…って、
思考を一回りしている間に私の身支度は終わった。
姿見の中に写り込むエルゼリアの姿は、
とても優しそうな形で仕上げられている。
まあ表情が緩んでいるという事もあるかも知れない。
窮屈すぎるドレスを着せられて苦しむ必要がないから…
引きつった表情にもならないのかな?
流石に限界を超えて容赦なく締め上げられる苦しすぎるコルセットに、
体型を歪ませる矯正具の数々は身に付けさえられているだけで、
眉間にしわが出来るレベル。
拷問レベルの矯正具の数々を付けさせて私が苦しんでいる所を、
楽しんでいたボルフォード家の衣装係は
今何をしているのかちょっと気になった。
きっとソフィアさんを締め上げて楽しんでいるんだろうねぇ。
優しい着衣であれば私だった我慢できる。
苦しくない程度の締め付なら表情にだって余裕が出来る。
学園の婚約者用の制服にはそれもなかったという事が…
このドレスを着せられれば理解できる。
軽いパニエに膨らんだスカート。
緑と青を主とした色使いで私の持つファルスティン家特有の髪色。
白髪に瞳の薄い青色とも相性は悪くなかった。
最低限の伯爵令嬢としての装飾だけが施されたそのドレスは
シンプルとは言えず少々盛られた形ではあったけれど、
そのドレス全体の重さもそこまで重くない。
普通に一人で移動できる程度の重さに抑え込まれていた。
普段使いのドレスとして使用するのをギリギリ許容できる出来栄えであった。
「如何でしょうか?お嬢様。
当領内で作られた新しい生地と材料を使った、
領内の針子と、デザイナーたちの合作のドレスで御座います」
「私達一同で作り上げた「新作」で御座います」
準備を終えたメイド達が皆私を取り囲んで私の返答を待っている。
着せられたドレスの意味を知った時…
それは私の中でこみあげてくるものがあった。
あのボルフォード家で用意され着せられたドレスと…
見劣りする事のない姿が鏡に映し出されている。
高貴な人間が着る豊かさのバロメーターの様な「ドレス」が、
領内の完結した人員だけで作り上げる事が出来るのだ。
それは王国の用意する「伝統」と「格式」を捨て去る覚悟すら、
彼女達は持ち合わせているという事に他ならなかった。
―もしもお嬢様方、ファルスティン家の方々が―
―王国と対等に戦うのであれば―
―私達ファルスティンに住まうデザイナー達は―
―王国のデザイナーと戦いましょう―
貴族として国とやり合い戦うのであれば…
私は確実にファルスティン側の先頭に立って、
王国との交渉に出なければいけない。
代表者同士の戦いにともなれば王国側のデザインは使えない。
もちろん材料も生地だってそうだ。
プライドと弱みを見せないためにも見栄をはり対等であることを、
王国に見せなければいけない。
―エルゼリア様が身に纏う武器は(ドレス)必ず―
―私達がその立場に相応しい物を用意して見せます―
―安心して、戦って下さい―
彼女達デザイナーと針子の努力の結晶がこのドレスだった。
私の知らない所で王都やボルフォード領に行って、
裁縫を学んだ子達がいっぱいいるのだろう。
普通の既製品ではない完全オーダーメイドのドレスを、
王都の職人に負けないレベルで仕上げてきた彼女達は、
紛れもなく一流だ。
「…よく、ここまでの物を作り上げましたね。
素晴らしい出来だと思います。
これだけの物が作れるのであれば…
もう、ボルフォードに頼る必要はないでしょう」
「っ!あり、がとう、ございますっ!」
私が声を掛けた子は喜びそして振り向いて、
私の後ろの子達にハンドサインを送る。
彼女のサインを見た後ろ手控えていたメイド達は、
その事に喜び、鏡越しに見るメイド達は全員笑顔になっていた。
ガッツポーズをする者、涙を流す者と色々な反応を見せている。
それだけこのドレスに込めた思いも大きかったという事なのだろう。
繊細な作業の連続と綿密な採寸が必要なドレスはただの衣類とは違い、
工業製品としても一級品の技術が必要となる物だ。
「これでやっと、お嬢様をお救いする事が出来ます…」
「ええ!あんな物をお嬢様に着せたボルフォードを見返してやれるのです」
「私達は、バカ犬じゃないっ。
ちゃんとお嬢様に相応しいドレスだって用意できるのよぅ…」
「デザインの為に着用者に無理させなくたってここまで物は作れるわ!」
「ボルフォードのデザイナーが怠けていただけじゃない!」
「お嬢様はしっかりとドレスを着こなしていらっしゃるわ!」
「あんな最低なドレスしか作れないボルフォードがおかしいのよ!」
口々に出る言葉から…
彼女達が何処に修行に出ていたのかが解ってしまう。
彼女達は耐えた。
耐えて耐え忍んで技術を習得して帰って来たのだ。
私のドレスを作る為に。
私の知らない所で私の知らない領民も戦っていた。
ファルスティンの為に。
ファルスティンの与えてくれた物に対して恩返しをする為に。
私はその場で振り返ってドレスを作った彼女達をもう一度見渡した。
皆が一様に喜びながら私の次の一言を待っていた。
「ご苦労様でした。
次の新作も期待しています。
更なる技術の向上と素晴らしいデザインをお願いします」
私のその言葉を聞いたメイド達は深々と頭を下げて、
そのメイドのリーダーが私に返答を返してくる。
その事は真剣で先程の浮かれていた感情は乗っていなかった。
「お嬢様からの「願い」確かに聞き届けました。
これからもお嬢様の装いに相応しいドレスを腕によりをかけて、
作成いたします」
ただひたすらに次の目標が定まった。
既に浮かれた感情はなく次を見定めた返答だった。
私はそのまま頭を下げたままのメイド達を置いて寝室を出ていく。
今日もまた新しい一日が始まるのだった。