メイド達が運んでくる書類を受け取りながら、
私とギネヴィアは書類整理を進めていく。
必要な物。不必要な報告を省いで最新の情報だけを纏めて形として行く。
部屋にはサラサラと流れる羽ペンの音が鳴り響き、
不必要とされた資料やいらない報告書がどんどん選別され、
積み上げられていった。
お付きで補佐するメイドの動作も完璧で正しく私達をアシストしてくれる。
周りが思い通りに動いてくれれば整理の速度は段違いに上がっていく。
なんだかんだで私とギネヴィアの書類を整理する速度は速い。
学園で無謀なイベントを実行可能にするために奔走し続けた日々は、
私達に揺ぎ無い書類の整理の仕方を覚えさせているのだった。
ソレに感謝する事はないけれど、
私のこれからの生活に役立つ事は確かで複雑な気分にはなる。
この下地を完成させた学園の楽しい生徒会補佐?という、
婚約者に与えられる特権のせい。
カーディルを委員長とした組織が展開されてその組織の中で、
私は書類を整理してギネヴィアに手伝いを頼むという形が、
学園では当然の様に取られていた。
ギネヴィアはあくまで部外者で、手伝う必要のない一般生徒。
けれど私の周囲に展開するあまりにもお花畑の連中に呆れて、
私を手伝い始めてくれたのだった。
あくまでギネヴィアはお手伝いの範疇はでないギリギリの線で、
私を助けてくれていたのだけれど、
そうなった原因はもちろんカーディル率いる生徒会が原因。
もちろん外部でお手伝いをする生徒はいたけれど、
まともに学園生活をする分には一般生徒は「生徒会」なんていう、
権力の塊集団にしか見えない所には近づかない。
どんな「平等」を歌っていても、
この学園の変な法律を少しでも理解できていれば、
難癖付けられたらただでは済まないのだから。
だから婚約制服を着せられている女生徒は、
地元から連れてきた取り巻きを従えて身を守るのだ。
「暗黙のルール」って奴だ。
現状不安定なバランスの上で学園の秩序は守られていたのだけれど、
もちろん王族なんかが入学して来ればその年の勢力バランスは大いに変わる。
エルゼリアの代では王族がいない事から公爵家がリーダーとなって学園の、
行事なども決められていく。
最高権力者の公爵令息に泥を塗らない様に。
入学前から大人たちによる複雑な駆け引き「調整」と言う名の、
暗黙の決まりごとが決められて、私達は学園に迎え入れられている。
だからその権力の象徴ともいえる「生徒代表会」(略して生徒会)を、
構成するのも当然でその婚約者達もその生徒会を補佐をする事は確定事項。
予定調和の大人達の用意した学園生活を私達は行わなければいけなかった。
だってそうしなければ学園の複雑な利害関係や秩序が崩れ去り、
学園自体が上手く動かなくなってしまうのだから。
まるで砂上の楼閣のような危うさが、
この学園にはどんな時でも付き纏っている。
ここまで複雑な調整をして無理矢理存続し続ける理由はとても簡単。
実社会にいきなり常識のない公爵令息が幅を利かせれば国は混乱してしまう。
だから貴族社会を教える為の準備期間として学園は存在し続けるのだ。
何が何でもこの「学園」は潰せない。
際どい空間で、子供達をなんとか大人の貴族とする為の教育を行う。
それが学園の存在価値でありこの可笑しな空間が許される理由なのだ。
原作のエルゼリアは死ぬほど苦労しただろう。
周りの調整がされている中で思い通りに動いてくれないカーディル。
彼が失敗して評価を落とせばファルスティンへの援助は減らされる。
ガチガチに固められた「正しい貴族」になる為のレールが前に置かれ、
そのレールに乗らず暴れ回るカーディルを何とか引っ張って、
「貴族の正しさ」を説き続けたのだから。
結局、カーディルの強制には失敗してしまったが、
原作の彼女は聖女かなんかだと思うのだ。
見捨てられない理由はあったにせよ最後までカーディルに寄り添い続け、
そして導こうと最大限の努力をし続けた。
周りからは「大人達が用意した調整を無視し続ける」事で、
大いに責め立てられたと思う。
白い目で見られ
「何とか大人しくさせろ。用意してあった規律に従え」
なんて言われて続けたに違いない。
力関係上私もカーディルはもとより、
ボルフォード家からの干渉が酷かったのだから。
アネスお父さまが私とボルフォードの婚約を進めた理由はとても単純。
こちらが断らないという前提でボルフォードがすべての申請を、
やってしまったからだ。
良縁かどうかなんて考えるまでもない。
「公爵家からの打診でお前を婚約者にしたいそうだよ。
…良く解らないのだがボルフォード家主体で婚約の話しが進んでしまっている。
国への申請も此方の回答を待たずに行われてしまってね…
済まないが近いうちにボルフォード領を訪問しようと思う」
「解りました…」
婚約打診が来た時アネスお父様はたぶん一番忙しい時期だったと思う。
ゼファード叔父様が作り上げ続ける産業機械の開発に領土の大改革。
鉄馬の延伸に開拓者の呼び込みと社交界に出る余裕のないほどの、
目まぐるしい毎日を過ごしていた時期だ。
私の婚約の打診なんてまともに対応している場合じゃない。
領内が生きるか死ぬかの瀬戸際だったのだから。
原作なら資金援助を受ける為荒れるカーディルの生贄になる為に、
呼ばれる訳だけれどボルフォードの人間は決めつけた。
「ファルスティンは生活が苦しいから断らない」と。
絶対に断らないから話を進めても問題ないだろうと。
勝手に思い公爵家である立場を使い、
自分たちの都合の良い様に話を進め続けた。
お父様の確認も待たずして何故か私は「婚約者」と言う立場に据え付けられた。
後日その婚約のお話をする為に公爵家に訪問して、
理由を問い質そうとしたのだけれど、
その場はもはや婚約発表会へと仕立て上げられていた。
めでたくエルゼリア・ファルスティンは、
カーディル・ボルフォードの婚約者となるのだ。
公爵家の周りから祝福?の言葉を戴いて嬉しそうに私は微笑んだのだが…
まぁ嬉しい訳がない。
けれども決まってしまった話を止める事は出来ないから、
私はカーディルと対面する事になった。
「お前が俺の婚約者か?伯爵令嬢ごときが俺の隣に立てると思うなよ。
せいぜい俺の役に立て」
…この言葉を聞いて何を持ってこの男に愛情を抱けと言うのか…
けれど公爵家としても婚約してやるという思いが強いのか、
場の空気が凍り付く事もなく周りの大人に見つめられながら、
淡々と対面は進められた。
「はい。カーディル様のお役に立てる様に、(適度に)頑張ります」
「…いい心がけだ。俺は気が短い。俺を怒らせない様にしろ。
お前のしていい返事は肯定だけだ解ったな?」
「はあ?」
「腑抜けた返事だがまあ始めての返事だから許してやる。
寛大な俺に感謝しろよ俺は公爵なんだからな?」
私はにっこりと笑顔で微笑んで返答はしなかった。
けれどカーディル自身は満足したようで…
その場から去って行ってしまっていた。
公爵家の人間がその場で拍手をして婚約式は終わったのだが。
まあぁ気分のいい物ではないわ。
その時からもカーディルは増長し続けていく訳だけれど、
私に対して何かする事はなかった。
もともとファルスティンとボルフォードの距離は離れていたし。
手紙を何度か送ったけれど返事は一度もなかったからね。
次に会うのは婚約制服をボルフォード領に受け取りに行った時ぐらいで、
私はほとんど不干渉。
お父様もこの強引に進められた婚約に
納得していない様な雰囲気でもあったから。
けれど原作のエルゼリアはこの婚約から直ぐに毎日のようにカーディルに、
手紙を出して時間が出来ればボルフォード領へと足蹴もなく通う事になる。
少しでも関係が良好になる様にと願いながら。
けれど向かった先に待っているのは、
ボルフォードの仕来りを覚えろと言って来る家庭教師。
その勉強が終わった後僅かな時間だけ、
カーディルに会えるみたいな状態だったはず。
ご慈悲を愛をと強請るエルゼリアは哀れで…
けれど決して止まれない生活を送って、
必死にカーディルの気を引こうとするのだ。
そしてそのか細い繋がりの中で貴族として相応しい振る舞いをと…
必死にカーディルを教育する健気な姿を披露する事になる。
まぁそれでもカーディルは変わらないのだけれど。
たぶんここからシナリオの方針が変わったんだと思う。
原作のエルゼリア・ファルスティンの性格がおかしくなるから。
婚約者を宛がってもカーディルが変わらない事に、
業を煮やしたボルフォード家の教育係がエルゼリアに囁くのだ。
「カーディル様がご立派にならなければ、
ファルスティンへの援助がどうなる事やら…」
「そ、それは…」
「わたくし達はどちらでも良いのですが、
意味のない婚約をし続けるのもね。
成果があるから報酬があるのでしょう?」
その言葉が何を意味するのかは明確で学園も卒業していない、
半人前の少女に自分達の教育の失敗の責任を擦り付けたのだ。
けれどエルゼリアは気付けない。
もはや手段を択ばないでカーディルに求めるのだ。
貴族らしくなれと。
でないと自分の故郷がという思いから。
自分が嫌われるのも顧みずきつい言葉でネチネチとカーディルを攻め立てた。
そうすれば…
それに反発して正義面するカーディルが屋敷での評価を上げていく。
彼女は半人前ながら悪役を買って出る事になる。
自分を犠牲にしてでもファルスティンの援助をと願い、
彼女が行った「悪役令嬢になる」という決断だった。
悪役の「エルゼリア」がいたからカーディルは、
「正義のヒーロー」でいられたのだ。
原作の乙女ゲーで語られる「悪役令嬢」の悲しき正体がそこにはあった。
もちろんこれらの心情はゲームの中では一切語られない。
公式のブログでシナリオを担当している人が、
「急激な方針転換でなんとか、
話を破談させないために設定として用意しました…
こんな話にする予定はなかったんですが」
なんて語りながら外伝小説で幸せになったメインヒロインに断罪された、
悪役令嬢のエピソードを執筆したのだ。
たぶん担当者さんはそこまでひどくエルゼリアを、
扱うつもりはなかったのだろうね。
けれどメインヒロインが大好きなプロデューサーは大喜び。
彼の眼には悲惨な目に会い続けファルスティンの為に悪女となる事を、
決心したエルゼリアよりそのエルゼリアによって自信を付け、
「俺様カッコイイ」を続けるカーディル。
そして強大な悪役に見える「エルゼリア」に立ち向かう、
カッコイイ主人公。
その二人が素敵にカッコよく見えたんだろうね。
その外伝小説を痛く気に入ったブロデューサーはもちろんその外伝小説を、
ゲーム化して拡張パックとして売り出したのだ。
確かに素敵なヒロインが悪役令嬢を断罪するという、
シナリオには厚みは増したのだけれど、
エルゼリアへの悲惨さが際立ったその拡張パックの売り上げはお察しだった。