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第10話

ふと自分の体の事を思って考えると、

これからボルフォード家の公爵夫人となるソフィアさんの事を思い出す。

彼女はあのボルフォード家が与えてくる着用者の事を考えていない、

ドレスを身に着けるのだろうかと。

まぁ無理にでも着せられるのだろうなと私は思い直した。

だってボルフォード家の主産業である高級衣類産業のトップセールスは、

公爵夫人の仕事。

美しく立ち振る舞い皆が欲しいと思えるドレスを着続けるのだ。

いわゆるドレスのモデル業なんかをしなくちゃいけない。

公爵夫人の立ち振る舞いはそのまま領内の産業の繁盛と成功に直結する。

その一番の広告塔のスタイルが悪いなんて事は許されないのだ。

次期当主カーディルの我儘で婚約者として納まったソフィアさんの体って、

言っては何だけどごくごく平凡な形なのだ。

まあゲームのヒロインとして言うなら、

ごくごく普通の女の子とシンデレラストーリーなのだから、

プレイヤーの分身でもあるヒロインがスタイル抜群グラマラスボディなんて、

絶対許されない。

それって色々な物を着なきゃいけないモデルとしては地獄な気がする。

細い物を太くするなら何かを挟み込めば良いけれど、

太い物を細くするのは至難の業なのよね。

強制ダイエットと体系補正用の器具を身に着けて、

辛い生活が始まるんだろうなぁ。

少なくともボルフォード領の公爵家服飾担当の人は、

私の3年間で歪みまくった歪な体型に合わせてドレスを作っているだろうから…

確実に大変な事になるわね…



身に着ける衣類一つとっても大きな歪みと影響が出るのだ。

家同士の繋がりを考えながら決められた婚約を、

簡単に破棄する事なんて本当は出来ないのだ。

それでもボルフォード家は実行した。

弱小の伯爵家令嬢なんていてもいなくても同じたという事で。

でも私は黙って婚約制服を着続けた3年間の努力はヒロインの

嬉しい新婚生活に着る物がないと、騒ぐことになるんじゃないかな?

それで体型を補正する努力を始めれば良いけれど。

ドレスの広告塔としての役目から解放する事だけは、

許さないと思うけれど、

ボルフォード家の誇りと伝統を守らないといけないでしょうから。

愛し合う二人の関係だけじゃ済まない「伝統」だからね。

愛しいソフィアさんにカーディルは、

苦しい矯正具生活を送ってくれって言えるのかな?

ちょっと聞いてみたい気がする。


でもソフィアさんが嫌がる事は普通は出来ない。

一応腐っても伯爵令嬢だった私があの苦しい制服を着ていたのに、

その下の男爵位しか持たない家の令嬢が着ないなんて…

まさかね?

それとも乙女ゲームの世界だから苦しい事は許されるのかな?

どっちになっても一度でいいから、

ソフィアさんのドレス姿は見たい気がする。



楽なドレス姿になった私は特に予定も入っていないので、

1人で遅めの朝食を取った後、

城に設置された蔵書の確認をしに書斎へと足を向ける事にした。

お兄さま夫婦とお母さまはもちろん書類仕事に忙殺されている。

3人の執務室付近には鬼のように書類を持った人が並んでいて、

受領印・確認印の順番待ちをしていた。

…うん。

見なかった事にしよう。

私は昨日領内に帰って来たばかり。

少し休憩も必要だし領内の状況も確認したいしね。

足取りも軽く歩き始める私の後ろをリリーが付いて来る。

そして気付いてしまった。


「エルゼリア様どちらへ向かわれるのですか?」

「えと、書斎に行きたいの」

「ご案内いたします」


その、なんだ。

自分の部屋の大きさと置いてあるものがほとんど変わっていないから、

部屋から出て歩き始めても昔の屋敷の様な気分でいた。

もう部屋の外はまったく違う作りになっていて…

信じられないほど広くなっているという事を忘れていたのだった。

私は当分リリーの後ろをついて歩く事になりそうだった。

向かった先の書斎でもその大きさに圧倒される事になった。


「これ、は…」

「お屋敷が広くなるタイミングに合わせて、

収集・管理する書籍が大量に増やされました。

ほとんどはゼファード様のお書きになられた、

技術書ですが、一部、領都ではやり出した物語等もあります。

もちろんファルスティン家の書斎ですので、

ご家族と親類。それからごく一部の使用人しか、

足を踏みいれる事は許されません。

なので極秘資料も多々置かれる事になりました」


リリーの説明の先開かれた扉の先には大量に並んだ本棚と、

綺麗に製本された本が大量に並んでいる。

蔵書の量だけで内容を気にしないのであれば、

たぶん学園近くにあった国営の図書館よりも規模は大きくなって見える。


「すごいわね…」

「はい、特にゼファード様関連の書籍が大量に増えました。

バルダー家の資料庫がいっぱいになってしまったらしく、

アリア様がおまとめになられた資料の保管場所に困っていたらしく、

急遽、此方に保管される事になったようです」


学は力なりを地でいく素晴らしい資料庫がそこにあった。

試しに一冊手に取って中をのぞいてみる。

その中にはゼファード伯父様がお作りになれた機械の部品の詳細と、

作り方が書かれていた。

つまりこの本を持っていけば叔父様の機械を作る方法が解る。

機械の完全なマニュアルだったのだ。

アリア叔母様の綺麗な文字と絵が美しく描かれていた。


描かれていたのだが私が今日ここに来たのは、

領内の発展具合を知りたいからであって、

機械の作り方を調べに来た訳じゃないのだ。


「えっと、広報誌の様な物はあるかしら」

「はい。御座います。

直ぐにお持ちしますので奥のテーブルでお待ちください」


リリーはもちろんその事を私の考えを理解してくれている。

だから私を書斎の奥の窓際に用意された席へと向かうように促した。

彼女はすぐさま私の読みたいであろう領都のニュースをまとめた、

本を持ってきてくれる。


「こちらです」

「ありがとう」


早速ページをめくるとそこにはここ4~5年で出来上がった、

文屋と呼ばれる文書を書く事を生業とした情報屋が集めた、

出来事がまとめられたいわゆるニュース雑誌の様な記事が書かれていた。

私と同じ世代より少し年上から領内の識字率は急速に上昇している。

それはゼファード叔父様の作った機械のマニュアルを読めなければ、

仕事にならないからというのもあるが、

娯楽としての一面も出始めているという証拠でもあった。

記事は大げさに誇張しながら面白おかしく書かれている。

それは一種のエンターテイメントであり、

少しずつだけれど文化も発展してきている。

本は次代の者に知識と経験を残す。

途絶える事のない蓄積されたより高度な文化を築けるようになるだろう。


「新しく販売された著者の体験談を書いた本は面白い様で、

飛ぶように売れているそうです」

「そう、それは嬉しい事ね」


知的産業が領都で芽吹いた。

それは3次産業が出来つつあるという事で、

豊かになっている事の証明でもあった。

王都にしか存在しない貴族しか見る事のなかった、

オペラや楽団員による音楽鑑賞等も近いうちに、

始まるかも知れない。

私はそれが嬉しくて仕方なかった。


ファルスティン領は次の成長段階に入っているって実感していた。

それは領内の産業の変化を意味し、

新しい物に新しい価値が生まれていく瞬間だった。


ファルスティン領内は次の時代へと入った。

産業革命が起きて限定的ではあるが、

物の価値が変動し始めている。

まずは食料。

次は衣服。

そして最後に住居。

人として必要な最低限の衣食住が揃い娯楽が生まれれば、

領内の経済は加速度的に回っていく。

内需だけで完結した経済圏が出来上がってしまう。

そこに王国の影響は見えてこない。


ファルスティンはこの時、王国と同じ立場を手に入れていたのだった。




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