中心街の大きな駅で降りるのだと思っていた。
けれど私達の乗る鉄馬は特別仕様。
つまるところ乗降場も専用に作られた場所へと案内される。
駅の一番端、貴族用のホームは一般の乗客が下りる場所とは違い、
全て仕切られた場所へと鉄馬は侵入していく。
その外部から絶対に見られない一段高い場所に作られたホームで、
私達は降りる事になった。
降りる場所ですら特別扱いの場所が用意される辺り、
貴族と言う存在が尊い物だって事で色々な特別がここには用意されていた。
とはいうものの私達の目的地は港湾地区の造船所である。
あの遠くからでも確認できてしまう大きさの船を作っている場所なのだ。
そう考えればまだまだ目的地には遠い。
けれどこの先は貴族用の専用車両では現場にはいけないって事で、
私達3人と叔父様に託された部品を持って私達は横付けされていた、
鉄馬へと乗り換えるのだった。
その小型の車両ですら3両編成程度の長さでとなり、
お付きの人々はテキパキと私物を移し替えていく。
最後に叔父様から託された荷物を連結させた貨車を繋ぎなおせば、
街中用の小型鉄馬を先頭に私達は街中をゆっくりと通り抜け、
造船所の近くまで何事もなく移動する事になるのだった。
コンクリートと鉄。
そして鉄馬の移動が前提となった新しい技術を取り込んだ街並みは、
多くの人を抱え込む事が出来る素晴らしい街だと思う。
魔法という超常現象を飲み込んだ世界で、
無駄に発達した世界を構築しようとすればそれは歪にゆがんで、
私の前世とはちょっと違う形になると思っていた。
化学繊維が(まだ)ない世界でもこれだけ現代に近づいた都市は、
それだけでもすごいって私は思うのだけれど。
それでも叔父様きっと、満足はしていないのでしょうね。
無理矢理近代に近づけた影響か…
車窓から眺める駅前はとても可笑しな風景が流れていた。
その違和感は近代の駅前を知っているからでもあるけれど。
駅前にはロータリーもどきが作られその近くには、
乗合馬車の様な多人数が乗れる馬車が多く並んでいるし、
自動車の駐車場の代わりに駐馬場とでも言えば良いのだろうか?
馬を預かる場所が用意されていた。
広がるのはガソリンというエネルギーがない時代を、
無理矢理現代風にアレンジした場所になっていると、
言えば良いのかもしれない。
それでも人は動く。
そして町は発展していく。
これはもう家から中心街に対して向かう、
通勤と言う需要が完全に生まれているって事で。
通勤と言う概念が出来てしまったって事は次に訪れるのは郊外への延伸と、
その土地広がる第2のベッドタウン。
働く場所と住む場所が分離され、更に鉄馬の重要性は上がっていくでしょうね。
異常で不思議な形で進んで行く街並を抜けて先。
そこはもちろん叔父様の夢の塊のワンダーランド。
どうやってこの造船エリアを作ったのかなんて考えるまでもない。
叔父様自ら錬金して加工して作り上げたに決まっている。
造船ドックを完備した港の巨大倉庫に隣接する場所。
大きさで言えば領都の我が家でもある城の大きさをはるかに、
凌駕する敷地面積を誇る。
この世界においてたぶん並び立つ物のない巨大な内部空間。
その空間を最大限に活用した使い方をした設備であろう。
単一の建物としてもここまでの大きさの物は王国内には絶対ない。
たぶん、敷地を贅沢に使ったと言われる王都の王城より、
広く大きい事は明らかな建物へと鉄馬のレールは伸びていた。
建物内へと私達を乗せた鉄馬は侵入する。
もはや笑うしかな設備の多さで、
明らかに叔父様の趣味がてんこ盛りになった…
巨大複合工場がココにはあった。
重工業用の設備が一通りそろった、
何を作るのか解らないがたぶん、えげつない物を作る為の、
工作機械が立ち並ぶ空間で鉄馬はやっと停車したのだった。
アルフィンを先頭に私とギネヴィアも鉄馬から降りる。
そこは鉄とコンクリート。
そして蒸気が立ち込める古いはずなのに、新しい空間が広がっていた。
巨大な室内空間として仕上げられているその場は、
外なのに内側風味に仕上げられた空間で、
あまりの広さにアーチ形に作られた屋根は鉄の骨組みと、
ガラスで彩光まで考えられた明るい場所。
それは温室の様にも見える。
置いてある物が植物であったのなら本当にそう思えたとおもう。
けれどその造られた巨大な室内空間にあるのは鉄とコンクリートの塊。
だというのに私達が降り立った場所には絨毯が張られ、
ロココ調に作られた高貴な芸術?を感じさせる、
一体どういったコンセプトで作られたのか、
解らない出来栄えに仕上げられてもいる。
工場にも貴族っぽさが必要だったのか?
どういった理由でこんな汚れやすそうな場所まで飾り立てたのか、
私には解らないけれど中途半端な装飾品がまた時代背景を狂わせる事に、
一役買っている様にも思えてくる。
新しい物の中に伝統を無理やり押し込んで整合性が取れなくなった、
畳の和室の中で座布団が敷いてあるのに、
椅子に座ってちょうどいい高さになる机を置いている。
みたいな感覚に近いかも知れない。
ちぐはぐなレイアウトになるのを承知で不釣り合いで必要のない、
芸術性のない物を置きまくった空間はやっぱり不思議に見える。
みたいな感じかな?
もちろん巨大工作機械と私達が降り立った空間の間には、
巨大なガラスが嵌められ忙しなく動き続ける向こう側では、
作業員が忙しなく作業を続けている。
ぐるりと景色を見渡していた間に貨車に積まれていた、
領都から運んできた叔父様の荷物は、
巨大なクレーンから降ろされたフックを荷物を積んだ貨車へと引っ掛けて、
荷物を下ろすのではなくその運んできた貨車丸ごと持ち上げて運び始めていた。
冷静に考えると動く物の大きさが明らかにおかしい。
クレーンによって動かされている物一個一個の大きさが小さな家ぐらいあり、
その大きさを見ていると私の大きさがとても小さくも感じられた。
自分が小人になった様な気分にもなってくる。
そんな不思議な思いを持ちつつ私は周囲を眺め続けていた。
けれど一緒にいたギネヴィアは動じていなかった。
もしかしなくても何度も叔父様と来ているのかもしれない。
けれど私の驚きなんてどこ吹く風。
一足先に降りたアルフィンはすぐさま私達をその建物にある一角、
たぶん貴族が使うように作られた部屋へと案内する。
「ではお嬢様方。
私は用件を終らせて来ますので、
その間はご自由にお仕事をなさっていてください」
そう言い残すと彼は去っていった。
それはまるで何か嫌な事めんどくさい事から逃げるみたいで…
いや、まさか?
そんなはずないわねよ?
用意された紅茶を飲みつつ私はギネヴィアの方をちょっとだけ…
チラリと確認する。
け、見学だけのはず…
ギネヴィアは既に覚悟していたのか落ち着いた物でニコニコしていた。
「今回はエルゼリアもいるから、楽させてもらうわよ?」
「へ?」
「だから、ご自由にお仕事をするのよ」
彼女はくいっと紅茶を飲み干すと、
パンパンと手を叩く。
その音を聞いていた壁際に待機していたメイドさんが扉を開けると、
そこにはカートに乗っていた紙の束。
明らかに未処理の書類の束と思われる物が…
台車3台分ほどの量が…
ガラガラと音を立てて部屋に運び込まれて来たのだった。
それは製造された物に関する重要な書類の数々。
日付と消費された物資。
そして製造品と出荷予定と進捗情報を断片的に表したメモの固まり。
つまり…
これは…
「さあ、この乱雑に積まれた書類の整理をしましょうか」
「…そう、そう言う事なのね?」
「そうなのよ。言ったでしょ?
書類からは逃げられないって。
お父様にアネス様とライセラス様。
彼らがこの工場の状態を理解できるようにするために、
この紙の束を整理して、
作っている物と、
作った物の内容を纏めるのがお仕事よ?
たぶん出来るのは私とエルゼリア。
それからお父様直系の弟子ぐらいしか出来ないでしょうね。
さぁ、始めましょうか?」
これは…
この作業は確かに私とギネヴィアとかにしか出来ないでしょう。
だって完成する物の正体を知っていなければ、
進捗状況はわからない。
完成したものがどう使われるか解っていなければ、
使いかたの説明も出来ない。
それは叔父様の見た未来を知る人間しか出来ない仕事だった。
長年ゼファード叔父様に教え込まれた未来を創造出来る者にしか、
出来ない仕事だった。
「ぎ、ギネヴィア?」
「お父様の代わりに行かされる事になって、
大変になる事は解っていたのに。
エルゼリア?
どうして行くなんて言ってしまったのかしら?
お父様にどういった相談をしたのか解らないけれど、
と言うか解っていたとしても答え合わせはしないけれどね。
アルフィンと旅行できるのは嬉しいけれど、ね?
アルフィンと一緒にいるって事は仕事も付いて来るのよね。
ふふっ。今回は、エルゼリアも手伝えるからって、
「かなり溜められた書類がある」
って、お父様に言われているのよ♡
さぁ、楽しい?書類仕事をしましょうね?」
な、ん、で、す、と?
こ、これは、嵌められた?
書類仕事を押し付けられた?!?!?!
「あの、えと、拒否権は?」
「あると思う?」
ないわよねぇ…。
つまり、
楽しい旅行をプレゼントされていた訳じゃなくて、
いやたぶん、最新の街を見て貰いたかったという気持ちも、
あるかもしれないけれどっ。
現地に溜められた書類をギネヴィアと処理させるために、
私はここに行くように促された?
も、もう少し、休んでいたかったなぁ…
運び込まれるのは書類の束だけではなく、
ご丁寧に二人で処理するための机と椅子も持ち込まれる。
そして広げられ整理を始めればそこはもはや、
貴族の優雅なお茶会をする空間ではなくて…
学園で経験し続けた大量に書類を裁くために作られた、
生徒会室と言う名の書類保管庫兼用の執務室状態。
一気にあの日々が脳裏に蘇り、私とギネヴィアの机には、
大量の紙の束が高々と積み上げられる。
私とギネヴィアはその書類を一枚一枚確認しながら…
お父様とお兄様に提出する書類を作成し始めるのだった。
書類仕事からは逃げられない…
早速その事を実感する日々が始まる。