ドレス関連の決め事と調整が終わる頃には日は高く登り、
それなりの時間を消費していた。
この日はアルフィンも作業着と言うよりも、
ギネヴィアに合わせてめかし込んでいて…
普段とは違う正装をしていたのだ。
「どうしたの?その格好」
「ギネヴィアにせがまれましてね。
「私もお着換え我慢するのだから、
「私の着替えたドレスに合わせた格好をして」
と」
「…あの子、幼児化してない?」
「ストレスが溜まるのでしょうね。
着なれないドレスは」
「自業自得だと思うのだけれど?」
「私もそう思いますよ」
最後に正装をさせられた
ギネヴィアに合わせる様に私のお着換えも待っていた。
それからはまだギネヴィアにとってきつい時間の始まりで。
私は嫁がなくなった事で屋敷に飾る肖像画が必要という事で、
手配されていた画家の前でまた大人しくしている時間を過ごす事になった。
もちろんギネヴィアも同じ肖像画を作る事になっていた。
「うちの家には肖像画を飾る場所なんてないわよ。
私の家は要らないわ」
「いいえ必要です。
お嬢様方が学園を卒業して正装を始めてなされた時には、
それを祝して肖像画を描くと決められているのです」
「そんな…」
普通の男爵家なら書かないでも可笑しくはないのだ。
可笑しくはないのだけれど、書いていけない訳じゃない。
そして周囲の態度はドレスの時と同じで。
ギネヴィアの扱いは私と同じにしたいのだ。
本当に。
ただの男爵令嬢だったら逃げられた事がギネヴィアに襲い掛かり続けている。
私が嫁がないから。
婚約破棄された事で領内での扱いが一番変えられたのはギネヴィアだと思う。
私がいなければ技術の畑でアルフィンと楽しく暮らせたのだろうけれど。
少なくともアルフィンと結婚するまでは生活が全て私基準になるのだから。
ドレスの色合わせとデザインの選定。
それから「最低限の数量が足りていない」クローゼットの中身を揃える為、
サボっていた男爵令嬢の務めを果たさなくちゃいけなくなったのだ。
エルゼリアと言う「基準」が無ければ逃げられた。
なんちゃって男爵令嬢というゆるーいぬるま湯の貴族生活が満喫できた。
そこに婚約破棄された厳格な公爵夫人になるべく
教育を受けたエルザリアという、
覆らない基準がファルスティン領内に登場したらそりゃ針子さん達は喜んで、
エルゼリア基準にギネヴィアを持ち上げるでしょうよ。
じっとしていられないギネヴィアにとってドレスのフィッティング、
肖像画のモデルとして静かに立ち続けるという苦手な事が続く。
正装した男爵令嬢の肖像画なんて画家からすれば書きづらいに決まっている。
厳格に定め垂れた「規格」をちゃんと描写しなくちゃいけないし、
施された刺繍は複雑怪奇。
モデルがいなければちゃんとした物は書けないのだから。
呼ばれた画家の腕は確かで手早く特徴を書き込むと
きめ細やかに模写していく。
けれどバルダー家の御令嬢の肖像画は初めて。
前例があれば色遣い等は後でどうとでもできるけれどギネヴィアが、
始めて書かれるとなれば話は別となる。
バルダー家の色を纏うギネヴィアはモデルを終らせる事が出来ないのだ。
何せ途中で終わってしまっても、後に書き足すための資料が何もないのだ。
だから今後の為にも厳密に丁寧に時間をかけて書かれるのだ。
「ま、まだ?」
「まだです」
「そろそろ良いんじゃない?」
「まだです」
「きゅ、休憩しましょ?」
「しません」
「え、エルゼリアぁ…」
「サボっていたツケは大きいのよ?
私は学園に入学する前に書かれたのよ。
それに比べれば楽だと思わない?」
「そうだけどっ…
そうかもしれないけど!」
「それじゃあ頑張りましょう。
男爵令嬢としての務めを果たしなさい」
「ううぅ…」
普段なら許される我儘も私がいるから許されない。
私はニコニコしているし?辞めるなんて言おうものなら、
私の昔を話してあげればそれ以上の反論をギネヴィアは用意できないのだ。
私にとってのんびりとした時間は続く。
「エルザリア様?お時間があるようでしたら、
少々お見せしたい物があるのですが…」
「何かしら?」
私は新たに訪れたメイドに促されてその部屋を後にする。
後ろでは「まってぇ。置いてかないでぇ」という声が、
聞こえたような気もするけれどそんな事はないわよね。
だって男爵令嬢があんな情けない声を出す訳がないもの。
私に余裕たっぷりに話しかけてくるギネヴィアが、
あんな情けない声を出す訳がない。
だからさっきの声は空耳なのだ。
そして、隣接する2番目に大きな部屋にはアンティーク調に作られた、
ネオクラシック家具?とでも言えば良いのだろうか?
ゼファード叔父様の考えそうな機能美と貴族の威厳を備えた机や、
椅子が大量に置かれていた。
「エルゼリア様の為にデザインされた執務室の候補です。
お好きな物をお選びください。
どれも長期の使用に耐えうる堅牢で使いやすさを重視した、
ファルスティン領で作られた最新モデルで御座います」
それは私の好みそうなデザインで、
叔父様の好きそうな大量の収納スペースを備えた部屋に置かれるのではく、
据え付ける為の家具が数パターン用意されていた。
現代で言うシステムキッチンの執務室バージョンの様な空間で、
壁を模したパーテーションに取り付けられたこの時代においては、
最新型の多機能デスクと言った所だろうか。
もちろん空間や間取りの広さも大きく広がるパニエ付きのスカートを、
身に着けていても楽に移動できるスペースが確保され、
補助として付く執務を手伝うメイドが立つ場所すら想像できるほど、
丁寧に考えられ作られている。
作業効率を極限まで重視した叔父様を想像できるモノだった。
私は一番近い机に近づくとメイドさんがスッと近づいてきて、
机から椅子を引いた。その引かれた椅子に腰かける。
机の上に手を置くと理解できてしまう。
高さの調整機能すらないのに。
これは完全に私の体格に合わせて作られているって。
側面に設置してある引き出しに手を伸ばせば、
斜めに設置してある取っ手と相まってそんなに力を入れなくても、
スッと引き出す事が出来てしまう。
体を動かさなくてもあらゆる所に手が届き、
自分の手が届かない所には自然とメイドさんがその場にいる。
視認性を上げる為か手の届かない引き出しには全て記号が彫刻され、
指示すればその中の資料を直ぐに取り出して貰える。
レールの上に置かれた本棚の様なものまで用意され、
スライドさせれば更にその奥にも引き出しが設置されていた。
驚くべきなのかどうだか解らないけれど、
机の端の方には紐が数本用意されていてそれを引っ張れば、
頭上にも設置されている高い所の収納スペースが下りてきて、
手の届く位置に来るのだ。
収納ギミック満載の小スペースを有効活用する、
システム机?が展開される。
どれもこれも、良く作りこまれた機能的な物で、
電子デバイスなど無く、神の重要書類と機密文書が増え続ける領内で、
手元に置いておきたい資料として保管するスペースは、
いくらあっても足りないのだ。
始めはターシャ義姉様のお手伝いから始める事になるのかもしれないけれど、
資料は加速度的に増えていく。
所持していなければいけない書類も同等に。
一つ一つ確認していくけれど、
どれも作るのに時間のかかりそうなモノだった。
「お選びになられた物を領都へお運びいたします。
輸送の手筈も整っておりますので、
どれでもお好きな物をお選びください」
「それは私の執務室の内装がほぼ完成しているという事ね?」
「はい。
お屋敷内の執務スペースの確保は順調に進んでおります。
元々はボルフォード領に納品される予定の品々です。
嫁ぎ先が≪人手不足≫だったとしても何とかなる様に、
仕上げた執務室用の品々です。
どれがお気に召すのか解らないので、
試作品は全て納品予定で作られましたが、
「良い機会」という事で、色々と準備する事に致しました」
用意されていた物の出来の良さと、
運びやすい様に分割出来るように作られた、
構造を見ればそれが何のために用意されていたのか解るから何とも言えない。
どんなに大きな家具でも、
大きさは馬車に積めるサイズになっていた。
それが指す所。
元々の納品先の予定はどう考えても領都ではない事だけは解ってしまう。
それはボルフォード家に対しての牽制の意味もあったのだろう。
最後までファルスティンの現状を正しく理解しなかったボルフォードの、
認識を変えるための物とも言える。
もちろん公爵夫人としての立ち振る舞いを求められた時、
最低限の雑務をしなければいけないのだけれど…
今までボルフォード家がナチュラルにやり続けた結果から導かれる答え。
ボルフォード家は私をまともに扱わないかもしれないという懸念。
嫁がされた後、最悪の場合は私と宛がわれた少人数の人間で、
何もしないカーディルの代わりに、
公爵家を仕切って行かなくちゃいけないという現実があった。
ファルスティンから手助けの人を呼ぶことは許されず、
私一人で事務作業に没頭させられる事さえ考えて置かなければいけないほど、
婚約破棄される寸前まで、
私の扱いは初めて挨拶させられた時と同じだったのだ。
ファルスティン領が
普通に生活できるようになったという現実は受け入れられず。
「支援しなければ死滅する極寒の地」というボルフォードにとって、
都合の良い事だけがボルフォード領内には伝えられているのだ。
だから嫁いでくる伯爵令嬢はボルフォードに逆らえない。
どんなにひどい事をしても良い存在。
カーディルとの間に子供が出来るまで適当に扱って、
生まれた子を公爵家が育てれば後は用済みという思惑が見え隠れする。
乙女ゲームの強制力なんてものが頭をチラついた理由でもあるのだけれど。