本当に今回の事で…
私が出来る事ってないのよねぇ…
そう私は改めて思い知らされた。
悔しいとか利用されたとか、
心の片隅で思っていた事は多々あるのだけれど、
私がやっていた事は書類仕事であり、
現場で動く生徒達との調整だけだったのだ。
学園での出来事を割り切ったつもりでいて、
心配するのは領地の事ばかり。
その心配していた領地はお父様やお兄様の考えで、
何も問題のない状態になっている。
それでも何かと理由を付けて考えているのは、
何故と問われればそれはきっと…
悔しいのかもしれない。
結局、自分は領地にとっては何も役に立てない人だったって事が。
そしてその心配事を領地を変えてしまった叔父様に相談すれば、
帰ってくる言葉は自分の心配をしろって事で。
そしてあれよあれよという間に、
どういう訳か私はお使いを押し付けられる事になった。
今、私というか私とギネヴィアは鉄馬の特別列車に乗っている。
鉄馬が領地に出来て以来20年は経っている訳で.
叔父様渾身の移動手段な訳ですが、
20年も経てばそりゃ貴族様がいる世界なら、
特装車両の1編成や2編成は作られる。
細かい事はあまり聞かなかったけれど伯父様渾身の拘りを持った列車らしい。
それは寝台列車の様な物で…
一通りの生活を列車の中で行えるようになっていた。
もちろん使用人を何人も伴って移動する為、
一両では収まらず5両程度の車両を、
普通の列車の後ろに連結するか特装で用意した鉄馬に引かせて、
運行とはなるみたいだった。
たぶん動かすだけでも…
数百人単位の人間が駆り出される貴族の豪華さの極みの様な有様だった。
それでも車内に鳴り響く音はよく聞きなれた音で、
タタン、タタン。
一定のリズムでレールの上を走っている音が聞こえてくる。
豪華な調度品が揃えられた内装は「ザ・お貴族様」の列車と言った内容で、
何も考えなくたって、
お城の一部とかに使われそうな彫刻が施された仕様だった。
機能美を求める?叔父様の好きそうな内装ではないが、
こういった調度品が領内だけで作られる様になっている事からも、
芸術、美術が順調に育っている事も手に取る様にわかってしまう。
列車の様な揺れる事が前提の場所に設置するものだ。
安全を考慮すれば机や椅子などはもちろん角を取って、
丸くする事を求められるしその丸まり方一つとってもの、
どれだけの曲線で作れば家具のバランスを崩すことなく、
美的にも美しい物が作れるのかを考慮しなければいけない。
貴賓室の様に整えられた室内に始まり乗り込む場所も、
専用に作られた場所だったからお兄様夫妻が、
出掛けるのに良く使われているんだろうなとは思う。
革張りで作られ金属で装飾を施された椅子一つとっても、
この空間専用に誂えた物で、
その造りの良さと列車の揺れに対しても動かないしっかりとした据え付け。
きっと出掛ける時もこの空間で、
書類仕事をお兄様夫妻は続けているんだろうなぁ。
なんて思ってしまうほどだった。
とはいえ私とギネヴィアの旅路に今の所書類仕事は無いのだ。
その豪華に仕立てあがられた空間と窓の外に流れる景色を、
満喫しつつお使いと言う名の旅行を楽しむ事になる。
お使いの向かう先は鉄馬を延長した先。
終点?に作られた漁港に作られた造船場に新しい部品を届ける事。
もちろん本来は叔父様が造船場に持っていて、
何かを確認したりと色々な事を行う手はずになっていた。
けれどべったりと張り付いたアリア叔母様との予定を優先すると、
突然告げたゼファード叔父様。
「あ、そうだ。
アリアと領都に出来た新しい店に行くことにするよ。
うんそれが良い。
造船所にはギネヴィアに行って貰う事にしよう。
だからエルゼリアも一緒に行くと良いよ。
久しぶりに新鮮な海産物が食べられると思えば行く価値はあるよ。
決定ね。予定はギネヴィアと君に任せるよ」
「え?お、伯父様?
それは色々と不味いんじゃ…?」
「ん、ああ、そうだね。
じゃあ私の代わりはアルフィンにやらせよう。
彼を連れて行くと良い。
ギネヴィアも喜ぶだろうし丁度良いね」
そんな訳で相談事のお返しが小旅行に行く事になってしまったのである。
ギネヴィアと私それからアルフィンを中心にお付きの使用人達を連れて、
新しい街に物を届ける仕事をこなす事になった。
とはいえ仕事と言える事はゼファード叔父様の弟子である、
アルフィン・アズワードという私達より3つほど年上の彼が、
全て準備してくれるし私達はついて行くだけだった。
そのアルフィンは列車に乗っても私達と一緒にお茶をしたりとかしなかった。
隣の部屋で伯父様から託された設計図と部品を片手に、
納入先の造船所の職員と詳しい打ち合わせを続けていた。
ギネヴィアと向かい合って座りメイドが入れてくれた、
コーヒー?を飲みながら私は呟く。
「恋か…」
叔父様に言われて私はもう一度これからの身の振り方を、
考えておかなくちゃいけないとしみじみ思い始めていた。
婚約破棄されて惨めな未来が待っていると思っていたから、
色々と準備をしてそして苦難が待っている未来に備える。
そう思って物心つくころから絶望する将来に悩み嫌いであっても、
ボルフォード家との繋がりを考えなくてはと、
自分に言い聞かせていた時期もある。
あのころからギネヴィアとは一緒で、
彼女は私の良き理解者でもあり友達であり親友だった。
だから彼女がいなくなるという事は考えた事もなかった。
「いつまでもギネヴィアが一人でいると思わないでほしいかな」
叔父様が言ったギネヴィアの事。
「あら?エルゼリアあなたも、
そろそろまともな相手を探す気になったの?」
「まともって…、そうね。カーディルみたいな、
頭の足りない人じゃなくて、まともに会話を出来る相手なら、
誰でも良いかも知れないわ…」
比較相手がアレなのでどうしても新しい人はまともな人が良い。
という評価の低い状態になっていた。
確かに早く見つけなけりゃいけないとは思うのだけれど、
それ以上に今の私の相手ってどう見つけたら良いのか…
せめでファルスティン家の役に立つ相手である事が望ましいけれど、
今のファルスティンに役立つ相手ってどんな人がいるのか?
私には想像つかなくなっていた。
貴族的な繋がりよりも技術的な繋がりの方が良いのかもしれない。
「楽しいわね。今の貴女なら選び放題じゃない?」
クスクスと笑いながら答えてくれるギネヴィア。
そういった辺りの反応は年相応の反応なのだけれど。
ギネヴィアだって他人事じゃない。
私と同じで学園では書類仕事に追われて相手を見つけられなかったのだ。
ちょっとくらい焦っていても良いんじゃないかなって私は思っていた。
ん?いや、ちょっと待って。
もしかして?もうギネヴィアには相手がいるのかしら?
「ねぇ、ギネヴィア?貴女もしかして私に隠して、
婚約者とかいたりするの?」
「へ?何を言っているの?私の相手なんて、
お父様が決めているに決まっているでしょう?」
「そう、なの?」
「ええ。もちろん。
だってお父様にお母さまがいた様に、
私にはアルフィンがずっとそばにいたのよ?
それってどういう意味か解るでしょう?」
愚問だった。
そうだ。
そうだった。
アルフィン・アズワードは何時だってギネヴィアの傍にいた。
それこそギネヴィアが物心つくころから。
私達が遊んでいる時でも付かず離れずの距離で傍にいるのだ。
叔父様と叔母様の関係を普通と考えているギネヴィアは、
何も言われなくたってアルフィンが相手だと思っているだろう。
既にお互いいる事を普通と考えて当然と思っている辺り、
お似合いの二人ではある。
叔父様に教育されギネヴィアとほとんど一緒に生活してきたのだ。
正にアリア叔母様と同じ。
それをどうこう言うつもりはないけれど、
なんだかちょっと悔しい気持ちになる。
なのでちょっと意地悪な質問をしてみる事にする。
「確かに言われればそうだけれど、
アルフィン以外の選択肢だってあると思うわよ?
自分で言うのもなんだけど。
ほら男性は心変わりするし?」
それでもギネヴィアは乱れない。
クスクスと笑いながら私に返答してくれる。
と言うよりも、
「でもねぇ…あまりに一緒にいすぎたせいで、
他の人と喋ってもアルフィンと比べてココがだめ。
アルフィンならこんな事絶対しない。
アルフィン以外の人に体を許すの?
みたいな…
私の男性の基準がアルフィンなのよ。
学園の時何度か私も声を掛けられたけれど、
結局アルフィン以上の男がいの無かったのよねぇ。
んー、最初に会った人が最高の人だっただけって思うと、
それ以上に一緒にいて気楽になれる人は、
アルフィン以上の人はいなかったし。
一緒にしても楽しくなかったし。
なにより話が合わないのよ。
誰と話しても。
私のしたい話に付き合えるのはアルフィンだけだもの」
それは盛大にあまーい惚気だった。
聞いていて耳が甘くなるくらいの。
「苦いコーヒーで良かったわ。
今、物凄く貴方達の事を正しく理解したわ。
羨ましいと思うもの」
「あら?褒めてくれたのよね?
お世辞でもありがとうと言っておくわ」
既に決まった相手がいるから出来る余裕を、
私は見せつけられているみたいで、
なんだか大切な親友が、
遠くへ行ってしまうかのような気分に浸っていたのだった。
叔父様の教育のたまものか私と普通に話すギネヴィアは、
もちろん貴族社会の常識に染まり切った考えの持つ人間とは、
微妙に相性が悪いのだ。
だからきっと叔父様も、
お爺様が叔父様にした事と同じ事をしたのだと思う。
幼馴染は強いなぁって思って。
同時にアルフィンは?どう思っているのかとも考えてしまった。
私がカーディルに嫌われた様にギネヴィア以外の誰かを愛していたりとか…
うん。
明らかにヤバい考えだけれど。
そんな恋愛事情の会話を続けていれば、
仕事が片付いたのか隣の部屋からアルフィンが戻ってくる。
部屋に戻ってくた彼はごく自然にギネヴィアを椅子から立たせると、
その椅子に自分が座った。
もちろんその後、自分の膝の上にギネヴィアを乗せる。
…それは明らかにアリア叔母様の機嫌を取るためにゼファード叔父様がする、
親愛表現の一種。
腰に手を回してしっかりと抱きかかえれば、
ギネヴィアはアルフィンに寄りかかる形となった。
甘いなぁ。
甘すぎて目が痛いなぁ。
そしてその状態から何をするまでもなく、
自分が飲んでいたコーヒーをアルフィンに飲ませた。
そして私達の会話は続けられる。
ちょっとした意地悪の質問のお返しは、
とっても甘い二人の関係を見せつけられるという、
反撃を受ける事となったのだった。
それからアルフィンは予定を教えてくれる。
予定通りであれば鉄馬が目的地に到着するのは明日の朝ぐらいとの事で、
ほぼ一昼夜ノンストップでこの鉄馬は止まる事無く走り続けるそうだ。
車窓に写る景色は大きな山を超えた先。
永遠に続くかとも思える穀倉地帯を通りぬけ、
まだ開発の手が入っていない原生林地帯へと入っていた。
叔父様は何をどうやってこの先に海がある事を見つけたのか?
私には解らないけれど半日近く走り続けた先には、
まだまだ手付かずのエリアが連なっている事からも、
これからファルスティンが
発達していくスペースはあり続ける事だけは確かで。
両側には頑丈そうなフェンスが設けられ、
外敵が線路に侵入することを阻む様な物が作られている辺り、
まだまだ「冒険」をする場所すら残っていそうな未開の地が続いていく。
そして周りが暗くなっても鉄馬は走り続けた。
その原生林の先、唐突森林が終わりを告げ日が昇り始めるころ、
視界に飛び込んできたのは潮の香りを漂わせる広大な海だった。
二つの張り出した半島の内海に作られた穏やかな空間に一大造船地帯と漁港。
そしてそれら産業を支えるべく、広がり続ける町が広がりつつあった。
明らかに区画整備された地区に並び立つ、
どう考えても中世ヨーロッパの町とは思えない。
鉄とコンクリートで作られた町だった。
どうやって作ったのか解らないほど高い煙突からは
モクモクと黒煙が吐き出され、
重工業の発達の証と共に町全体に活気を与えるかの如く、
産業の発達を否応なしに私に見せつけて来ていた。
車窓から見える造船用のドックには見たくないが見えてしまう、
氷山にぶつかって沈没しそうなデザインの船の建造が進められている。
既に木造船の時代は終わりを告げようとしているのかもしれない。
一応、王国の一領主であり外交的な事は出来ない筈ではなるが…
一体何処までこの町は大きくなっているのか、
私には想像がつかなくなって来ていた。
鉄馬に揺られて一昼夜走り続けた結果だ。
たぶん王国の端から端まで相当の距離は移動していると思う。
その鉄路を作り上げた叔父様も異常だが、
この離れた所にここまで人を送り込み、
立派な町としてしまった、
お父様とお兄様の領地の拡大意欲には脱帽するしかなかった。
確かにリリーが言っていた
5年先まで建設の予定が埋まっているというのも頷ける。
きっと5年後には、
また5年先の予定が埋まっていると叔父様は言うのだろう。
果てしなく拡大を続けるファルスティン領。
造船ドックに見える氷山にぶつかって沈没しそうな船が完成した時、
あの船が向かう先は何処なのだろうかと、
叔父様に聞いてみたくて仕方が無くなるのだった。
きっと…
「新大陸を発見するんだよ?そのための船だもの」
とか言うんだろうなぁ。
私はいっそのこと船を一隻貰って冒険者(笑)になるのも、
選択肢としてアリなんじゃないかなぁなんて考え始めていた。