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第20話

デザイナーと針子の力作のドレスは、

私の体にやさしく包み込み私を「大人」の伯爵令嬢へと、

しっかりと仕立て上げていた。

申し分のない出来のドレスはあくまで普段使いの為の装い。

けれどその出来の良さと手間の掛け方は外出先に着て行っても、

笑われない質の良さを感じられる。

細かく仕上げられたレースの縫い付けも、

目立たない最小の縫い付けで仕上げられていてデザインを崩さない。

肩の付け根の作りも何重にも折り重なるように仕立てあげられて、

腕をスッと真上に上げたとしても、

脇下の生地が引っ張られるような事にはならない様に作りこまれていた。

王国のドレスの「ルール」。階級に合わせて大きくなる、

ドレスのパフスリーブは婚約制服の制服でもしっかりと縫い付けられていて、

私の学園生活の足を引っ張り続けた部分だ。

無駄に大きく作られた肩の部分はそれだけで私の腕の動きを邪魔し続けた。

簡単に言ってしまえば…

階級の証ともいえる部分が思い切り肩の動きを制限するのだ。

これがどれだけ厄介だったかと言うと資料を集める為に学園の図書室で、

自分の背より高い所にある本を取る事が出来ないという事に始まり、

学園の生徒会室に用意されている小休憩用のお茶用の食器も、

高い所にあったので自分では無理をしないと取り出せない。

両腕は広げられないから机の端にある筆記用具もわざわざ体を倒して取るなど、

ひと手間かかる動作を強いられる事になる厄介な制約を強いる部分だった。

まぁ、公爵夫人として相応しい立ち振る舞いを強要する為に、

作られていたって思えば理不尽な理由だって、

受け入れなければいけない事だったけれど。


本当に高貴で何も自分でやらないならそれで良いのだけど、

私は命令するより動きたがるタイプだったのと、

なにより「学園の生徒」であることを、

第一に考えて生活するのであれば、

いくら未来の公爵夫人だとしても他の生徒と同じ扱いになる訳であるから、

動きを制限する婚約制服なんて最悪の一言に尽きる。

それに比べれば、美しく仕上げられたドレスなのに、

動けるように作られているのは感動の一言だ。

感心しつつ部屋からは出た訳だけれど朝食を取る事になる食堂へ、

案内するのは別のメイドが待機していた。

服飾と私の身嗜みを整えたメイドとは違う、

メイド服を身に着けたそのメイドさんは、

ゆっくりと私を先導するように歩き出す。

きちんと教育を受けたメイドなのか…

その歩調と先導のスピード等を私の足跡から推察して、

私の前から一定の距離で案内しながらその先にいるメイド達に、

ハンドアクションで退かせる辺り組織づくりまで相当な練度と、

モチベーションを持って仕事をしている事がひしひしと伝わってくる。

王都の王城の一部でしか見た事のないような…

そんなプロフェッショナルな仕事の鱗片がここにはあった。


私と先導者の歩く音しか流れない空間で、

窓ガラスからは温かい日の光が差し込んで、

のんびりとした時間の流れを感じながら私は歩いていた。


「うそでしょー!?

何時もの服でいいでしょ?!

今日も仕事があるのよ?!?!」


その言葉を聞くまでは。


それはギネヴィアの声だった。

彼女の慌てたような声と…

そして明らかに嫌がっている声が私の耳に入ってくる。

それはおそらく準備されていたドレスの所為。

私と同じようにデザイナーと針子の力作が、

きっとギネヴィアの部屋にも用意されているに違いなかった。

私は立ち止まってその叫び声のする扉を見つめてしまった。

だって彼女の嫌がり様は普通ならありえない。

いつだってギネヴィアは冷静でほとんど慌てないのだから。

朝からこんな大声を上げるなんていったいどんな物を用意されたんだか。



「…そこはギネヴィア様のお部屋です」

「そうよ、ね?」

「お立ち寄りになられますか?」


案内役のメイドの言葉と好奇心に私は頷いてしまった。

「では」といいながらそのギネヴィアが泊まっているお部屋の扉が開かれる。

そこには必死に抵抗するギネヴィアの姿があった。



「ギネヴィア様、そろそろ諦めて下さいませ」

「いいえ!私は諦めないわ!

だ、だって、着替えの服は持ってきていたのよ。

それを持ってきてくれれば良いのよ!」


ベッドの毛布を体に巻きつけて…

部屋の隅で必死に守りの体制を取っているギネヴィア。

…もう追い詰められて逃げられなくなって…

半泣き状態で抵抗し続けるギネヴィアがそこにはいた。

メイドさんの手には彼女の身に着ける革の塊。

コルセットと他数名の手によって着付けを待っているドレスの部位。


そこには抵抗する彼女に業を煮やしたのか、

少々強引でも着せてしまえな雰囲気のメイド対ギネヴィアの、

戦いのフィールドが展開されていた。


「エルゼリア!助けて!」


私に気付いたギネヴィアは

とっさに助けを求めて私のいる方に逃げて来るのだ。

そして私の背に隠れて私をメイド達の盾にしようとしてくる。

けれど私はその場でくるりと体を翻し彼女の両手をぎゅっと握りしめた。


「大丈夫よ?苦しいのは最初だけだから。

そのうち慣れるわよ」

「ひぃぃぃぃ!裏切者!」

「裏切ってはいないわ。

今の私達はその立場に相応しい格好をしなければいけないだけよ。

もう学園は卒業してしまったし「令嬢」として相応しい格好をしないとね?」


私はにっこりと笑って彼女の腕を押さえつけるのだった。

力のこもった両腕にギネヴィアは涙を浮かべてフルフルと首を横に振るう。

嘘でしょう?冗談よね?何かの間違いよね?

とでも言いたそうだった。

けれど冗談では済まないのがギネヴィアの立場なのだ。

上位のギネヴィアを不用意に押さえつければお仕度のメイドは普通なら、

罰を受ける事になる。

けれど私がこうして腕を掴んでしまえば

ギネヴィアはもう彼女専用に用意された、

あの可愛らしい革の矯正具から逃げられない。

すぐに取り囲まれるとするりと彼女の体にはコルセットが宛がわれ…

ギリギリと締め上げが始まる。


「きつい!きついのよ!」


地団駄を踏んでその苦しさから逃げようとする

ギネヴィアのコルセットが絞め終わるまで、

私は頑張れ!頑張れ!とギネヴィアを応援する。

もちろん掴んでいる両腕は放してあげない。

ギネヴィア自体も最後の抵抗を必死にするけれど、

一度コルセットを絞め始められればもう自分じゃどうしようもないし、

周りのメイドは完璧な「令嬢」を作る為に全力を上げてくれるから、

容赦なく腰の太さが一定の細さになるまで締め続ける。

ギネヴィア自体太っている訳でもないしそれなりの体付きだけれど、

普段付け馴れてなかったコルセットという矯正具は、

完全に彼女の心をへし折らんばかりに締めあげていくの。


「うそぅ」「ふきゅう」「なんでぇ?」


ギネヴィアの上げる心地いい悲鳴?と今まで楽をしていた腰回りが、

思い切り括れていくのを見るのはなんというかその…


純粋に嬉しかった。


やっと一番のお友達が私と同じ立場になってくれた事が解るから。

今までは言い訳をして苦しい衣服から逃げていたギネヴィアもこれを境に、

美しく着飾って生活する事から逃げられなくなる。

人よりも時間のかかる朝の「お仕度」の為に

早く起きなくてはならなくなるし、

好きな様に動いて好きな時に出かける事の出来た生活は送れなくなるのだ。

事前に移動先を申請してお付きの人を選定して、

そしてお父様や叔父様の許可が無ければ出掛けられない窮屈で、

大切にされる生活が始まる。

その記念すべき日ともなっていた。


そう。

領内において未婚の貴族令嬢は今の所私とギネヴィアだけ。

だから今回の旅行で宿泊する場所にいるメイド達は初めて、

貴族令嬢を着替えさせるという貴重な経験をする事になる。

言うなれば私達は貴重な練習台な訳でその練習台がね?

逃げる訳にはいかないでしょう?

それに私はファルスティンの伯爵令嬢に相応しい

ドレス姿になっているのだから、

それにギネヴィアも合わせて貰わないと。

普通の男爵令嬢のドレスなら、

ギネヴィアもここまで拒否反応を起こさなかったのでしょうけれど。

彼女の持つ「バルダー」の性はファルスティンでは重たい意味を持つからね。

「貴族」をファルスティンとするならば「技術」のバルダー。

今のファルスティンの繁栄は「技術」のバルダー無くしてはありえない。

だからいわばバルダーの性は賢者の様な意味を領内では持っている。

貴族として敬われるファルスティンと同じ様にバルダーも当然敬われている。

それが何を意味するか。

ゼファード叔父様はその辺りは無頓着だけれど周りはそうはいかない。

ほとんどの人間が一冬を越える事が出来ず凍え死ぬしかなかった領内に、

凍え死ぬ事無く暮らせる家。

お腹いっぱい食べられる食べ物。

温かい服を得る事が出来る豊かさ。

生きるのに不足していた全ての物を、

領主であるアネスお父様と共に作り上げ今もまた終わる事なく、

明るい未来と希望を与え続ける「バルダー家」は、

ファルスティン領内において、ただの1男爵家では済まないのだ。

階級こそ違えど伯爵家と肩を並べ隣に立つ事が許された存在とみなされる。

ゼファード・バルダーの一人娘であるギネヴィア・バルダーは、

少なくともファルスティン領内に置いては伯爵令嬢並みの待遇を受けても、

誰も文句を言う人がいない存在なのだ。

むしろ何故今までそういった待遇を受けていなかったのか、

それを疑問に思われるくらいにはギネヴィア・バルダーは、

大切に扱うべき人のはずなのである。


―あのゼファード・バルダーの一人娘―

―ギネヴィア・バルダーのドレスが―

―男爵令嬢程度のドレスで良いのか?―

―エルゼリア・ファルスティンと同じレベルにするべきでは?―

―いいやエルゼリアと、ギネヴィアの格は―

―少なくとも領内においては同じだ―

―同じものを着て戴かなくてはいけない―


自然とそういう話にまとまってしまえば

当然ギネヴィアの為のドレスも用意される。

そうでなくともボルフォード家で辛い思いをしながら修行をし続けた、

針子やデザイナーはバルダー家が技術取得の為に、

彼女達の修行先に大金を払った事を知っている。

叔父様が資金を苦心しながら捻出した事も

余裕のない発展の途中だった領内で、

未来の為に見込みのありそうな人を選抜して人員が不足する事も承知で、

送り出した人々だ。

技術取得の気意気込みも帰って来てからの向上心も半端ない。

大きな恩のあるバルダー家の娘に自分たちの今用意できる最高傑作を、

着て貰いたいと思うのは当然の事だった。

王都から戻ったギネヴィアは領都に戻ってからは家にいるなら、

ドレスなんて絶対着ないしアリア叔母様に習ってメイド服を改造した様な、

なんちゃってドレスしか袖を通さない。

叔母さまも同じものを着ているからギネヴィアに注意なんて出来ないし。

もっとも叔母様の場合は無駄に動き回る叔父様と一緒にいるから、

動けないドレスを着ている訳にはいかない訳なのだが。

ギネヴィアの場合はまだアルフィンと、

いつでも行動を共にする訳じゃないからその言い訳も出来ない。

今回の唐突に決まった私達の現地視察で修行の成果を、

評価してもらえる機会がふっと湧いて出たのだ。

お針子さんとデザイナーさんがその事を見逃すはずがなかった。

そしてこのチャンスがあること自体がもう「次の世代」である、

ライセラスお兄様を中心とした次世代の領内の勢力図なのだ。

ファルスティン家が中心に立ち、

エルゼリア・ファルスティンと、

ギネヴィア・バルダーが両翼を固める、

その最高の布陣がファルスティン領内誕生する事を意味していた。

その両翼となるべき要の令嬢の二人が「王国の格式」に則った、

ドレスを身に着けないなんて許されない。

そしてエルゼリアの隣に並ぶギネヴィアのドレスが劣るなんてありえない。

ギネヴィアのドレスが私と同等になるのは必然なのだ。



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