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第29話

私達の着るドレスは王国の決めた「規格」によって厳しく管理され、

そして伝統と言う利権としがらみの塊で作られている。

そこまでして貴族全員に守らせるのは、王国の周りには多くの敵対国家が、

存在するからでもある。


血の流れる戦争にならないための戦争。


魔法が存在するこの世界の戦争は現代戦より悲惨な結末が待っている。

魔法を使える人が一人でもいれば、

それは一方的な虐殺が行えるという事でもあるのだから。

もちろん個人の資質が魔法には大きく影響するって事でもあるけれど。

ある日突然武器も持たない生身の人間が領内で暴れれば、

2000人規模の町なんて一日以内に更地に出来るのだ。

完璧に鍛え上げられた戦闘用の魔法兵士ならそれぐらいは出来る。

元々は、強大な魔物たちに対抗するために手にした力だったけれど、

人間の生存権を確立して魔物が減った今でも魔法の威力は変わらない。

変わったりしなかった。


空を縦横無尽に飛び回る巨大な竜や、

触れれば即死してしまう様な毒をばら撒く植物性の魔物。

果ては、無機物で出来たただの岩が意志を持って動き回るゴーレム。

現在では発生する条件や理由も解っているから対策は出来るけれど、

それら強力な魔物は滅んではいないのだから。

対魔物を考えても魔法を人類が捨て去るという選択は出来ないのだ。

少人数でも国に侵入を許して町に解き放つ事が出来れば、

それだけで無数の村は焼かれ、王国は大打撃を負う事になる。

もちろん正式な争いにも参加するから戦争が起きれば一般の兵士相手に、

一方的な大量虐殺が起こせるのだ。


血を流す戦争になったら、大領虐殺を出来る魔法使いの位置を、

解らない様にするため大量の一般兵が動員され、木を隠すなら森の中。

人間を隠すなら人ごみの中となり…

各々の陣営が大量虐殺を出来る魔法を、

魔法使いがいそうな人の群れの中に叩き込む。

そして反撃が無ければ、更に相手陣営の人間が動かなくなるまで続けて、

何度でも打ち続けるのだ。

万が一にも生きていられたら味方陣営は全滅するのだから。


効率的な大量殺傷魔法を作ってしまった人類は度々その魔法を使って、

大規模戦争をしてしまうから、

この世界の文明は進歩がないのかもしれないけれど。


もちろん、街中で魔法を使わせない結界魔法なんかも作られてはいるけれど、

その結界魔法が国の隅々にまで配置できるほどの数はない。

そして出来たとしてもそれに対するカウンター魔法が作られて、

欺瞞魔法まで作られている。

それはイタチごっこで際限がない。

魔法があるから少人数でも強大な敵に対抗できてしまう。

その現実からどんな国も逃げられない状態になってしまった。


一度戦争が始まってしまえば、容赦なく何方かが「全滅」するまで続くのだ。

それでも何年もの時間をかけて人々は国を成立させて現在に至る。


因みにファルスティン領内に置いて魔法はほとんど使えない様になっている。

勿論原因は叔父様だ。

叔父様はいとも簡単に結界の代わりを領内に配置してしまった。

その結果の代わりの装置はファルスティン全体に張り巡らされ、

既に領内での魔法の活用は一部の場所を除いて使えなくなっている。


「サンプルは私と兄さん。

それからライセラス君だけだから。

本当に使えなくなったのかは解らないけれどね~」


と言っていたけれど叔父様が半端な物を作る訳はないし。

効果がある物だとは思う。

現に、私も魔法を発動する事が出来なかったから。

合金と全波長レーダ技術の応用と言っていたけれど流石に理解できなかった。

理解できたとしても応用も出来そうにはないけれどね。


もしも悲惨な戦争の時に叔父様がいればこの世界の人類が進んだ歴史は、

少しだけだけれど変わっていたかも知れない。


ともかく悲惨な代理戦争を起こさない為にも各国でルールが作られた訳だ。

各国共に代表者たる貴族は煌びやかに着飾り、

自国の豊かさをアピールして国同士の上下関係を明確にしていく。

明確な基準を元に各国の面々が国力を計算して、

国ごとの交渉事に反映させていくのだ。

もちろんパワーバランスの天秤が傾きすぎて戻せなくなれば、

その領地を管理していた「貴族」は

没落させられ国によって「清算」されるか、

賠償として、他国に取られる事になるのだけれど。

少なくとも国境付近の煩わしい小さな衝突を除いて、

大規模な殲滅戦争の火種は小さくなったのだ。

逆に言えば殲滅戦争して焦土と化した土地に何の価値もない。

欲しいのは豊かな土地であって、開拓が必要な場所では無いのだから。

国の威信と威厳を掛けた結果色々と動き回る男性はともかく、

海外の要人を招いて開催する重大な式典の会場で、

会場が少しでも煌びやかになる様に女性のドレスは、

それはそれは肥大化して行ったのだ。

整えられた美しさを前面に出す豪華な会場に見劣りしない様に。

他国に見栄を張る為に大きく作られた会場が、

スカスカで物寂しい空間にならない様に。

豪華な家具を揃えるよりも豪華なドレスを貴族が各自で用意してもらえば、

空間は華やかになり国の負担も少なくなる。

そうやって作られた威厳溢れる空間での式典を通して、

空間を満たし少ない貴族を多く見せるのだ。

そしてこれでもかと言う位に王国として見栄を張るのだ。

隣接する敵対国家に対して王国に手を出したらこれだけの貴族が、

魔法使い達が貴方達と戦うぞ!ただでは済まさないぞ!って。

思わせなくちゃいけないから。


豪華に開催される式典で、相手の戦意が削げるのであればそれで良し。

長々と式典を続けて、諸外国の貴族を持てなし続ければ、

少なくとも外交官として来ている貴族が母国に帰るまで開戦はしない。

王国の金を掛けた代理戦争は続けられる。

少なくとも全滅戦争を回避できると思えるまでは。


高位の貴族が同じ豪華な格好をしているのは諸外国と血を流す戦争より、

穏便な戦いが出来るからなのだ。

その勝負は勝ち負けは明確だけれど、結果は出にくい戦いが望ましい。

国の存亡を掛けた戦争をする事になれば、

何方かが亡びるまで戦う羽目になるからで。

それだけは何とか避けたかった各国の思惑も作用したんだろうとは思う。

だから高位階級の女性のドレスは厳しく規定され、

規格通りに作られ階級によって定められた物が着せられる。

学生という免罪符が無くなれば「貴族の女性」はその義務から逃げられない。


戦争を最後までしない。

回避する方法を模索し続ける。

やり取りは一層複雑になり読解は難しい物が多くなっていく。

少なくとも相手が理解するまで戦争は起きない。

だから…

だから難解な言い回しと、回りくどい貴族文化は作られた。

他国と争う為に。

王国と煌びやかな文化の根底には他国と渡り合う為に必要な事柄だ。

一日いや、半日だって良い。

戦争をしないという戦いを続けるために。

あの虐殺まがいの魔法戦をしない為に、貴族はのその全てを掛けて抗うのだ。

戦争をするという決断から。

綺麗でなくていい。

汚くたって構わない。

互いの国が譲歩できなくなるその時まで、

私達貴族の見栄の張り合いと腹の探り合いは行われる。

けど、

けれど今年卒業した学園の貴族は最後まで自分の「正義」だけを信じた。

ソフィア・マリスの「正しさ」だけしか認めなかった。

彼等から妥協とすり合わせと言う答えは絶対に出て来ない。

貴族社会で正式に働く事になったあの「正義」の卒業生達が、

国を安定的に運営できるとも思えないのだ。

正しいだけでは歩けない現実を見据えた判断をしなければいけない時、

どうするのだろうか。


ファルスティンは今まで国や貴族から押し付けられた妥協を許し続けてきた。

国に従わなければ叔父様ならもっと効率的に動く事も出来たでしょう。

そしてエルゼリアが王国の貴族として生きるのであれば一領地でいる事も、

きっと辞めない。

辞められない。

お父様と叔父様はなんだかんだ言っても国のルールを守り続けた。

公爵家であるボルフォード家との繋がりも保ち続けた。

それは王国内で生きる「エルゼリア」がいたから。

最後の鎖が引きちぎられれば王国に対して忖度なく動き始められる。

それはファルスティンにとっては喜ばしくて国にとっては最悪の結果。


でもこれで良いのよね?

だって見捨てられた領地の豊かさなんて国には関係ないのだから。


「バルダー家」の新しい若夫妻の肖像画は、

ファルスティンの豊かさの象徴。

ゼファード・バルダーの築き上げた次世代の幸せの形。

アルフィンとギネヴィアの出来上がりつつある肖像画を見ながら…

私の周りを形作っている文化と世界がどう変化していくのか、

そして私がどう関与する事になるのか。

変化と思惑の最先端に私は足を踏み入れようとしている。


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