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第16話



叔父様の舌を豊かにするという目的の為に、

高級品だった白い陶磁器の食器は量産されるのだ。

目線を上げて窓の外に目を向ければその先に写るのは、

大きな音を立てて動き回る巨大な機械たち。

その巨大な機械に埋もれて作られる重工業の機械だけじゃなくて、

ボルフォード領の産業を食い荒らす明らかに自動で動く、

織り機が無数に並べられその先には、

綿から糸を紡ぐ機械さえ稼働し始めている。

もうこの流れは止められない。

私と書類整理を続けるギネヴィアもその書類の数と、

出来上がっていく物に気付いたのか私に声をかけて来た。


「ねえエルゼリア。

あとどれ位待てばファルスティンは王国を超えるのかしらね?」

「…もう、超えているのではないかしら?」


常識のすり合わせと、

辺境の一領地の広がりようを書類を見ながら、

感じ取ったギネヴィアの表情は複雑だった。

だって国と同等となるという事は、

国と同じ機関を領内に抱え込むことになるのだから。

それは更に書類仕事が増える事を意味している。


「…それはダメよ。

超えてしまったら私達は更に大変な事になるのよ」


私達は目を合わせる。


そう。

控えめに報告しよう。

提出する書類にはまだまだ港湾都市は未熟で、

叔父様の作る物はまだまだ未完成な物が多いですよと…

王都に経済戦争を仕掛けるにはまだ早いんじゃないかな?


…みたいな感じで?



動き出してしまったら止まらない。

止まれない。

あのファルスティンと他の領地を繋ぐ砦の先、

王国と交易する物を増やし始めたら…

一気に物を求める商人たちは押し寄せてくる。

ファルスティン領から持ち出される事になる物の多さと、

大量生産できてしまったから出来る安さは、

王国の経済に多大なダメージを与える事だけは確かだった。

せめてガツンとやるよりかは、

優しーく?優しーく?始めるべきだと私は思うの。


何をもってして優しいと言えるのかは解らないけれど、

王都の経済に壊滅的なダメージを与えるのは駄目だ。

こっちにも余計な被害が出る。

何が出るのかは解らないが…

けれど解らないでは済まされない事が、

起せそうな所まで来ている事は理解できていた。



けれどだとしたら解らない。

叔父様は言っていた。


「国はバカじゃない。

ファルスティンの内情も理解しているはずだよ」


だったら、

だったら何故?何も言ってこないの?

これだけの準備が出来ているのに。

国王陛下も何も言ってこないの?

それとも不味いと思っているのは私だけ?

こんな小娘より国の高官が劣るなんて事はないわよね。

着々と進んで行く進歩と国に放置されている状況が、

私には理解できなかった。

せめて鉄馬を延伸させるとかすれば、

土地の使い方は代わり王国内の人の流れも、

変わっていくだろうに。

そうすれば新しい人の流入が生まれ王都も変わっていける。

王都の停滞状況も改善するかもしれないのに。

変わろうとしない王都には何もないのかもしれない。

けど変わらないと置いて行かれる。

美しく煌びやかな王都は何時まで持つのだろうか…






大量の書類と格闘する事はや数時間。

大体半分くらいまで減らした所でアルフィンが戻ってくる。


「さて、お疲れ様ですお嬢様方。

ご自由なお仕事は順調でしょうか?」


足取りも軽やかにアルフィンは戻ってくる。

もちろん彼とて遊んでいた訳じゃない。

叔父様から託された物を使えるようにしていたに違いないのだ。

けれどにこやかに帰って来られるとなんだからねぇ。

自分だけ楽しんでいたみたいで、

ちょっと。

そう。

ほんのちょっとだけだけれどイラっと来てしまった。

チラリとギネヴィアと視線を合わせれば彼女も同じ気持ちみたいで、

私に微笑み返してくる。


―やっちゃう?―

―ええもちろん―


幼馴染の目での会話は満場一致で、

アルフィンにおねだりする事を可決したの。


「「ええもちろん順調よ。

だから今夜のディナーは期待しているわ」」

「ええ。もちろんですとも。

港町まで来ているのです。

先程漁から帰った漁船より、

鮮度の高い魚介類を手に入れておきました。

きっとお嬢様方のお口に合うおいしい料理を、

料理長が作って下さるでしょう。

期待して頂いて構いませんよ」


もう私達二人からおねだりがある事なんてアルフィンは気付いていた。

だから先手を打って食材まで彼は手配して用意していたのだ。

抜かりはない。

万全な状態で。

その落ち着いて慌てないアルフィンに案内されて、

私とギネヴィアはもちろん書類仕事を中断した。

冷めた料理はおいしくないものね。

用意されたディナーに間に合うように私達は移動する。

それは乗って来た鉄馬にまた乗り直し、

この町の中心街の駅へと移動する事となるのだった。

あの領都から乗って来た列車が停車する、

同じホームへと戻って来れば私達はそのまま専用の通路を使って、

今夜の宿泊場所であるこの港湾都市に作られたファルスティン家用の、

別荘兼役所の様な所に案内される。

貴族としての体裁を最低限整えつつ、

稼働しない施設はもったいないと思ったのか、

1~2階はまるまるこの町の行政を司る部分へとなっていて、

3階から5階がプライベート・スペースに仕上げられた建物だった。

けれど行政関係の仕事がひっ迫した時は、

問答無用でプライベート・スペースが無くなる事が前提の未来の役所として、

機能するように仕上げられた建物なのが所々に作られた、

待合スペースの様な物を見ると解ってくる。

建物一棟を丸々使いきるほどに忙しくなるとデザインされている辺り、

また別の場所に別荘が立てられているのかもしれないなんて思ってしまう。

いや、叔父様の事だ既に用意されているに決まっている。

とはいえ3階から上の階層の雰囲気はワザとだろうか、

領都の城と同じ様なデザインでありそっくりな形に仕上げられている。

はるばる遠くまで来たというのに、城に戻って来た雰囲気にもなる。

けれど何処に行っても同じ日常が送れる雰囲気があるというのは、

私にとっては嬉しかった。


窓際に設置された少し大きめの窓があるテーブルに私達は案内された。

そこからは街並みが良く見えて少しづつ暗くなっていく街並みを、

ガス灯だろうか?街灯などが灯り始めて街並みを淡く照らし始めていた。

暗くなって来ても、町中に張り巡らされているのであろう、

蒸気パイプと、高い煙突からモクモクと排出され続ける煙は止まらない。

決して視界が悪い訳ではないけれどその煙と蒸気いよって、

町中に照らされている街灯の光は乱反射して、

普通の町とは明らかに違う幻想的な雰囲気を作り出していた。

そんな中で料理が運ばれてくる。

それは期待していた通りの…

いやそれ以上の出来で叔父様がきっと口を出した事が解る内容だった。

もちろん衛生的な所で生魚を口にする事は出来なかったけれど、

私はこの世界に来て初めて本格的な魚料理を口にする事になった。

領都で出された加工品ではなくて鮮度が高くないと出来ない、

創意工夫が凝らされた料理。

それは白い食器に盛り付けられ、一つの芸術作品として仕上げられている。

食器と鮮度が重要な魚介類を使用した「新しい」食の形が、

この町には出来上がりつつある。

味も申し分なく今日の頭脳労働の対価としても申し分ない出来だった。


そして久しく感じてなかった、公爵家のマナーを気にしない自由な食事をして。

アルフィンとギネヴィアと話をする時間は領都に行く前の、

バルダー家にお邪魔して食べた実家で食べる食事とも違う、

不思議な話で盛り上がるそんな時間だった。



それは、前世の記憶を持つエルゼリアとして話しても、

不思議に思われないエルゼリアにとって会話の内容に気を使わなくて済む、

ごく自然のディナータイムとなっていたのだった。

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