正にバルダー家の未来の夫婦の肖像画として書かれる絵は、
とても素晴らしく腕のある画家が描いている事が良く解る。
私は芸術には疎いけれど模写のされた物の出来位なら理解できる。
あくまでも王国の一領都としての体裁以上のモノは作れない。
けれどそれを抜きにしても、二人の着ている衣装の出来は良く、
爵位こそあっていないけれど
正式な式典へ出席しても問題ない位の出来である。
いつか…
いつか私も愛する人との肖像画を描く事があるのだろうか?
王国の格式に縛り付けられたドレスの製作は難しい。
他国との見栄の張り合いとボルフォードの富の為の制約は、
他の領地に住まうデザイナーのやる気を削ぎ、
新作を作らせない様に仕組まれている。
ドレスを用意する事は比較的簡単。
けれど、領外に輸出する事の許されたドレスを作れるのは、
ボルフォード家の定めた技量を持つ物だけ。
ボルフォードが認定した人間の作った物しか販売してはいけないと、
この王国内では決められているのだった。
どんなに腕を磨いても、ボルフォード家が発行する許可書が貰えなければ、
ドレスは売れない。
だからそれだけでも独占権を主張出来て出来が悪くても販売は出来るのだ。
一つの領地を治めるのは普通なら一つの一家。
それに付き従う騎士達やその妻だけ。
お抱えの騎士団を持つような有力貴族の下でしか、
貴族用のドレスを作る針子さんの数は確保できず、
デザイナーに至っては更に希少となるのだ。
それでも領主なら領地に一人はデザイナーを確保したい。
でなければ着られるドレスは昨シーズンのお古かバカ高い、
ボルフォード産の流行ドレスを頼まなくてはいけない。
その金銭的負担は地方の零細領地の人には苦しく…
そして出来は宜しくない。
けれども文句は言えないのだ。
その出来の悪いドレスをお抱えの針子さんに修正してもらって、
毎年行われる王国の集会に集まるのだ。
もちろんドレスに使われる生地にはそれなりの質が求められるから、
上質な生地を作れるボルフォードからしか生地さえ買えない。
泣く泣く高いドレスの生地と糸や小物を言い値で買わされるのだから。
骨の髄までドレス産業を自分の物にしているから始末が悪い。
けれど文句を言う人は誰一人としていない。
だってそれがこの国の「常識」だから。
そんなドレスの常識に学園と言う場所を使ってソフィアさんは
「正義」を振りかざしたのだ。
「女の子はもっと自由に着飾って、楽しむべきなのよ!」
立派な事で…
「だから皆でドレスのデザインを考えて、
新しい私達のデザインを発表しましょうよ!
きっと、もっと素敵なドレスが出来上がるわ!」
ドレスを着るに相応しい催し物。
踊れない子がいるからダンスパーティーとかじゃなくて…
美しく着飾って芸術を楽しみましょうというコンセプトで…
芸術祭なる物の開催が決定されたのだ。
メインはあくまで着飾った女の子達!
男子は造花を一輪持って自分が認めた綺麗なドレスを着た女の子に、
その花を捧げるという…
なんだか良く解らないイベントが開催される事になった。
各自自分でドレスを持ち寄って無い人は学園から淑女教育の時に使う、
衣装を借りましょうって事で体裁を整えた「美」を競う、
芸術祭は開かれる事になった。
もちろん、普段ドレスなんて着ない生徒に貸出す為の衣装を一通り、
揃えるのは私の役目で芸術祭と銘打って始めた準備は、
あれよあれよという間に初めの気軽さは何処へやら。
国の正式な格式のドレスを着たパーティーへと豹変していくのである。
それはもちろんソフィアさんの取り巻きの意見を取り入れて決まった事で、
「貴族」として半端な事は許さないと誰が言ったのか解らなかったけれど、
そう言う事に決まってしまった。
そうなると準備する物も変わってくるのだ。
男爵家には男爵家の。
伯爵家には伯爵家の。
公爵家には公爵家の衣装が必要となる。
「正式」な格式ともなれば、令嬢達の準備も変わってくるから…
大量に着替えさせる人が必要にもなる。
高位の令嬢のドレスを一人で着るなんて出来るはずがない。
アレは丁寧に着せられるから綺麗に見えるのであって、
そうそう簡単に準備出来る物ではないのだ。
それに私自身の事も考えなくてはいけなくなってしまった。
現在私の部屋に用意されていたのは「公爵家」のドレスしかなくて。
急遽ファルスティンのデザイナーに頼んで一着送って貰ったのだ。
丁度良いのがありますよ!新作を送ります。
そう言われてデザイナー渾身の「遊んだ斬新なデザイン」の、
ドレスを送って来たのだ。
配送係から受け取って中身を確認した私は、
なるほど「学園」なら遊びとして許されるかなと思いつつ、
サイズの最終調整を忙しかったので学園付きのメイドに頼んだのだ。
けれど…それ以降私は芸術祭の時までそのドレスが何処に行ったのか、
把握できないでいた。
そうこうしている内に時は流れて…
紛失したドレスは見つからない。
それどころか何を勘違いしたのか?
ボルフォード家のメイドが私の着るドレスだと言って、
芸術祭用のドレスを運んできたのだ。
それは嫌がらせの集大成の様な出来で、
ボルフォード家の侯爵夫人用のきつく苦しいドレスだったのだ。
学園の催し物で現在の爵位に合わせたドレスを着ようという話を無視して、
私に与えられたドレスは公爵夫人のドレス。
けれどもう何もかも遅かった。
私は催し物の趣旨すら理解できない「勘違いの公爵夫人」へと仕立て上げられた。
ご丁寧に当日にはボルフォード家から人が派遣され、
私にしっかりと公爵夫人のドレスを着せて連れ出される。
もちろん会場に出てしまえばプログラムを予定通り動かすため、
指示を出さない訳にはいかずその場を離れる事も許されない。
「なんだ!その格好は?
今日は自分の爵位にあった物を着てくるのがルールだろう!
自分で定めた事すら覆して!
俺の婚約者として威張り散らしたいのか!」
私の格好を見たカーディルは不平不満を漏らしたのだ。
そんな訳あるか!
着せられて連れ出されたから仕方なくこの格好でいるんだ!
そう叫び散らしたかったけれど我慢した。
そしてその内に近づいてくる人影。
「ルールを守らないエルゼリアを責めるヒロインが登場する」
けど…彼女の着ていたドレスを見た時…
その目を疑わないではいられなかった。
身に着ける物は伯爵令嬢のドレス
アレは、あの子が着ているドレスは…
私がファルスティンから送らせたドレスだった。
「どうだ?お前とは違ってソフィアはちゃんとルールを守って、
俺の送った自分の爵位に相応しいドレスを着たんだぞ!
それをお前は…俺の家の家紋まで刺繍された物を着ていやがる。
お前はまだ婚約者であって公爵夫人じゃない!
そんな虚勢を張って恥ずかしくないのか!」
何を言っているんだ?この男は…
もう絶句だった。
見間違える訳がない。
私は、ソフィア・マリスが着ているドレスを見て…
言葉が出なかった。
「その、ソフィア様が着ているドレスは…」
「俺がボルフォード家に行って選んだ最新のデザインのドレスだ!
ソフィアの為に用意させた、ソフィアの為だけのドレスだ!」
「ボルフォード様…
その、エルゼリア様?やはりルールは守るべきだと思うのです。
今はエルゼリア様はまだファルスティン家の方でしょう?
だから、ファルスティン家のドレスを着るべきだったんですよ!
ボルフォード家のドレスは今の貴女にふさわしくないと思うんです!」
もはや目の前の二人が何言っているのか解りたくなかった。
けれど…なんかもういいや。
私は会場の事を近くにいた子に任せてその場を去った。
まさしく悪役令嬢が正義のヒロインに断罪されたゲームと同じ展開だった。
乙女ゲームの強制力だったのだろうか?
もはや思い出したくもないワンシーンだったけれど、
私は面白い様にソフィア・マリスとカーディルボルフォードの為の、
悪役を演じさせられていたのだった。
ファルスティン家のデザインしたドレスをソフィア・マリスに着せて、
褒めちぎっていたのだから笑えない。
あの後の記憶はあいまいだけれど学生寮でしっかりとドレスを脱いで、
メイドに返却する事だけはしたみたいだった。
ショックだったのだろうか?
いや、あの時辺りからか?
婚約破棄されるかも知れないという事が頭をチラつくようになったのは。
その後聞いた事だけれど学園祭は場違いなドレスを着て来た、
勘違い伯爵令嬢を追い出す事に成功して正義を貫いた二人の活躍で、
学園の芸術祭は成功したことになった。
もはや意味が解らない。
でもきっと二人には「愛」が芽生えたのでしょうね。
良かった良かった。
あの都合よく用意された場違いの指摘をする事で、
カーディル様の学園での「正義」が揺ぎ無い物になったのも確か。
そして学園での正義の暴走に拍車がかかっていくのだから。
あの芸術祭を境に私にとってカーディルは婚約者から、
どうでも良い存在へとランクアップしたのだ。
卒業式のパーティー会場で平然としていられた理由の一つでもある。
貴族の義務は果たそう。カーディルの子だけ産んでしっかり育てよう。
それ以上の期待を私はカーディルに向ける事を諦めた瞬間でもあった。
「出来ました」
画家のその言葉で私は意識をギネヴィア達の方へと戻したのだ。
二人の肖像画は良く出来ていた。
多少引きつっていたギネヴィアの表情は綺麗に笑顔に修正されて、
後ろに立っていたアルフィンの表情に揃えられている。
この辺りは写真じゃなくて絵だから融通が利く。
けど絵の中の二人は幸せそうに書かれている。
良い絵だと思う。
私はにこりと笑いながら二人に話しかけた。
「お疲れ様。我慢した甲斐がある絵に仕上がっているわよ」
「本当?」
「ええ。見てみると良いわ」
ギネヴィアはその出来上がった絵を見て小さく「わぁ」といったのだ。
頑張ってじっとしていた甲斐があったというべきだろか。
アルフィンも照れくさそうに出来上がった絵を堪能したみたいだった。
一日がかりのモデル作業は終わり夕食の時間へと流れていく。
一日に何度も着替えて自分専用に衣装が仕上げられていくのを見るのは、
オシャレを楽しめる子だったら嬉しいのだろうけど。
これが義務となった瞬間、
普通の男爵令嬢なら逃げ出したくなるのかもしれない。
それよりは、リチェルチェの教育のせいかもしれないけれどね。
施設のダイニングルームへと仕立て上げられた場所に行けば、
そこには、少し大きめの机が用意されていた、
家具一式も、昨日よりワンランク高い上質な物へと変更されていた。
背後にはメイドが立ち、私達が近づけば自然と椅子を引いて、
大きなスカートを整える様に座る補助をしてくれる。
テーブルに上にはコース料理を決められたレイアウトの食器の並びが、
用意されていて。それは、和気藹々とした今までの食事とは違い、
楽しい食事ではなくて式典後の食事会と言う名の晩餐会の予行練習に見える。
「リハーサルで御座います」
静かに告げられた時点で、ギネヴィアの表情が歪む。
楽しい夕食は一瞬にして終わる事が決まってしまったのだから仕方がない。