目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第37話

ただ…

第2王子殿下がどういった人かは私には解らない。

私達の入学と同時に卒業だったから直接お会いしたこともないし。

ボルフォード家の公爵夫人として付き合いが出来るとしたら、

王太子殿下と王太子妃様になるはずだったし。

その辺りの人物像は

正式にボルフォード家の屋敷に閉じ込められてから行われる、

国家の機密の含んだ教育だったからもちろん後回し。

第2王子殿下の事も当然知らされない。

ポット出てきた第2王子殿下の「来訪と良き日」なんて言われても、

思惑が透けて見えるからそれ以上は気にしないつもりだった。

少なくとも、第2王子殿下と私の関係はお兄様が考えて下さるでしょう。

ボルフォード家で無理矢理婚約させられ、

こちらから破棄さえ許されなかった前例があるから王国としても、

無理に話を進めたらどうなるか理解しているでしょうからね。

ファルスティンにとっては「第2王子殿下」と言う名のただの人という評価。

だから領内に入ってまで王国の論理をかざし命令する人だったら、

もう容赦は出来ないわよ?

そして任命式が終わる前は領主はアネスお父様なのだから。

その事をちゃんと理解した王子様ならいいけれど、

そうでないなら無事に帰れるかどうか…


ともかく私達の式典日の朝は開けてしまった。

まだ外は暗いのだけど既に時間としてはギリギリになりかけている。

何時もより早い時間に起きなくてはいけない理由は一つ。

時間をかけてこの日に用意された装飾品用意されたドレスを着るから。


全て身に着けるお仕度が始められる時間になってしまったという事だった。

美しく仕上げられたドレスを着る体が汚いなんてありえない。

ドレスを着る前に徹底して磨かれる時間が始まる。

用意された大き目のお風呂場に連れて行かれて入浴が始まった。

これがあるから今日は一段と早く起きなければいけなくなっていた。

今日は準備する側もされる側も真剣そのもの。

主の晴れ舞台を完璧にこなしたいと思う想いと、

領内で初めて行われる事になってしまった「王国格式の任命式」のお陰で、

周囲の任命式を受ける主を完璧に仕上げたいと思う気持ちは、

より大きくなっていた。

主が笑わる事は絶対にさせないという周囲の決意の表れでもあった。


私とギネヴィアは、不思議なマッサージを受ける事になり練習と称して、

いわばエステ?の様な事を私は前日まで毎日付き合わされていた。

単純に色々な物を使って磨かれるのだけけれど、

結局ドレスの下に全て隠れてしまうのだから。

体をそこまで仕上げなくてもと思ってしまう。

けれど練習中、丹念に丹念に磨き上げる彼女達は嬉しそうに口にするのだ。


「エルゼリア様がどうお考えなのか少しは解るつもりです。

ですが申し訳ありません。

こうしてお体をお世話させて戴けていると思うと…

本当にっ。本当にっ。私達の下に戻って来て下さったと実感できるのです。

ですからっ…私達のっ。私達だけのお嬢様になって下さいませ」


エルゼリアがファルスティン領内にいる事。

その事が嬉しいと言われて実際に触れられる事が現実なのだと、

メイド達も考えているみたいだった。

ファルスティン領の領民にとって「エルゼリア」は王国に奪われた象徴。

そう考えている人がどれだけ多いのかを考えさせられる事の一つだった。

特に湯あみの介助係になれば私に直接触れる事になる。

それは私がここにいるという事を、

必要以上に感じられるという事でもあったのかもしれない。

日に日にツルツルになっていく体を感じながら、

私は丹念に仕上げられていく体を見ているとファルスティン領の、

彼女達は私を取り戻して、

「エルゼリア様は私達の物!」っと宣言しているみたいだった。

ボルフォードの婚約制服によって3年かけて歪められた体を少しでも、

正しい形に戻して少し手も早く「ファルスティンのエルゼリア」に、

したいのかもしれない。

私の歪んだ体は「王国とボルフォード」

と深く関わり合った証拠でもあるからね。

任命式を私がファルスティン領内で受けるという事が、

王国から大切な物を取り戻したという証拠にもなっているのかもしれない。


完璧な体に仕上げる。

自分達が出来る最高の状態に「エルゼリア」を仕上げる。

それをメイド達は口には出さないけれど、共通の想いなのかもしれない。

この日の為に何日もかけて丁寧に仕上げた衣装を着るのだ。

その身に着ける本体が汚いなんてもちろん湯浴みの介助係は許してくれない。

自分の受け持つ担当の事で自分の出来る最高をエルザリアに感じてもらう。

与えられた時間はギリギリ有効活用したい。

時間はいくらあったって足りない。

風呂場に閉じ込められゴシゴシと肌がヒリヒリするぐらい磨かれるのだ。

そしてこれでもかってくらい全身をくまなくチェックされて、

それでもまだ満足してくれなくて「制限時間一杯だから」って理由で、

やっとお風呂場から出る事を許されたのだった。

もちろん隣でギネヴィアから楽しい言葉が漏れ聞こえて来ていて…


「くすぐったい…」「うひゅ」「ひゅき」


なんとも可愛らしい単語を聞き続ける事にもなった。

領都に戻って来てから数日間、毎日ギネヴィアも磨かれて…

始めて磨かれた日は私も忘れられない位くすぐったかったのか大笑いして、

気絶するという失態まで披露してくれた。

まぁ、私も人の事言えないんだけれどね。


それが終われば真っ白のガウンに袖を通す事になる。

それから移動の為に髪の毛を纏め上げっられれば私とギネヴィアは、

やっとお風呂場から解放されてフィティングルームへと連れて行かれた。



着るだけで重苦しい気分にさせられる愉快な一日の始まりだった。



今日この日の為だけに用意されたドレスに袖を通す。

まるで結婚式の為に用意される一回しか着ないウエディングドレスの様。

けれど此方は必要に応じて保管され、

次世代のお針子さんの教育に為に使われる事が決まっている。

「ファルスティン伯爵家が始まって初めて作られた伯爵令嬢用ドレス」なのだ。

それは言い換えればこれから生まれてくる、

ファルスティン家に連なる血筋の令嬢が式典で身に着ける要素が詰まった、

現在の裁縫技術の集大成の様な物なのだ。


特別に用意されたフィッティングルームには数十名のこのドレスに関わった、

デザイナーさんと針子さん達。

そして今日から私達に仕える私とギネヴィアの色を身に纏った、

リチェルチェとリラーナに選ばれたメイド達も数名揃っていた。

私とギネヴィアは入浴を担当していたメイド達から、

今日のドレスを着せるメイド達に引き渡される。



それは長い長い一日の始まり。

始めて貴族正装をして参加する式典の始まりを意味していた。

新しい時代の象徴となるべく私達は整えられる。




1人のメイドが代表して挨拶をする。

といってもここにはリラーナもリチェルチェもいない。

彼女達も今日は、私達と同じ立場だから当然で。

私の色を纏う私の下で働く事になるメイドの一人が私に許可を求めてくる。


「おはようございますエルゼリア様。

本日のご準備を始めさせて戴きたく」

「ええ。お願いするわ。

私を本日の式典に相応しい姿にしてちょうだい」

「はい」


それから、彼女達の動きは早かった。

下着を身に着けコルセットを締め上げれば結界石を仕込んだ保護具を、

体の急所になる所を守る様に取り付けられる。

王族や貴族が連れてくる信用ならない兵士達の為に私達は苦労する事になる。

その象徴の様な保護具達。

けれど、取り付けないという選択肢はないのだから仕方がない。

肌に近い所に仕込まれる強固な守り。

その一つ一つが叔父様禁制の守りの要で、

叔父様が王国を信用していない証明でもあるのだ。

それを近しい者にしか知らせず綺麗なドレスの下に忍ばせて身に着ける事で、

お父様達が少しでも安心できると言うのであれば

いくらドレスが重くなっても、

身に着けない訳にはいかなかった。

ドレスを着せられながら保護具を仕込みつつ丁寧に皴なく着せられるのには、

鬼の様に時間がかかる。

コルセットとバスクの間にも

胴体を守る様に魔法陣の刻み込まれた合金が宛がわれ、

それに魔力を自動供給するようにスカートには魔石も大量に仕込まれた。

はっきり言ってひと財産では済まないくらいの値段になっていると思う。

けどそんな事はお父様達には関係ない。

アネスお父様とゼファード叔父様が

「安心」する為には私達は身に着けて当然。

そしてそれが済めばこの日の為に作られた

パリュールを全身に身に着けるのだ。

もちろん魔術効果の付与された着用者を守らせる効果が大量に付けられた物。

腕に嵌めたブレスレットも大きく

首にはチョーカーを巻き首飾りが胸元を彩る。

イヤリングにも魔術の込められた宝石が嵌められ

追加でサークレットまであった。

バスクを中心として体前面にこれでもかと装飾された刺繍はもう複雑怪奇。

けれどその複雑怪奇さによって作られた模様が私専用のドレスである事を、

これでもかと言う位表している。

皴一つなく体にぴったりと張り付くように作られたドレスは、

誰が見てもオーダーメイドの一点もの。

急遽仕込まれる事が決定した保護具さえ飲み込んで、

私しか着れない様に仕上げられた

「王国の格式」に合わせて作られた最上級品。

確かに「伯爵令嬢」が着る物として仕上げられてはいれるけど、

それ以上に豪華にそして着用者を美しく見せる。

手の込んだデザインと言い換えれば、

王族が着ていても可笑しくないデザインに仕上げられていた。

格式は守られている。

王国とボルフォードの掲げたドレスのルールを、

ファルスティンのデザイナーと針子さん達は体現して見せたのだ。

あの時デザイナーさんと針子さんが言った、



―もしも王国と戦うならば、それに相応しいドレスを用意する―



それが形となって私達の前に用意されたという事でもあった。

周囲の針子さん達はもはや真剣そのもの。

私とギネヴィアは完璧と言えるファルスティンの令嬢達に仕上げられたのだ。

王国の誇るボルフォードのドレスのデザインを凌駕する、

新しい時代の新しい衣装。

それが王族の目に映るという事でもあった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?