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第32話

任命式への参加。

それは国から発行される貴族として認められた生涯を使って守る。

いわば国から発行される貴族である証の様な物だった。

一応学園卒業の「貴族」は「貴族」として扱われる。

けれどそこには責任もなければ権限もない。

国から発行された任命書を手にした時点で「権限」と「責任」が生まれるの。

この辺りは厳密に決められそして管理されたことだった。

こうして置かなければ国にとって不都合な人が貴族となってしまった時に、

対処できないから仕方がない。

国にとっての「保身」という点でも大きな意味がある。

学園を卒業して半人前。

任命式を得て任命書を受け取って一人前と言う訳だ。

言ってしまえば任命式を経て、任命書をうけとっていなければ、

どんな大きな失敗をしたとしても許される。

だから高位の貴族の子女達は任命式をずらす事によって、

失敗を保証され、貴族として学ぶ時間を作り上げるのだ。

実践しながら学び程よく現実を知った半人前を一人前として認める。

この2段式の認証システムは王国の全体的な方向性そして貴族族社会を、

どうコントロールしていくかを決めるうえでとても効率よく機能していると思う。


けれど、国にとって都合の悪い事を正義としてしまった卒業生達が、

各々の領地と国との繋がりでどういった反応を示すのかなんて、

考えるまでもない事よね?


3年間かけて「悪役令嬢エルゼリアの不正」を暴いて「正義」を示してしまった、彼等に忖度の2文字は存在せずボルフォードのばら撒いた金によって、

整地された綺麗な思い出は彼らに無限の自信を与えたんだもの。

もちろん、小さな革命を起こす事に成功した彼らが任命式を直ぐに希望して、

権限を求める事は当たり前の事だと思うのよね。

都合の悪い見なくちゃいけない現実を置き去りに出来る瞳は羨ましいと、

思うけれど実現できない未来に用はないのだ。


ファルスティンで任命式を受ける予定だったギネヴィアは一日でも早く、

領内の為に動きたいともちろん考えている。

というより彼女の場合もそうだけれど領外から干渉されない様に、

守るためにも一日も早くファルスティン領内で結婚し、

自身の護りてを手に入れる事が急務とされている。

ファルスティン領内なら自由に「バルダー」として動ける理由は多々あれど、

王国の目線から見れば、エルゼリア同様ギネヴィアだって嫁がされて、

王国内にとどめ置かれれば十分に人質となりえた人物なのだから。

ゲームの強制力だったのか、それとも別の思惑が働いたのか?

エルゼリアは、ボルフォードに婚約させられた。

同格の娘が婚約者に出来なくなったボルフォード家の経緯はともあれ、

事実としてはそうなっている。

公爵家とは言えこの一方的で強制的な取り決め。

「抗議」が出来る力を持ちつつあるファルスティンの現実を無視して、

国が婚約を成立させた理由はそこにあるのかもしれない。

お父様やお母さまが当時抱えていた苦悩は私には解らない。

けれど現実として両親は勿論の事。領民のほとんどが国にも貴族にも、

よい感情を抱いている人間はほとんどいない。

国と貴族の都合で良いように扱われて来たという現実はそうそう覆せない。

「支援」と言う名で続けられる人口の供給。

ファルスティン領を存続させるためだけに続けられた

「人員補給」と言う名の王都にいる余剰人口の破棄。

王都内で発生する孤児や浮浪者を捕まえて

「労働者にする」という言い訳の下、

送り付けられた働けない者達を受け入れるファルスティンは、

毎年送り付けられた「労働者」を

無限に消費し続けてなんとか成り立っている。

と言うのが王国の建前上の認識なのかもしれない。

変わりつつあったことを理解しつつも、

王都の治安を乱す浮浪者や孤児を堂々と放逐して

捨てる場所は絶対に必要だった。

美しい王都を守るために。


現実ではなくて「美しい王都」の為にファルスティンは「人員補給」だけは、

して貰わなければいかないのだから。

王国は何があってもファルスティンへの「人員供給」を辞めなかった。

…それはゼファード叔父様の躍進を促したに違いない。

現代の豊かさを知って生活水準の低さに絶望して…

何もない土地で。

生きていける保証もない場所に人員だけ供給し続ける王国の目的とやり口。

そのやり口に協力するだけの高位貴族達を見れば、

「転生者」として出来る事があれば自重すること無く動くと思う。

叔父様は見ているのだ。

ファルスティン領内で一番ひどく、そして苦しい現実を。

乙女ゲームと齟齬が発生する運命の分岐点。

その分岐点を作った叔父様はおじいさまとお父様と一緒に、

ファルスティンの閉ざされた現実を嫌と言うほど見せつけられた事だろう。

私やギネヴィアはニコニコ楽しそうに笑う叔父様しか知らない。

軽い言動の裏で豊かになる迄の間に、

どれだけの人を見殺しにしなければいけなかったのか。

どれだけの後悔と悲しみを背負ったのか。

私は怖くて聞けない。

叔父様が私達に見せるのは輝かしい未来の話だけ。

過去にどんな苦しい事があったのか辛い事があったのか。

それを技術と魔術でねじ伏せて豊かな土地を作り上げたのか。

叔父様から見れば私とボルフォードの婚約は

自身の理解の及ばない考えの果て、

貴族達の都合の結果「エルゼリアは国と貴族の都合で奪われた」という、

現実だけが突き付けられたのだ。

ならばせめて娘のギネヴィアだけでも守りたいと考えるのは当然で、

国から干渉されない手の届かない場所に、

ギネヴィアは置いておきたいと考えるのは当然の事だった。

貴族としてのマナーを完璧に覚えているけれど、

それと反比例するように貴族らしくなく

「技術」を愛するように育てられたギネヴィア。

育児を任されていたリチェルチェはバルダー夫妻の「願い」を完璧に、

理解して実行したって事でしょう。

学園内で高位の貴族に目を付けられていればギネヴィアの人生もまた、

大きく捻じ曲げられ悲惨な事になっていたかも知れない。

けれどギネヴィアは「悪役令嬢エルゼリア」の取り巻き。

その事だけで評価するのであれば、

悪役令嬢の腰巾着に手を出そうとする人はいない。


学園内であれだけ私と一緒に忙しなく動き回っていたのにも関わらず、

中立を維持したその距離感と立ち振る舞いは高位貴族に嫁いだって、

爵位関係を考えなければ何ら問題のない子なのだから。

乙女ゲームのヒロインであるソフィアさんよりよほど優秀で、

役に立つ事が出来るでしょう。

ギネヴィアは「正義」に固執しないからね。

結婚相手は勿論アルフィン一択でアルフィンは一応騎士爵保持者。

男爵位を持つ相手と結婚しても問題のない状態にちゃんと合わせられている。

ギネヴィアと生涯を共にする相手としても相応しいパートナーなのだ。

ギネヴィアは本人の知らない所で非常に大切に扱われ特別を与えられ続けている。

彼女に必要な物は用意され、ギネヴィアの箱庭は領内においては、

ファルスティン家とバルダー家の力を使って完璧に整えられている。

ゼファード叔父様の弱点にもなりうる可愛い娘なのだ。

それでも彼女は昨日まで「自由」を謳歌し続けた。

好きな事に興味を示し好きな事が出来る自由が与えられていた。

それはゼファード叔父様の与えた愛の形でもあったのだろう。

叔父様が与えられる物は惜しみなくギネヴィアに与えた証。

その裏でどれだけの調整があったのかは分からないけれど。

今のギネヴィアがあるのは叔父様の長すぎる手があったからでしょうね。

私は二人の未来を祝福せずにはいられない。

私が王国と貴族の思惑で失敗した分も幸せになってほしいと、

考えているのかもしれない。

せめて一番近くにいてくれた彼女はと。


行きの列車と違って帰りの列車の時間は楽しい会話もなく、

ただひたすらゆっくりと、乗務員にお世話され続ける時間が続く。

もちろん話したってかまわないのだけれど、

それ以上に私達の緊張感を高めていたのは乗っている車両のせいだった。

座った席からの見晴らしの良さもさることながら、

普通の車両とは別格に作られた窓枠の切り取られ方はとても見晴らしは良い。

それは言い換えれば向こうからもこちらが全面的に見えているって事で、

お披露目台と言っても良いほどの効果があった。

専用ホームから発射した列車は、

港湾都市を出るまではゆっくりとしたペースで走り続けた、

特別に仕立てられた列車。

その設備もさることながらもちろん過剰な装飾が施され、

そしてゆっくり走っていれば注目をあびてしまう。

そこに乗っているのはバルダー家の色を纏う御令嬢。

私の色はともかくギネヴィアの着ているドレスの色は、

車内の色も相まって遠目からでも良く目立つ。

ギネヴィアがこの町に来るのは何度かあったかもしれない。

けれど貴族の御令嬢のスタイルでお目に係るのは港湾都市に住む人でも、

初めてだと思う。

貴重なギネヴィアの姿を一目見ようと、

沿線沿いには人が集まっているみたいだった。

遠目からではあるが確実に見られているという緊張感に、

ギネヴィアはぎこちない笑顔を向けながら答えていた。

見られるのも仕事のうち。

そう言われればそこまでだけれど

いきなり笑顔を振りまくのも結構大変な事だ。

列車に乗っているだけなのにね。

私としては視線がギネヴィアに向かってくれたから。

楽をさせて貰って嬉しかったけれど。

移動一つとってもこれからは

気にしなくちゃいけない事が増えたという事を、

突き付けられた一幕ではあったわね。


郊外まで進んだ鉄馬はスピードを上げる。

私達を明日の昼間でに領都へ届ける為に。

車窓に流れる景色は行きの鉄馬の速度とは

比べ物にならないほどのペースだった。


次の日の昼。

移動する車内でも昨日まで泊まっていた宿泊施設と同じ様な待遇で、

私達は目を覚ます。

けれど起きてから領都に到着するまでの時間は、

用意されていたドレスのお着換えだけではなく手直しが進む式典用の

品々のチェックをする時間へと当てられていた。

初めての馴れない作業だからチェックを何度もしたい。

という使用人たちの思惑以上に

大きな何かが彼女達を追い立てているみたいで。

私が何かを口にすれば周囲が必要以上の過剰な反応をするので。

その雰囲気の原因を問い質す事は出来ずじっとしているしかなかった。

予定通りの運行で私達は領都へと戻ってくることは出来たのだけれど、

そこで待っていたのは一新されて用意されていた護衛付きの馬車。

私達は粛々と領都の屋敷へと運ばれる事になる。

そこに待っていたのは…

私達の任命式の準備を指揮するミーシェお母さまの姿と、

それを近くで補佐し続けるアリア叔母様の姿だった。

おかしい。こんなに大ごとになるほどの事じゃないはず。

だってギネヴィアの任命式は予定通りのはずだし。

それに私の役職が加わる程度の変更でしょう?

そうなれば任命式の準備の指揮を取るのは領主代行のお兄様のはずだし。

けれど、そのお兄様と義姉様の姿もない。

どうして?

メイン会場となる大広間で、大人数の使用人達に囲まれながら、

ミーシェお母さまはテキパキと受け答えをし続ける。

けれど私達を見つけたお母さまはにこりと笑いながら、

時間がないからか直ぐに必要な事だけを話しかけてくる。

私の正式な王国の伯爵令嬢用のドレスを見て…

ウンウンと頷きながら近くにいた針子さんにぼそりと呟いた。

「もう少し腰は絞れそうね。式典用のドレスは修正してあげなさい」

聞かなかった事にしたい。

けれど控えていた針子さんは直ちにミーシェお母さまの言葉を実行するべく、

衣装室へ向かってしまった。



「おかえりなさいエルゼリア。

これから任命式までしばらくは大人しく言う事を聞いて頂戴ね。

お父様が持ち帰って来た書類のせいで大変な事になったの」

「それは、また…。

けれどいきなりどうしたのですか?」


私は少しでも状況を知りたくて、お母さまに質問しようとした。

けれど、お母さまはもはや私の相手をする余裕はないみたいだった。

少しの間、私と会話をしただけでお母さまの近くには列ができる。

次々とお母さまに判断を委ねに来る使用人達を捌いて行くお母さま。


「ミーシェ様?書類の確認をお願いします」

「…それはアリアに回しておいて。

ギネヴィアの事はアリアに決定権があるわ」

「はい」


お母さまはものすごい勢いで物事を決めて行っていた。

それでもお母さま待ちの列は一向に減らない。


「詳細はリラーナが知っているわ。

直ぐに会って彼女から聞きなさい」

「わ、解りました」

「ミーシェ様先程の…」

「ミーシェ様こちらの…」


準備に奔走していると思っていたライセラスお兄様とターシャ義姉様は、

屋敷の一室へと追いやられている状態で必死になって二人は衣装合わせに、

奔走させられていたのだった。

普段ならターシャ義姉さまの傍付きであるリリーでさえその場にはおらず、

勿論ギネヴィアの傍付きリチェルチェの姿すら見えない。

ミーシェお母さまに言われたリラーナを探すために私は移動しようとするが、


「お待ちください。

リラーナ様を直ぐに呼んでまいります

お嬢様方は待機室へ御移動願えますか?」

「解りました」


二人のうち一人はリラーナを呼びに。

もう一人は、その場所から一番近い所にある多目的スペースを利用した、

待機場所へと私達は案内された。

屋敷内の雰囲気は明らかに平常時の雰囲気ではなくて、

任命式だけでは済まされない準備が進み続けている。

扉越しの廊下の人の流れは激しく、

足音がやまない程度には人の出入りも続いているみたいだった。

王都から返ってきて感じた人の出入りの多さとは比べ物にならない位の、

人が動き続けている。

屋敷内の構造すら変える勢いで業者も入り込んでいるみたいだった。

私達を汎用の待機室へと案内したメイドさんはそのまま壁際で待機。

私達はその部屋の椅子に腰かけ、リラーナが来るのを待つ以外、

何もする事はなかった。

リラーナ・ゼフィラはリリー、リチェルチェに続く、

ゼフィラ家三姉妹の末娘。

リリーとリチェルチェを足して2で割った様な子だった。

私と年齢も近いから誰かの教育係となる様な子でもなかったし、

上の二人とは年が離れていたから、誰かの教育係になる事はなかったはずで、

ゼファード叔父様とアネスお父様の近くで、

よく手伝いを任されていた子だったと記憶している。

リリーとリチェルチェの補佐をすることもあった関係と、

私達と年も近かった関係から、ギネヴィアと私のもう一人の小さな姉?

というかお友達?というか遊び相手だった。

知っている人ではあったけれど、学園への入学が近くなればなるほど、

遠くに行ってしまった子でもある。

彼女が何故?


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