私とギネヴィアは自由なお仕事である書類整理を始める。
だって他にやる事がないし。
アルフィンが仕事を終らせてくるまで工場内は危なくて、
移動したくないからね。
せっせと書類に目を通し始めれば出来上がってくるモノ。
作り方なんて物は解らないけれどその代わり、
私には見えてくるものがある。
あ、これって大量に消費される物の原型だ。
叔父様の作る物のほとんどは便利にする物ばかり。
娯楽的な物に使われる物はほとんどなく、
その造られる物の大半の出来上がりは、
食に関する物が多かった。
貴族の豊かさの象徴ともいえる色々な会食に使われる、
煌びやかな食器の数々。
味だけじゃなく食べる人の視覚を楽しませる、
美しい色合いの食器達。
普通の家なら普通なら買わないし必要ない。
けれど楽しい食卓を演出する為には絶対に必要な物。
叔父様の拘りによって順位が底上げされた物がそこにはあった。
高火力を前提とした炉の作成と製造工場の基礎ともいえる物。
物を移動させるベルトコンベアが出来てしまえば、
物の作り方は変わってくる。
人が一つずつ作り上げるのではなく、
材料の粘土を捏ねるのも大型のミキサーであり、
それによって捏ねられた粘土はプレス機によって形作られ、
ベルトコンベアへと並べられる。
後は塗料を満たされた池の様な場所をくくれば、
そのままコンベアは高温の炉の中へと流れ込んでいく。
ゆっくりとじっくりと焼き上げられて皿は完成する。
そう現在「高品質な物」希少性の高くて手間のかかる物を、
量産化するという事が出来る様になったって事だった。
元々ファルスティン領内で食器を作る者なんていなかった。
全て輸入品か…、
木を削って皿やコップを手作りしていたのだ。
もちろん王都では高級品である陶器の食器達は、
領内に関していえば木の食器と同価値にまで落ちて来ていた。
それらの食器達は鉄馬に乗って領内の隅々にまで運ばれていく。
今はまだ領内の需要を満たしきっていないから領内の消費だけで済んでいる。
けれど更にこの工場が巨大化して量産体制が強化されれば、
近い将来領内の需要は満たされてしまう。
そうなれば輸出?領外に放出するという方向になっていくのかもしれない。
ふと、思い出した。
カーディルと一緒に行動していた人物。
カーディルの愉快な?仲間達。
ソフィアさんの取り巻きだったラッセフェン・ダングラードを思い出した。
ボルフォード家と同じでダングラード家もまた侯爵家。
二人は親友であり悪友でもあった。
幼い頃同格の家であった事から、
男の子の熱い友情を私は見せつけられていたのだが、
まぁ、やんちゃさん達と言って良い家の格を利用した傍若無人ぶりは、
言うまでもない。
ラッセフェン自体はあの乙女ゲームに出て来た記憶はないのだけれど。
それでも学園ではカーディルと一緒に楽しい学園生活を満喫する側だった。
女子人気もそこそこ。
侯爵家と言う立場だからもちろんカーディルと同じ様に婚約者もいたはずだ。
私は一度もお目にかかれなかったけれど。
カーディルの参謀でありカーディルの都合の良い理解者として二人が組めば、
その地位と存在感から学園ではまず意見を言える人はいなくなる。
とっても素敵な課題を私とギネヴィアにくれた人でもある。
例えば…
ソフィアさんの素敵な思い付き。
楽しい学園生活のイベントの一つ音楽祭を開く事になって…
用意する物や招待する音楽家の選定には必ず口を出して来た。
その人物はダングラード家の支援する学生だったり…
ある程度の弾き手である事も必要だと思ったから、
音楽担当の教師に参加できる腕を持った人をリストアップしてもらって、
参加してくれるか頼んだのだけれど、
そのリストにない者がいつの間にかエントリーしていたり。
…まぁ腕はお察しで。
どうしてねじ込んだのか解らない腕しか持たない子だったけれど。
まぁ、舞台の上で嬉しそうに楽器を弾いていたから良いのかな?
美術際といういわゆる学生内の絵画コンテストで審査員に、
またダングラード家のお抱えの画家をねじ込んで来たりして。
これまたダングラード家お抱えの生徒?に特別賞を授与したりとか。
私の関与している所にスルリとダングラード家の人間を潜り込ませるという、
なかなか厄介で後で「楽しい事になる」想定外を仕込んでくれた。
組織を運営する私としてはもはや無事に開催する事が目的であったし、
建前上「学生のする祭事」だから本物の公平性を担保するなんて事まで、
もちろん手も回さない。
審査なんて予定調和の為に存在する物に時間を割いていられなかった。
今となっては…
もう少し平等な結果に見える様にしても良かったかもしれないと、
思い出してしまったりもする。
もちろん絵画コンテスト等で賞を貰うのは伯爵家か公爵家や侯爵家。
その家の御令嬢と御子息様方と決まっているから。
男爵家で選ばれるとしたら爵位の高い家から支援を受けている子に、
限られる訳で…
まぁコンクールやコンテストと言った
大衆に愛される芸術は王都にはなかったし。
選ばれた爵位の人間が認めればそれがどんな駄作だって
碌な絵が描けなくたって、
「優秀」なのだから。
大衆に愛される芸術という物は爵位の高い人が勝手にこれが良い芸術で、
価値があるモノなのだと言い張っていたにすぎなかったから。
良く解らない銅像が貴族の敷地には並んでいたんでしょうね…
芸術を育てるには金も時間もかかるからその価値が創出で来そうな、
学園のコンクールとかに口を出したかったのも理解は出来るけれど…
たぶん私達が卒業した後にあの芸術関連の祭事はダメになるでしょうね。
というか参加者自体が集まらなくなると思う。
だって、受賞者は参加前から決まっているし。
ただの発表の場としてだけでも機能すれば良いけれど。
もしも特出する子が出てきたとしてもその子の作品が飾られるのは、
隅の人の通らない場所。
見られない場所に置かれる事になるのでしょうね。
現に初開催の時点で優秀な生徒には「特別」な処置がされた、
舞台や場所が私の知らない所で行われていたみたいだし。
出来レースも良い場所だったわ。
…王都から近い領地を持つダングラード家は豊だ。
それは近くに粘土質の大地を持ち貴族達にダングラード領産という、
ブランドで美しい食器を販売していたから。
一品一品が人の手で作られた手間のかかった物で、
同じサイズで揃えられた職人の手業が解るモノだった。
けれどそれだけ。
そこでダングラード領職人達は手を抜いた。
それ以上の事をしなかった。
もちろん彼等だけの責任じゃない。
食文化の発達が異様に遅いこの国では、
食卓を彩るという事はごく限られた場所でしか行われないし。
彩を考えるのは料理人の役目。
だからその彩の選択肢を食器が作るのは、
料理人に対して越権行為となる。
その結果単調な食器しか作れない。
この世界の料理人は食に対する統括者であって、
全ての物は料理人が「使ってやる」立場なのだ。
その料理人が「形が歪な皿を要らない」と言えば需要が無くなる。
少なくとも…
王都の食器は「伝統」の食器しか使われない。
それがダングラードの作った見えない王都のルールだった。
ファルスティンは若い。
そして柵がない事とゼファード叔父様や私が知る「食器」という物は、
多種多様な形があり作る料理によって使われる食器は多種多様だ。
故に色々な種類の食器が作られる。
目を楽しませ使いやすい食器の数々が職人の手によって開発され作られていく。
利便性の高くて安く量産化された食器の数々が王都へと出荷された時、
果たしてダングラード家の食器産業は価値を持つのだろうか?
私はまた王都に対する経済攻撃の材料を見つけてしまった気分になっていた。
少なくとも今の時点で衣食住のうち衣食に関する部分は、
経済攻撃の対象となっている様に感じる。
…のではなくて攻撃対象だ。
ボルフォードとダングラード。
この2家の経済にダメージを与える事になる。
王都で切磋琢磨してよりよい製品を作りましょう!
なんて事にはならない。
けれど貴族と爵位を使って経済を止めればそれはそれで、
王都の経済はダメージを受ける事になる。
それを国王陛下は良しとするのだろうか?
私達の学年に王子殿下はいなかったけれど、
入れ違いで卒業して行ったお方がいた。
ボルフォードとダングラードはその王子様とうまくやって行けるのか…
力関係で言えばもちろん王家の方が上だが王都の豊かさを支えているのは、
もちろんボルフォードとダングラードな訳で…
さて纏める王家の力は変わらなけれど、
ファルスティンから食器と生地が出荷される事になったら、
自然と2家と経済力はダメージを受ける。
その事を王家に泣きつくのかな?
泣きついて王家は動いてくれるのかな?
私には解らない。
けどゼファード叔父様の経済攻撃の準備は着々と進んでいる。
私はその事を書類を見ながらひしひしと感じ取っていた。
叔父様本人としては…
きっとそんな事は考えていなくて、
ただ必死に「おいしい物が食べたい。楽がしたい」と思って、
動いているだけなのだろうけれど。