そんな淑女のドレスを身に纏った一日は終わり、
書類整理のひと段落した私達は、その日もその施設に泊まる事になったのだ。
予定も何も聞かされていないのだけれど今更ながら解ってしまう。
私はこの「旅行」に体一つで来ればいいようにされていたのだって。
そしてこの旅行は私がこれから領内で生きるのに使う、
ドレスとかを用意する為のショッピングも兼ねているのだって。
「貴族」として国の定めた「威厳」を守るために、
正式に学園を卒業した者にはそれ相応の行動が求められる。
それが実際にはどういう事なのかどういった周囲が行動をされるのかを、
この旅行は私とギネヴィアにそれを教える機会でもあるのかもしれない。
周りを取りを取り囲むのは気心の知れた知り合いではなくて、
あくまで仕事として対応され、融通の利かないその対応に、
私達も「貴族」としての行動を見せて
スムーズに事柄を進めなくちゃいけない。
乙女ゲームでは語られない、
学園後の貴族としての「当たり前」の振る舞いと、
「王国の伝統」を守るために私達は生きなくちゃいけない。
それはたとえ辺境であっても変わらない。
この施設にいつか王国の「貴族」が宿泊する事になれば、
否応なしに「正しい対応」を迫られるのだ。
お父様とお兄様の判断次第だけれど独立しても一領地でいたとしても、
この貴族の暗黙の礼儀は必要であり無くなる事は無いのだった。
伝統は直ぐには作れないからね。
手近にある「伝統」を踏襲する方が楽だしね。
ファルスティン領の正しい姿を見て、
それにふさわしい立ち振る舞いをする為の「指針」を用意された私は、
普段使いの為の「道具」を用意する事になるのは当然の事とされた。
次の日の朝は…
朝から大忙しのスケジュールが組まれていたのだった。
私は普通に起された後に身嗜みを軽く整えられて、
寝室内で用意されていた軽食を食べた後、
ネグリジェ姿にガウンという格好でこの施設で一番大きい部屋へと案内された。
その場所にはパーテーションで区切られた場所に大きな姿見が2枚。
そして真ん中にはスツールが二つ置かれ令嬢が「お仕度をする場所」に、
仕上げられていた。
数十名のお針子さんとデザイナーさん。
それからメイドさんも集まり周りには数十着のドレスが準備されている。
もう、そこまでされれば、今日ここで何が行われるのかなんて解り切っている。
地獄のファッションショーの開幕に他ならなかった。
私が昨日ドレスを「お願い」したから。
そのドレスが今日こうやって並べられて仮縫いを出来るところまで、
調節しようという事に他ならない。
それはギネヴィアも同じで二人纏めてやってしまおうという事に、
他ならなかった。
私に遅れる事一時間程度かな?
観念したのかギネヴィアもこの部屋に連れて来られて私の隣に立たされる。
私の着付けと調整の様子を見ていた彼女の表情はうへぇと言った顔で、
ギネヴィアにとっては辛く厳しい一日の始まりでしかないのでしょうね。
領都に帰れば本格的に動き始める事になる私達には、
それにふさわしいドレスは必須で早急に準備しなくちゃいけないのと、
各種祭事に使われるドレスは少なくとも一着は直近で必要となる。
お父様とお兄様から何かしらの役職を任命される任命式で着るドレスが、
王国の格式に沿った正式な伯爵令嬢用のドレスが。
今の私は一着も持っていないのだから。
けど、それよりも気になるのがギネヴィアのドレスだ。
彼女は私と違って、何度も領都に戻っていたのだ。
こうして慌てて作る必要…
考えるまでもないわね。
逃げていたのでしょうね。
ドレスを作る事からも。
私のドレスのフィッティング作業は順調に進んで行く。
ただじっとして、姿見の前で立っているだけの事であるのだが、
これがまた慣れていないとキツイのだ。
そして、仮縫いがしやすい様に腕をずらしたりしてあげれば、
作業は効率的に進む。
けれどそれはどんなドレスになるのか解っていなければ動けないし、
ブレたりして、じっとしていないとサイズ調整用の針も打てないし、
馴れなければ時間のかかる事だった。
そんな状態でギネヴィアはあたふたしてなかなか作業が進まない。
本当に彼女は男爵令嬢として
「最低限」の事しかしてこなかったのでしょうね。
私は同時作業でオーダーメイドで作られる、
普段使いのドレス用の生地なんかも、
選ばせてもらえた。
たかが選ぶ事等と思う事なかれ。
着用者の要望に応えられるほど裁縫技術が無ければ、
裁縫が難しい生地は選ばせてもらえない。
刺繍のデザインや縫い付けるフリルやドレーブの量。
複雑になればなるほどドレスは重くなっていくのだ。
技術が無ければドレスは限りなく重くなっていく。
長時間着たままでも決して壊れない様にするのと頑丈に作ろうとすれば、
重ね縫いを繰り返して、重量は際限なく重くなっていくのだ。
それを歩いて動ける重さに落とす事が出来るのはそれなりの裁縫技術と、
ノウハウがあってこそ出来るのだ。
王国の伯爵令嬢の規格でファルスティン家の特徴を持った、
令嬢用のドレスを作る難しさがそこにある。
もちろん、ドレスの製造を主産業とするボルフォードがその「規格」を、
好きな様に弄った側面も合ったりするけれど、
もはやファルスティンの針子さんとデザイナーさんはその難しさを、
軽々と飛び越えられる実力を付けているのだから。
私は安心してその身を預ける事が出来るのだった。
そして今日は見ていても飽きない日となっていた。
「うう、キツイ…」
「我慢ですよギネヴィアお嬢様」
私がいるから大人しくしていないと昨日みたいに両腕を持たれて、
苦しい思いをする事を学んだギネヴィアが、
針子さんとデザイナーさんに好きな様に衣装合わせを続けている。
もちろん作られるのは私と同じ伯爵クラスのドレスではあるが、
彼女の場合は、その他に男爵クラスの「王国の正式な行事」に参加する為の、
ドレスも作られるみたいだった。
順調に進む私の作業に、悪戦苦闘のギネヴィアの採寸と仮縫い。
私はどうしてギネヴィアがこんな事になっているのか理解できなかった
けれど、針子さんの一人が私に耳打ちしてくれた。
それを聞いた時ギネヴィアの「貴族の道具関連」は私よりもひどい状態で、
まったくと言って良いほど必要な物を作らせてもなえなかったのだと知る。
「ギネヴィア様のドレスは、足りていないのです。
最低限持って戴かなくてはいけない量すら満たしておりません」
「持って戴かなくてはいけない量」
それは、高級衣類産業を支える為の「貴族」が消費するドレスの数。
年にある数以上の注文がないと針子さんやデザイナーさんの裁縫技量が、
維持できなくなるから、せっかくボルフォード領で学んだ技量を、
無くさないための処置でもあった。
もちろん豊かに生活できるようになりつつある平民からも、
注文はあるけれど「貴族」でなければ使ってはいけない刺繍の形なども、
あるからどうしても年間で数着は作らせないといけない。
領内の貴族である数少ない注文を出す権利を持つギネヴィアは、
アリア叔母様をまねて、メイド服をベースにしたドレスを好んでいたけれど、
そういった領内独自の変則的な衣類では注文を出す意味がない。
技量を維持するために必要な注文は、
王国の格式に合わせて作る「貴族」のドレスなのだ。
技量を維持するための複雑な刺繍や縫い付けが必要な、
女性用の高級なドレスが絶対必要な注文で作り手側の技量の事も考えたら、
絶対に作らせなきゃいけない領内の重要事項だった。
私のお母さまとターシャ義姉さまも勿論注文は出している。
けれどそれはファルスティン家のドレスであって、
バルダー家のドレスではないのだ。
動きにくい衣装を嫌うギネヴィアは、
バルダー家に仕える屋敷のメイド服をくすねたり、
アリア叔母様がもう着るのを辞めてしまった、
使い古しを好んで着ていたみたいだった。
ゼファード叔父様もアリア叔母様もギネヴィアのドレスは、
汎用品とはいえボルフォード領産の男爵令嬢用の、
ちゃんとした格式の物を用意していたけれど、
ギネヴィアはそれから逃げる様に、
メイド服を改造してそれっぽく見せたたドレスを好み、
男爵令嬢用の正式なドレスなんてファルスティンの重要な祭事でも、
本当に貴族として振舞わなければいけない「時」以外
決して袖を通さなかった。
その着ている時間ですら短時間で式典が終わって正式な時間が終われば、
直ぐに脱いで楽なメイド服を改造したドレスを着るほどの徹底的ぶりだった。
礼服嫌いと言ってしまっても良いかも知れない。
そんな彼女の学園での姿は勿論指定の制服であったし。
それでも貴族用の制服だからドレスに着なれる為の練習用として、
制服に取り付ける事の出来たパニエやコルセットは外してしたし。
ドレスの様なロングスカートにする為の延長用スカートも、
もちろん取り付けない。
大抵の貴族の女生徒は肌を見せるのははしたないと教え込まれるから、
ロングスカートの状態で、強く括れを作り出すコルセットも、
もちろん装着済みだ。
その上から、許されたおしゃである飾りのリボンも身に着けて、
学生らしく着飾っていた。
シンプルに何も身に着けていないのは暗黙の了解で入学してきた、
身の回りの世話を焼く為の生徒達で。
ギネヴィアの学生服はその世話焼き生徒達と同じ格好なのだった。
それに合わせて背筋を伸ばして私と一緒に歩き回れば、
私の傍付きの出来るメイドにさえ見えてくる。
と言うよりも、周りは完全にそう思っていたに違いない。
学園内で私を手伝って目まぐるしく動き続けるから、
動きやすさ一辺倒の姿でも誰も文句を言ったりはしないし。
本物のメイドだと本当に思われていたに違いなかった。
それに関しては悪いと思っていたけれど、
ギネヴィア自体スタイルはモデルの様に良いから、
補正下着であるコルセットを付けていなくても、
貴族の女子生徒用の細く仕上げられた腰回りの制服を
楽に着こなしていたからね。
…今となっては黙って腰回りの緩い暗黙の傍付き生徒用の制服を、
頼んでいたかも知れないなんて、思ったりもするけれど…
コルセットをすれば伯爵令嬢並みに絞れるから許してあげましょう。
学園の制服姿は着崩れしていなかったしね。