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第24話

書類整理に明け暮れる2日目が終われば…

次の日には私は領都へ戻れると思っていた。

この旅行はギネヴィアのパートナーのアルフィンに予定を組んで貰ったから、

詳細は聞かされてはいない。

けれど名目上は「ゼファード叔父様の新しい機械を届ける事」が、

目的だったし、その目的は一日目に終わらせてしまった。

もちろん書類整理と言う名のお仕事はさせられたけれど、

それも2日目で終了。

となれば今日は帰り支度をして、

領都へ向かう特別列車に乗るだけだと私は思っていた。

何処へも出かけなかったけれど、久々に正装に近い普段着用のドレス。

王国で定められたルールで仕上げられた、

正式なドレスを一日中着せられていたら重くて体も疲れてくる。

私ですらけっこう辛くなって来ているのだから、

ギネヴィアの苦しさは考えるまでもない。

声を上げたって苦しさから解放される訳じゃないし、

なにより用意された昼食もギネヴィアは全て「残さず」食べていた。


「…そんなに食べたら、午後が大変になるわよ?」

「…だって美味しいんですもの。残したら失礼でしょう」

「普段使いのドレスならそうでしょうけれど。

私達が着せられている物がなんなのか忘れていない?

大丈夫なの?」

「…え?」


ドレスを着ての初めての食事だって事を

ギネヴィアは完全に忘れていたみだいた。

ここが領都ではなくて出先である事も原因かもしれないけれど、

ここで出される食事は、全てアルフィンが手配した。

もちろん用意されたのは舌の肥えたゼファード叔父様おすすめお料理達。

そして新しくこの町に流通し始めている薄い陶器の食器達。

その食を楽しませるために試行錯誤されデザインされた食器達は、

料理人達と協力しながら作られた凝った作りの物で。

大量生産とは違い、料理に合わせて作られたその料理専用の食器。

それは味だけじゃない目を楽しませるようにも作られている。

繊細さと芸術性を感じられる様にも作られた、特別な料理達だった。

料理人達も切磋琢磨し合いながら仕上げられた料理は、

とても美味しそうに見える。

見えてしまう。

そしてその視角によるトリックで大きなお皿に乗せられた、

少量に見える様に作られた料理は、

その大きさに騙されてしまうと、実は物凄い量を食べる事になっているの。

「淑女は少食だからお上品な私は全て食べきれないわ」

という建前で残す事を前提に用意されるからであって、

人によっては出された料理は一皿に付き、一口しか食べなかったりもする。

豊かさと見栄を張る為の結果であり、

国の威厳とお堅く決められた「階級」が、

食べきれないほどの料理を用意したという事で「領地の豊かさ」を、

表現する為の手段でもあるのだから。

お上品なルールなのではあるが、

ギネヴィアは勿論そう言った御持て成しを受けた経験はない。

だから出された物は食べてしまった訳で、

それが悪いとも言わないけれど、残される事が前提の量。

そして始めて身に着けさせられた

「お着換えさせられる」一人では着られない、

「伯爵令嬢クラス」のドレスと

それを身に着ける為のコルセットの締め付けは、

もちろん食後で満腹になった時に容赦なく襲ってくるのだ。


「うっく…」

「ふぅぅぅ」

「ふうっふうっ」


ギネヴィアの口から漏れるその息遣いというか…

左腕に持つ物が無くなれば、その腕はお腹へと当てて、

静かに擦っているみたいだった。

少量に見せられた料理に完全に騙されて、

全て食べてしまった自業自得の結果なのだけれど。


「ギネヴィア…

食べすぎだったわね?」

「ううっ。そんなに量があるみたいに見えなかったのに…

アルフィンだって全部食べていたのに」

「ふむ、私には適量でしたからね」


平然と適量と言うアルフィンは、それこそ残さず料理を全て平らげていた。

そりゃ男性と女性では食べる量が違うし。

アルフィンにとっては普段食べている量とさして変わらなかったのだろう。

色々と動き回っているみたいだったし。

私達の知らない所で叔父様から預かって来た機械設置や調整のために、

動き回っているのだから。それなりに肉体労働もしている。

食べるに決まっているのだ。

同じ物が出されても男性が小食のふりをする必要はないのだから、

全て食べるでしょうよ。


どんなに美味しくとも大量に用意されて食べられる様に仕向けられても、

自制心を働かせて食べない様にしなくちゃいけない。

でないと食べ終わった直後の苦しさもさることながら、

数時間に渡ってお腹が膨らもうとしてコルセットを押し広げようと、

体が勝手に頑張ってしまうのだ。

もちろんしっかりと着せられたコルセットが緩んでくれるはずもなく、

括れた腰をお腹周りに余裕なんて作ってくれない。

スッキリとした腰回りの代償はかなーり大きい。

私も初めはどれだけ体が許容してくれるのか解らなかったから、

何度も失敗して苦しい思いをしてきたのだ。

食べられる限界と苦しさの境界線を考えながら食事を進めていた。

ギネヴィアの食べた量を見れば、涙が出るほど苦しい事は解ってしまう。

けど、その初々しさが昔を思い出して。

冷静沈着なギネヴィアが涙目になりながら耐え忍んでいるのを見ると、

これからも地味に自分と相談して限界を探る、

こう言った苦労をするんだろうなぁとしみじみ思ってしまうのだった。

私達に対する「食」の誘惑は、年々多くなって来ている。

ゼファード叔父様の進める改革が進めば進むほど、食は豊かになっていくのだ。

考えるまでもなく「美味しい物」は作られて食べたくなるものが出来てしまう。

現に…



「お嬢様方、3時の休憩時間で御座います」

「あらそう?

それならちょっと休憩しましょうか」


書類整理の行われている部屋の片隅に用意された小さな机と、

大きなドレスのスカートでも楽に座れるように用意されたカウチに、

私は身を預ける様に座り込んだ。

けれどアルフィンがいるギネヴィアはちょっと違う。

アルフィン自身もギネヴィアが何を望んでいるのか解っているから、

自分にもたれかかれるように、受け止める体勢を取ろうとする。

けれど伯爵令嬢用のドレスはそれを許さない。

…ちょっと違うわね。

アルフィンにもたれ掛かるには腰を捻らなければいけなくて…

お腹の苦しいギネヴィアは腰を捻る事すらしたくない。

けれど背中をアルフィンに預けなければ

楽な姿勢にはなれないというジレンマ。

見ていて微笑ましいギネヴィアの苦闘が私の目の前で展開されていた。

もぞもぞと動き続けて、何とか良い座り方を探すギネヴィアと、

なかなか寄りかかる形を決めてくれなくて、

支える為の腕を回せないアルフィンとの甘く切ない?格闘は続く。

そうこうしている内にメイドさんの手によって、ケーキとお茶が用意される。

それがまた…

ギネヴィアを悩ませるのだ。


「ねえエルゼリアこのケーキ新作よね?」

「…そうね。見た事もない物だから新しいのかもしれないわね」


私はケーキを用意したメイドさんの方を眺める。

すると彼女はコクリと頷きながら説明をしてくれた。


「仰る通りでございます。

この度、料理人の一人が画期的な手法を思いつきまして…

新しいタイプのケーキを完成させました。

このケーキはこの港湾都市で生産された新しい食材を使った物で、

新しい食感と不思議な甘みを持った物として仕上げられました。

どうぞご賞味くださいませ」


それは今のギネヴィアには悪魔的なお誘いで…

けれど漂って来るその匂いは手を伸ばさずにはいられない。

女の子にとってこの「初めて」を体験するチャンスは逃せない。

お腹は苦しい。

けれど食べないという選択肢は選びたくないモノだった。

私達に食べさせたいと思った料理人が特別に作った事だけは確かで、

同じ物がまた別の機会に出て来るとは限らない。

それは究極の選択だ。


もちろん夜にまた出してほしいとお願いすれば、

出して貰う事も可能でしょうけれど、

夜には夜でそういったケーキが用意されるはずだから、

今ここでコレを食べなければ夜の分のデザート?が無くなるのだ。

年相応に食べるか食べないかを悩む少女がそこにはいた。

何とも微笑ましい葛藤だと私はまた笑みがこぼれてしまう。

あの難しい書類の整理はさっさと進めてしまうギネヴィアが、

とっとと決めてしまうギネヴィアが、ケーキ一つで苦悩しているのだ。

それが可笑しくて…

何とも言えない気分になってしまう。

だってどんなに頑張ったって彼女はもう食べられる余裕はないのだ。


「ううっ。どうしよう?」

「諦めて、アルフィンに渡すのが良いと思うわよ。

もう無理よ。

これ以上は食べられないでしょう?」

「解ってる。

解っているのよ!」


ギネヴィアが着ていた「今までのドレス」なら、

こんな苦悩は絶対にありえない。

食べたいけれど食べられないという事態になっても無理が効くのだ。

こっそりと誰も見ていない場所でちょちょっとコルセットの紐を緩めて。

お腹に余裕を作ってあげれば食べる事が出来てしまう。

アルフィンもギネヴィアが頼めばコルセットを緩めてあげたでしょう。

けれど今着ているドレスは着崩す事や緩めることは許してくれない。

王国の爵位に沿って作られたドレスだ。

格式ある貴族の令嬢が苦しいからと言ってコルセットを緩めるなんて、

もちろん許されない。

何とか一口だけ食べたギネヴィア。

勿論、その美味しさにもう一口とケーキにフォークが伸びそうになる。

けれどもうギネヴィアは涙目で何も食べられないのだ。

ギネヴィアはヒソヒソとアルフィンに耳打ちをする。

けれどそれは近くに控えているメイドさんに、

聞こえてしまっているみたいだった。


「いけませんよギネヴィア様。

コルセットは緩めません。

貴女は王国に認められた正式な令嬢なのですよ。

そんなはしたない事は許されません。

アルフィン殿も。

ギネヴィア様の「お着換え」はわたくし達の仕事です。

わたくし達の前で淑女のドレスを乱すなんて許しません」

「そ、そんな事、頼んでないわ!」


ジト目で睨まれながらギネヴィアのお仕度を指導したメイドさんが、

しっかりと監視していた。

令嬢としてしっかりと教育されるより「技術」と共に生きてきた、

ギネヴィアにとってはいきなり生活が変わった様な物で、

起きてからお着換えが始まって、

令嬢として相応しい行動をしなくちゃいけないと、

自覚したばかりの彼女にとっては「いけません」「諦めて着て下さい」は、

とっても苦しい言葉だとは思う。

そのメイドさんの強~い宣言の後、

アルフィンのギネヴィアの背中に伸びていた手が宙を舞うのだ。

すっと伸ばされたアルフィンの手はそのメイドさんに掴まれて、

ギネヴィアの背中にあるドレスを締め付けている紐から離される。

アルフィン自体はギネヴィアに味方してあげたいのだろうけれど、

メイドさんに掴まれた手は離されない。

それでもにっこりと笑ったままのメイドさんの表情に、

アルフィンも諦めたのか、ゆっくりと腰に巻き付く状態に戻したのだった。

監視の目は厳しくて、泣く泣くギネヴィアは残りのケーキを、

アルフィンに食べさせたのだった。

微笑ましいカップルで羨ましくなるわ。


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