシュン―

―シュイン―


って、どう考えても駆動音が聞こえるのだもの。

たぶん蒸気機関をアレコレしたのでしょうが…

私達にとっては騎士が特殊な鎧を着ているだけ。

決して可笑しなことではないのである。



他に上位者がいなければそれだけで良いのだけれど。

この場においては第2王子殿下がいらっしゃる。

普通であればもう一段高い場所と椅子を用意してお座りいただき、

新領主となったお兄様の挨拶を見守るという形が取られるはずだった。

現に御兄さま達が座る椅子よりより上位の人が座る様な椅子、

王家の紋章入りの椅子が一段高い位置に設置されていたのだから。

通常であるならばこの第2王子殿下の隣には引退したお父様夫妻と、

叔父様夫妻が並んで第2王子殿下の補佐というか話し相手になるのだ。

地位を譲ったばかりとは言え現地の最上位だった人間だからね。

お相手するには相応しい訳なのだけれど…


私とギネヴィアはそのままお父様達とは反対側に並んで控える事になる。

別に私達に話しかけてくる人間なんていないけれどそれを差し引いても、

領内の爵位持ちとして挨拶しに来た「貴族」の方々に礼の代わりに、

深々と頭を下げる役割があるのだから仕方がない。

今日この場においてこの場所の絶対王者となった

お兄様はお礼を言ったとしても、

絶対にあたまは下げられない。

それがルール。

だからその代わりにこの「何もない辺鄙なファルスティン領」に、

来させてしまった愚かな人として頭を下げなくてはいけないのだ。


だってねぇ?


―王族が来るから仕方なく私達も挨拶に行ってやる―

―持て成すなんて出来ないだろうから許してやる―

―その代わり第2王子殿下と面会する時間を作れ―



参加したい?招待状を送れと言って来た貴族達のお手紙には?

だいたいその手の事が記載されていたのだから。

まぁ、これからもそう言った御付き合いをするだけだからいいけれど。

そこまでの暴言を吐かれながら此方は来て下さいと「要請」したのだ。

もちろん招待状を出した貴族はそれなりに選んでいるけれど、

選んだのは「お父様と叔父様」なのだ。

その意味を正しく理解できていないのならこれからの領地運営も、

大変な事になると思うのだけれど。

お父様と叔父様が、


―息子に地位を継がせたからお祝いに来てください―


なんて簡単な理由で呼ぶわけがない。

お父様達が作り上げた時限爆弾が爆発するのかもしれない。

それはきっとお父様と叔父様からの最後の慈悲。


―現状を正しく理解しろ―

―友好的にならないなら(ギネヴィアとエルザリアは)敵として対処する―


私達が舐められない様に残した最上級の脅しの様な気がするのだ。

呼ばれた貴族様はそれを理解できたのかしらね?


新しい顔ぶれと並びが完成した時点で招待されていた貴族の、

地位の高い人間から優先的に挨拶するというお決まりの出来事が、

始まろうとしていた時に…

第2王子殿下が用意されていた椅子から立ち上がり此方に近づいてきたのだ。

何をとか考えるまでもない。

今日は「王家にとっても、良き日にしなければいけない日」なのでしょう。

それは理解できる。

したくないけれどしなくちゃいけない事だから。

王家としても北に大きな火種を抱える訳にはいかない。

だから精一杯の誠意としてそうしたいと言うならそれは構わない。

私だって貴族の繋がりって意味では納得はしないけれど理解はするから・・・


「これでは列の並びが悪いですね。ここに私が立っても?」


この第2王子殿下は

私とギネヴィアの間に立ちたいと言って近付いて来たのだ。

私は目を見開くしかなかった。

何を考えているかは理解できるけれどそれを差し引いても。

今それを言うべき時ではないのに。

今日の主役はあくまでお兄様だ。

私やギネヴィアも任命されたりしたけれど。

それも小さに事ではない大きい出来事かも知れないけれどそれでも、

お兄様の爵位の移譲と領主任命に比べれば霞む。

同時にギネヴィアと言う叔父様にとって隠しておきたい、

愛娘から視線をそらすためでもあったはず。

その隠れ蓑を第2王子殿下はナチュラルにはぎ取ろうとしている?

列の並びだって新しい領主であるお兄様から近しい血の濃さで決められた。

ターシャ義姉様は妻として。

そしてそこから流れる兄弟の血としてエルゼリア。

そしてその隣には従妹の血としてギネヴィアがいるのだ。

バカなの?

私とギネヴィアの間に立ちたいというけれど、

それが許されるのは伴侶としてか。

もしくはギネヴィア以上私未満の血の繋がりを

見せなくちゃいけないというのに。

こんな並びでさえ王家は決めて仕来りにして貴族達に守らせているのに。

自らが決めて守り選定した順番でさえ無視して割り込むつもり?

それともこの瞬間を目出度い瞬間として、

私かギネヴィアの伴侶に内定しているとでも言いたいの?なるつもりなの?

今しがた宣言されたギネヴィアとアルフィンとの結婚に、

異議を唱えると宣言しているに等しいのに。

王家は叔父様を本気で敵に回したいの?

私に個人的な接触をしたいというのであれば、

式典が無事に終わって貴族達が帰ってから、

内密に戻って来ればいいでしょうに。

その手間さえ王族は惜しむの?

国王陛下とお父様がどんな密約を結んだかは解らないけれど、

これ以上王国としての印象を悪くして更に王家の印象さえ最悪になれば、

王国はファルスティンにとって完全な敵となるのよ?

それを理解しているの?


「任命式は終わりました。

これから、私にひと時のお時間を戴けるでしょう?」


そう言いながら第2王子殿下は満面の笑みを私に向けてくるのだ。

終わった?

確かに「式」として宣言は終わっているけれど、

次世代に対する挨拶は終わっていないわよ!

それとも何?先程のお兄様が王子殿下に言った「態度次第」という事への、

牽制のつもりとでも言いたいの?

その第2王子殿下と一緒に来ていた従者らしき人は、

オロオロしている様にも見えないから当然の行動とでも思っているの?

それ以上に王族ならこの手順を無視した行動でも許されるという事なの?

この行動が計算づくだったらこの王子は最悪だけれど…

ゆっくりと近づいてくる第2王子殿下に対して周りは動けない。

この場で動く事が出来るのはただ一人。

私の後ろに控えている彼女。

リラーナが手早く動いて私の前へと回り込み左腕を広げて第2王子殿下が、

これ以上私に近付くのを阻止しようとする。

それでも近づく事を辞めない第2王子殿下に冷たい視線を向けながら、

リラーナは、右腕を腰の後ろに回すのだ。

特別な傍付きの背中には主が必要とする小道具を納める為の革鞄を、

目立たない様に背負っている。

それを自ら伸ばした髪の毛とエプロンの飾りなどで隠して、

主が必要と思えばすぐに道具を手渡せるように持ち運んでいるのだけれど、

その鞄の中身はもちろん主の身を守り相手を無力化する物さえ、

所持し続けている。もちろん刃物だって持っている。

リラーナはその鞄から手早く私にこの場で大切な物を手渡してくれる。

もちろんこの場において私に必要な物であった。

その間も勝手に列に並ぼうとする第2王子殿下の歩みを止めるべく、

彼女は体を張って王子へと歩み寄る。

それはどう動いても私に手が届かない絶対的な安全距離の維持。

彼女は正しく私の盾として動いてくれていた。

何も言わない私に代わってできる無言の拒否行動。

お父様も叔父様も騎士達に守れと命令する事は出来ない状態だった。

この場においてもう責任者はライセラスお兄様。

そしてお兄様もここで騎士を動かすという事は王家(王国)に対して、

物理的に排除する事を宣言する事に他ならない。

だから。

騎士達こそ動かさないが…

私の返答を待っている様にも感じられた。

私は第2王子殿下に試されている?

けれど回答なんて決まっている。

式典の続行が優先だ。

この場においてまだ挨拶は始まっていない。

私が何も持っていなくて、

第2王子殿下に対してお話をしなければいけないのであれば。

それは私にとって明確に最悪の事態となっていた。

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