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第36話

任命式当日。

私とギネヴィアは同じ部屋に宿泊していた。

領都の屋敷にある「私の部屋」はもう使わせてもらえない。

建前上と言うべきなのか今の私とギネヴィアは貴族のお客さん。

だからお客様扱いを帰って来てから受け続けている。

というもの任命式が済めば私達は

基本的に自由に屋敷から出る事を許されない。

ギネヴィアもそう。

この組織改編以降は皆この屋敷で暮らす事になる。

それは警備の観点もあるけれど、

私とギネヴィアの任命される事にも関わっているらしかった。

そして任命後滞りなく作業がこなせる様に、全ての家具の配置も見直され、

領都のお屋敷はもはやリホームの真っ最中の様な状態だったのだ。

当然今まで割り振られていた、機密区画の割り振りも切り変わり、

私の部屋は私物が運び出されてもはや跡形もなく取り壊されていた。

そんな突貫の室内工事も式典1日前にやっと終わり。

準備と言う事であれば後は当日の着替えだけと言う所まで来ていた。

書類片手に許可不許可を出しながら、

ドレスのフィッティング作業を進めるのは、

本当につらかった。

それも今日で終わると思えば気が楽に…

なる訳がない。


お直しされた式典用のドレスは自然な形に仕上げられたけれど…

その実物凄い重量になってしまっていた。

これを一日中着ていなくちゃいけないとなると気が重い。

けれどもう泣き言は言えない。

私がそんな事を一言でも言えばギネヴィアが逃げる。

虎視眈々と逃げる理由を探しながらギネヴィアはまた、

式典から逃げる手段を探していたのだった。

私はもう逃げない。

けれどギネヴィアは覚悟したけれどまだ心がグラついているのだ。

苦手な事が押し寄せて来たら誰だって逃げる。

私だってそうする。

けれど「エルゼリア・ファルスティン」という立場がそれを許さない。

「ギネヴィア・バルダー」もそうなのだ。

そうなのだが…

それでもまだギネヴィアが納得するには時間がかかりそうだった。

理解も出来る。

納得もしている。

逃げられない事も解っている。

どう周囲に振舞えば良いのか解っているけれど。

今まで持っていた「自由」を捨てられない。

彼女の心境はそんな所かな?


「エルゼリア様が近くにいればギネヴィア様も逃げないですから」


あっけらかんとしたリチェルチェの言葉通り、

私が傍にいればギネヴィアは安定していた。

反射的に感じる「エルゼリアの真似をすれば良い」という本能か?

私の立場を恐れないという立ち振る舞いが、

彼女を落ち着かせているみたいでもあった。

環境が急激に変えられそうになっている拒否反応なのかもしれない。

そしてなにより…


「王子様さえ来なければこんな事にならないのに」


そのギネヴィアのボヤキに尽きる。

その言葉は本当にその通りで、

王家の人間なんかが出張ってくるから「王家に見られても良い任命式」に、

しなければいけなくなったのだから。

たかだか伯爵家の世代交代に顔を出すなよと言いたくなる事この上ない。

迷惑な訪問。

たとえその式典で伯爵令嬢と男爵令嬢の行く末が決まるとは言えね。

それさえなければ王国式の楽なドレスに気軽な内輪で開ける任命式となり、

これから先傍付きとなるゼフィラ三姉妹のお披露目もしなくて済んだのだ。

そうすれば先送りできるはずだった「傍付き専用」の発表もしなくて良かった。

専用傍付きが発表されなかったら王国は空気なんて読まず、

自分の近くの優秀な人(王国の都合の良い傀儡)をねじ込んでくる可能性だって、

あるというか絶対にどんな事をしてもねじ込んでくる。

此方の感情なんてお構いなしにやられると考えれば腹が立つ。

式典では発表しなければいけない事は全て発表して、

ファルスティン領内の首脳陣は、

ファルスティン バルダー ゼフィラ

で固めて置かなくちゃ可笑しなことになる。

お父様のと叔父様が作り上げたこの領内の常識は王国とは違う。

少なくとも領都には蒸気を動力源とした一般家庭用の「機械」があり、

その「機械」があるからこの寒いファルスティンの生活は普通と違う、

形へと成長していったのだ。

まさしく何も知らない部外者が好き勝手やるなんて絶対に許さないし、

正しく使えなければ領民として生きるだけも豊かな生活は遅れない。

何も知らない「貴族」では統治する事はままならないのだ。

けれど…

そうと解っていたとしても王国はファルスティンを諦められないのだろう。

そうして何とか干渉する為に、血と権力の塊の王子様を派遣した。

それ位は私だって解る。


けれど派遣される本人はその事を理解できているのかしらね?



王国の第2王子殿下は…

「何もない」ファルスティン領で厳しい環境で式典をする事を考慮して、

当日に式典に間に合う様に隣接する男爵領の貴族用宿泊地から、

馬車で当日に訪れて当日にご帰宅になられるそうだ。

少しでもファルスティンへの滞在時間を減らしたいという考えが見えてくる。

そこまで嫌なら手紙の一枚で終われれば良いのに。

これ以上王国の貴族や王家の人間が何をしたって、印象は良くならないわよ。


グダグダやりながら来る位ならさっさと帰れ。

「何もない」と言いながらそこまで嫌味ったらしく来るのであれば、

手紙さえ送らずに、国の発行する任命書だけ持って来させればいいのよ。

王家さえ来なければ領内挙げてのお祝い事で済んだのに。

厳格な「儀式」を粛々と行うつまらない行事となってしまったのだから。

新しい領主の誕生を純粋に祝いたいと思ってくれている、

領民にとっても邪魔な存在と認識されてしまっている。

領都としても、お祭り騒ぎをしたかったけれどそうなれば警備がきつくなる。

というより出来なくなってしまった。

領民の結束の意志と忠誠心は、要職に付いていない人間ですら高いのだ。

特にお父様世代の人間は「死ね」と命令されたら喜んで死ぬくらい、

行き過ぎた忠誠心を持っている領民がいる。

もちろん、今の生活を与えてくれた事に感謝している以上に、

お父様世代はゼファード叔父様と共に基礎を作りあげた世代。

それは言うまでもなく叔父様が直々に手取り足取り仕込んだ職人達。

ファルスティンを支える機械を動かす現在の頭脳達。

文字通り「機械」の使い方を教え込んだ世代なのだ。

直接言葉をかけあってアリア叔母さまと一緒に領内のあらゆる機械を作り上げた、

いわば戦友ともいえる関係だった。

負ければ凍土の中で死ぬしかない極限の戦いだった。

港湾都市は余裕が出来てから建設が始まったいわば成長と発展の豊かさの象徴。

そこに住まう領民達は明るい未来の中で生きてきた、

言わば希望のある私達の世代だからまだ王家に対する風当たりは少ない。

けれど領都のお父様や叔父様に近ければ近いほど…

抑えきれない怒りを持っている。

行き過ぎた忠誠で…

暴走したっておかしくないと言い切れるのだ。


お兄様が爵位を継ぎ名実共にファルスティンの領主となる。

けれどお兄様の意志がいきなり

100%ファルスティンの重臣達に伝わるとは、

到底思えないのが現状なのだ。

だからこそ早めの世代交代。

暴走するかもしれない「重臣」達を抑える側にお父様は回るのだ。

けれどそのお兄様夫妻だって

王国の考える理想の家臣になんてなるはずがない。

だけど王国は敵を作る訳にはいかないから・・・

正式な場所に怒りの矛先を向けられるのを覚悟で、

第二王子殿下を派遣するしかなかった。

筋は通っているけれど領民が納得するかは別の問題。


お陰で領内の道は一部交通規制を引いて攻撃的な領民が来訪する「貴族」に、

近付けない様にする処置を取る羽目になってしまった。

警備の担当者は偉く迷惑そうな表情を作り、

貴族と共にやってくる警護用の騎士達の相手すらする羽目になる。


「警備が必要なお貴族様」がいっぱい来る観点からも、

お祭りを開催は中止に追い込まれた。

出店の出店は取りやめになり、

いつも以上の制限がかかった生活を領民達は強いられる。

ただ粛々と集まる近隣の貴族とメンドクサイ王族の往来。

中止できるのなら、どれだけよかったか。



とはいえ。

王族本人がファルスティンの砦を叔父様が改修以降初めて通過する訳で。

どれほどのお付きを連れて来るのか解らないけれど驚くでしょうね。

恐らく、何に使うのかは分からないでしょうけれど、

その砦の中には、叔父様が作ったロマンが詰まっているんだもの。

蒸気文明を突き詰めてしまった結果の産物の一部。

火薬を使わない固定型長距離砲。

投射兵器の数々。


この世界の戦いはまだ魔法を中心に「攻撃」が考えられてる。

だからその魔法を封じるべく砦には叔父様禁制の魔法妨害増値か設置され、

それ以上に相手の攻撃範囲から一方的に攻撃できる物が備え付けられている。


「大型の固定型術式は解らないけれど…

普通の人間が攻撃する以上、絶対に攻撃目標を見る必要があるんだよねぇ。

って事は山なりに巨石を投げ続ければ魔法使いは反撃できないよね?」


その攻撃範囲は前世で言えばキロ単位の投射能力を持つらしい。

砦の後ろに隠れて鉄馬で移動できるように作られたソレは、

いわゆる列車砲に似通った物まで用意されている始末で…

「備えあればオーバーキル」が出来る物が用意されている。

もちろん、戦争状態ともなれば、直ちに鉄馬の簡易レールも引かれ、

領内のあらゆる所から継続戦闘に必要な物資が運ばれてくるのだから、

砦には夢とロマンとファルスティンの誇る

最大級の牙が仕込まれている事になる。

領内の物資が空になるまで戦い続けられるし弾薬や燃料。

食料だって領内が空になるまで運ばれるのでしょうね。


王国には何も渡さない。

奪われるくらいならすべて使い切ってやる。

それを体現するかのような心意気で砦は日夜兵士達の手によって、

カスタマイズが続けらてしまっている。


もちろん。

普通の兵士を迎え入れる事も考えて

叔父様はファンタジーもちゃんと用意していた。

叔父様は近代兵器は用意しなかったけれど、

謎の錬金術を使って血液認証の魔法武具なんかも作り上げてしまっていた。

砦や領内では魔法は封じられる。


けれど兵士達同士の戦いなら数が物を言う戦いになってしまう。

相手を効率的に無力化する事に叔父様は全力で取り組んでもいたのだった。

一体いつの間に?

こんな事もあろうかと!

っていう言葉が飛び手できそうなほど優秀な兵士達というより、

自分を信じ付いて来てくれた兵士達に生きていてほしいという願いからか、

叔父様は特別な武器を与えてもいる。

製法は叔父様しか今は知らない。

魔法と錬金が出来なければ作れないみたいだけれど、

叔父様は人数分仕上げて渡したみたいだった。


魔法武器は何故か結界内でも有効で?

信任厚い騎士達や実力者へ配られていた。

ファンタジーと科学の勝利なのかな?


もしも来訪した貴族の方々が、

領民に対してオイタをした場合すぐさま対応。

領内で暴れるようなことをすれば

一発で鎮圧して差し上げる体制は作ってある。

とっても心強い方々が「貴族」と「王族」の警備に付く事が決まった。

アネスお父様とゼファード叔父様が選び騎士爵を与えた素晴らしい方々。

礼儀を重んじファルスティンに忠義を尽くす買収など絶対に出来ない、

素敵で紳士な方々が王子様のエスコート役に選ばれていた。

もちろん王国への心遣いを忘れない様な温かいエスコートが出来る人だ。

イラっとすれば人が

「いなかったことになる」素晴らしいエスコートをして下さる。

お父様達にとってはどっちだって構わないのだ。

ファルスティンに干渉し続けようとする為に、

力で押さえつけようとするなら…

その力で叩きつぶすだけ。

お父様も叔父様ももう隠さない。


まぁ、隠さなかったからお兄様への世代交代になったのだけれど。

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