「失礼します」
懐かしい凛とした声と共に扉は開かれ
私は久々にリラーナの姿を見る事になった。
その姿は見た事のないメイド服を着ていて。
そしてそのメイド服に縫い付けられた刺繍は
「エルゼリア」の色で縫い付けられ、
「エルゼリア」のドレスに刺繍される象徴を取り込んだデザインに、
仕上げられていたのだった。
その姿はメイド服と言うよりドレスに近い作り。
ドレスの様な服の上にメイドの証として祭典用で特装で作られる、
フリルが大量に縫い付けられ
過剰な装飾の施されたエプロンを身に着けている。
誰が見ても主人は「エルゼリア」そう思わせる説得力の持った衣装だった。
傍付きのメイドに与えるにはいささかゴージャスすぎるが、
正式な場所へ主と赴かなければならなくなった時、
用意されるものとしては正しい出来だった。
「あなた…その格好」
「はい。正式な発表はまだですがエルザリア様が任命式を御受けになった後、
私はエルゼリア様の正式な傍付き筆頭として、
お仕えさせていただく事になります」
「それは、心強いけれど…良いの?」
「我が努力はこの日この時の為に。
エルゼリア様がボルフォード家に嫁ぐのであれば、
私はファルスティンを離れボルフォードに赴くつもりでいました。
私の行く先はエルゼリア様が歩む道のすぐ後ろなのです。
私をお選びくださいませ」
「そう…では、遠慮なくそうさせて貰うわね。
リラーナ・ゼフィラ、今より私の筆頭傍付きとして仕えなさい」
「私の生涯をかけてお仕えさせて戴きます」
カーテシーをしながらされるその決意表明の様な言葉。
それは一生離れる心算はないという覚悟の返答でもあった。
リラーナはここに来る前から決断を下してきてくれているのだ。
言い訳や遠慮。断りの必要なんて私は言葉にする事は出来ない。
私の傍付きにならないという決定もリラーナなの中にはもはやない。
だって既に私の傍にいるための準備は出来ているのだから。
身に纏う色と姿。
それはエルゼリアに仕える人しか着る事の許されない物へと仕上げられ、
これからは私の傍にしか立つつもりがない事の表れでもあった。
仕える主が明確にいるから
「特別」を表す意味でもリラーナが身に着ける物も、
それ専用として作られ周囲に誰が「主」であるかを教えているのだ。
彼女はもう「専用」賜った時点で二人のどちらかが文字通り死ぬまで、
その関係は変えられない。
そして言い換えるならば、専用を身に纏った時点で、
もうリラーナ・ゼフィラはエルゼリア以外の誰にも仕える事を許されない。
仕える側にしても王国の法律は
効率を求めた結果そういった形が作られたのだ。
国に対する貴族としての忠誠とは別に傍に仕えさせるのだから特別に扱う。
それは使える主に対しても責任が及ぶという意味でもあった。
「特別な傍付き」それは、
いわばもう一人の自分と言い換えても差し支えない。
本人が支持を出せない時だってもちろん出てくる。
主の代わりに責任を持ちながら指示を出せる存在は絶対に必要なのだ。
それに貴族として上に立つのなら抱え込む部下の数は数しれない。
それをうまく統率して主人の願う「規律」を守らせるという意味でも、
組織の副官的な立ち位置は絶対に必要。
主不在で物事が決定されず組織が機能不全なるなんて許されない。
そういった要素からも始まった制度ではあったけれど「特別な傍付き」の、
重要度は国が成長する過程で絶対に必要だったのだ。
…等という事になってはいたけれど、
けれど王国の本心は忠誠や誠意等と言いう耳障りのいい言葉より、
敵対した組織を不要になった時連座して効率よく「処分」する事が、
目的だったという事は言うまでもない。
いまも王国の歴史の中で謀反を起こそうとした貴族に対して、
家を丸ごと潰すのだ。
それだけでは禍根を残す。ならば残さない様にするには?
簡単だ理由を付けて全員「処分」してしまえば良い。
支配階級の首のすげ替えは半端にやるより纏めでやった方が効率はいい。
王国を運営するうえで必要な事柄となってもいる。
特別扱いする事を許可したのだから部下のミスも主は責任を負え。
グループとして扱って傍付きとそれに連なるミスは主人ミス。
同時に全員のミス。
だから潔く全員「処分」されろ。
このことからも、
王国の統治はかなり無茶の連続なのだろうと推測できてしまう。
けれど「特別な傍付き」を任命しないなんて事はありえない。
いなければ仕事は捗らない。
半端な人を特別に任命してしまったらとんでもない被害が出る事も決定事項。
それでも貴族の子女達は「軽い気持ち」で傍付きを作るのだ。
どうなるのかはお察しではある。
男爵家程度までなら重要な国政に係る事は無いから許される事も多い。
けれど、ね?
豊作だった学園の「正義の革命」の賛同者達は?
伯爵や侯爵も多くいたのだ。
王国はこの問題児達をどう「処分」するのかな?
曖昧な緩さがこれからこの王国で活動する「正義の貴族達」が、
どうやって扱うのか?彼らの任命した「特別な傍付き」は?
その結果王国でどういう作用を引き起こすのか。
私は恐ろしくも楽しそうと感じている事でもあった。
誰もが見間違える事のない姿。
そして主の近くにいても問題ない姿。
特別な傍付きの許可は主人の許可なのだと周囲に見せつける。
責任の所在がもろ分かりになる特別な衣装。
誰が指示を出したのかを明確に周囲に認識させる為にも
その特別は必要とされた。
彼女は…
リラーナは私が得る事が出る最高の「特別な傍付き」なのだ。
これでもかと言うぐらい「エルゼリア専用」であることを示し、
優雅にスカートを広げて持ちながら一礼をして、
スカートにある「エルゼリア」の刺繍と綺麗な私の色を見せて覚悟を表す。
リラーナはその行動も自然でにこりと微笑みかけてくれた。
その表情は私の行動に満足する。
「そう。それじゃあ早速、現在の状況を教えて頂戴」
「はい。仰せのままに」
彼女は私をまっすぐ見つめると、
私が港湾都市に出かけてから届いたアネスお父様から手紙で、
この状態になってしまったと教えてくれた。
何事かと聞いてみれば簡単で。
お兄様もお義姉さまも今回の任命式はする側ではなくされる側。
そしてゼフィラ家3姉妹がその準備に参加しない理由もまた、
される側なのだという事だった。
つまり、お父様は自分の代を終らせる決断をしてしまったという事だった。