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第26話

ともかくギネヴィアはあの手この手を使って、

ドレスを着る事から逃げ続けていたのだ。

もちろん彼女にも領都には傍付きのメイド、

確か名前はリチェルチェ・ゼフィラだったかな?

リリー・ゼフィラの妹がいたはずだ。

思い起こせば彼女はギネヴィアに甘かったから…。

厳しくしかるリリーと、甘やかすリチェルチェ。

正に飴と鞭みたいなバランスだったし、

ボルフォードに修行に出ていた針子さん達が戻ってくるまでは、

ギネヴィアの改造メイド服ドレスを作っていたのはリチェルチェだったはず。

うん。

たぶん協力して二人で逃げていたかも知れないわぁ…

メイドぐるみでそんな全力で逃げられたら、そりゃ逃げ切れるわね。

リチェルチェの方針は

「因果応報。時がたてば好む好まざる関係なく着る羽目になる」

だもの。

好きな事を好きにやらせて、危なそうなら止める。

だからギネヴィアはゼファード叔父様の様に、

自由に生活出来たのかもしれないけれど。

伯爵令嬢としてリリーに注意を受ける私の隣で

「エルゼリアは大変だね」と他人事のように言っていたギネヴィアを、

羨ましくも感じたものだった。

けれど、その後のリチェルチェの言葉がドン引きだった。


「あら?ギネヴィア様?あなたの方が大変になるのですよ?

私が注意しないのは、ギネヴィア様が男爵令嬢だからですよ?

今はまだ、男爵令嬢としての立ち振る舞いが許されますが、

未来は解りませんからね?

エルゼリア様が怒られた事だけは覚えておくとよいでしょう。

優しいリチェルチェからのお願いです」


確かにその場では怒られない。

男爵令嬢としての立ち振る舞いが出来れば、

「優しい?」リチェルチェは注意しない。

けれどモリモリと積み上がるゼファード叔父様の功績と、

周囲の目が男爵令嬢の扱いで済まなくなると小さい頃から、

忠告はされ続けていた。

彼女はギネヴィアに「リチェルチェからのお願い」と言う形で、

周囲が勝手に伯爵令嬢扱いを始める未来を教えていたのだった。

そして「覚えておいて」と教育として「お願い」していた。

つまりリチェルチェは教えてないとは言わせない為の「お願い」を、

ギネヴィアにしまくっていたのだった。

リチェルチェのお陰でゼファード叔父様の娘としての色を濃く受け、

突出した才能を見せたかもしれないけれど、

代わりに「貴族」としての教育は最小限なのである。

そして今ギネヴィアにかけられていた自由な生活を満喫するという、

魔法は解かれてしまい、貴族としての自由のない生活が始まるのだ。

リチェルチェの作った時限爆弾は目出度く「爆発」して、

リチェルチェの知らない遠く離れた港湾都市で、

大きな花火として討ちあがったのだ。

伯爵家クラスの王国の定めたドレスをいきなり身に纏うという現実。

そして始まる息苦しいドレス生活が!

始めての貴族生活の幕開けと、物持ちの悪すぎるギネヴィアは、

当然のように一夜にして複数のドレスを準備しなくちゃいけない。

彼女はこの時はじめて自分が逃げていた物の正体を知ったのだ。

そして作らせなかったバルダー家のドレスがギネヴィアに牙を剝くのだ。


注文がないからバルダー家のドレスは作れない。

それはバルダー家の令嬢用のドレスの技量維持が出来なくなるという事で。

更に質の悪い事に基本バルダー家のドレスは、

ゼファード叔父様の行動力によって決められていた。

自然とそうなってしまった。

だからアリア叔母さまは叔父様のパートナーとして特例が認められ、

常時動きやすいドレスの着用を認められている。

アリア叔母様のドレスは「王国の定める男爵婦人」の物とは似ても似つかない。

特殊な物として仕上げられていた。

勿論使われる生地だって違う実用性の高い物で、

着飾るのとは別のベクトルで作られているから。

言葉にするなら「スタイリッシュ」な形なのだ。

そうすると、更にバルダー家でドレスを作るのは一人だけ。

ギネヴィアが作らなくちゃいけないドレスの数は増えるのだ。

けれど何かと理由を付けて逃げ回る彼女は王国の認める正式な、

「男爵令嬢」になるまで…

いや、なっても逃げ続けたのだ。

流石にいい加減普段着用のドレスを作らなくちゃいけない時で、

領内で与えられる役職の任命式だって近付いてきている。

ギネヴィア自身は、既成品の汎用ドレスでその任命式を乗り越えようとしていた。

けれどバルダー家の一人娘がそんなボルフォード産の、

既製品のドレスを身に纏って、

領内で開かれる「初」の公式行事に参列するなんて絶対に許せない。

お針子さんとデザイナーさんは、ファルスティンの行う公式行事に、

自分達が作り出した最高の物を着て戴く事だけを夢見て、

ボルフォード領内で厳しい修行を受け続けていたのだ。

何があっても、公式行事が始まる前にギネヴィア様を捕まえて採寸する。

製作して式典前には問答無用で身に着けて戴く。

どうにかしなくちゃもう時間が本当に無い途方に暮れていた時に、

今回のチャンスが訪れたのた。

もう、ギネヴィアが何をしたって逃げられる訳が無いのだ。

お針子さんとデザイナーさんは私を利用して?ギネヴィアを捕まえる。

一着でも良いから着せる物を作らなくちゃいけないと危惧されていた所に、

私が婚約破棄されて急遽生活用のドレスを作る事になる。

お針子さん達がその貴重なチャンスを逃がす訳が無いのよね。

私と一緒ならギネヴィアも逃げられない。

という事で現在絶賛私に見張られながら、

ドレスの仮縫いを大人しく受けているのだった。

私達二人分の令嬢用ドレス製作依頼が来た事で、ファルスティン内の、

高級衣類産業は更に活気づく事になるでしょう。

ギネヴィアの内心はともかく、それ以上に周りの針子さん達は、

大恩あるバルダー家の娘にドレスを着せる事が、

出来て嬉しくて仕方ないでしょうけれど。

私の時とは気合の入り方が違って見えるし?

少しでもギネヴィアが採寸の抵抗しようものなら別の針子さんが、

スッと手を伸ばしてきて体が動かない様に押さえつけられる。

駄々っ子で暴れ回る元気がある子でもあそこまで無数に腕が伸ばされて、

体が押さえつけられれば大人しくするしかないでしょうねぇ。

仮縫いも新しい普段着のデザインも私の方はテンポよく進み、

徐々に精気を失って、項垂れ始めるギネヴィア。

溜まりに溜まった針子さんの不満が思い切りぶつけられて…

けど反論しようとしたら私が封殺してしまうから小言一つ言えない。

私が全ての決め事を終らせてしまって…

彼女の隣でお茶を始めたとしても、ギネヴィアが決めなきゃいけない事は、

半分も終わっていなかった。

針子さん達の連携を見ながらその日の私はギネヴィアのお着換えを、

ニコニコしながら見続けるのだった。



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