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第9話

「おはようございます。エルゼリア様」

「ああ。おはよう。

そうか、そうよね...

もう学園じゃないのよね」

「はいその通りでございます。

ですので本日より、お召替えのお手伝いをさせて戴きます」

「…よろしくね」

「はい」


自由にお湯が使えてお風呂に入れるという嬉しさから、

昨晩は長風呂をして十分にリラックスして眠る事が出来た。

そのお陰でいつもより深い眠りについていたと思う。

もちろん婚約破棄されて公爵家に嫁ぐことが無くなったという事と、

実家の自分の部屋に戻ってきた事による安心感。

そして見知った人達しかいないから気を使う必要もない事が、

私を解放的な気分にさせていたと思う。

けれど起きるのは何時もと同じ位の時間。

それは生活リズムを徹底的に管理される学生寮での生活の名残であり、

私を起しに来るリリーにとっては嬉しい事だと思う。

寝ぼけて変な事を言う心配もないからね。



学園生活の時は伯爵令嬢として相応しい立ち振る舞いと、

名家であるボルフィード家へ嫁ぐことを決められた立場だったから、

それにふさわしい姿をしろとボルフォード家に代々伝わる、

学生用の制服を婚約者として身に着ける事を強要されていた。

それはボルフォード家の婚約者としての証であり、

その制服を着用した生徒はボルフォード家が守る大切な人なのだと、

対外的にアピールするために着せられる物だった。


のだが結局の所それは次期当主であるカーディルに、

大切にされて初めて意味のある格好になると言えるのだ。

学園の方針状複雑な血縁関係や婚約者同士のトラブルを避ける為、

女子生徒には嫁ぎ先から提供される伝統の婚約指輪ならぬ、

婚約制服が送られる事になっていた。

その婚約制服を拒む事は許されない訳で…


ゲーム上で学園で制服があるにも関わらず、

ヒロインのライバルとなる令嬢達が着ている特徴的な制服の理由は、

そういった形で学園内で認可され特別な物の着用を許可されていのだ。

愛し合う二人で「愛されて」「大切にされている」証として身に着けるのなら、

きっと嬉しい物となると思う。


けど私に与えられたボルフォード家の婚約者としての証の制服は、

そういった物じゃなかった。


用意するのはボルフォード家。

もちろんカーディルは私の着ている制服の意味すら理解していない有様で、

入学式で


「なんだそのセンスのない格好は?俺の婚約者なら、

もう少し格好にも気を遣ったらどうなのだ?

当家の色をこんな形で使うとは、お前の媚び諂いっぷりにも、

拍車がかかってきているな」


お宅の実家が私にこれを着ろと送って来たんだが?

破れても汚しても大丈夫な様になん十着も寮のクローゼットの中に、

これでもかと言う位用意されたんだが?

自分の家のセンスの無さを私のせいにするな!と叫びたくなった。

けれどまだ入学式だ。

3年間で私達の関係もどうなるか解らないから、


「申し訳ございません。

けれど、わたくしの制服はこれしかありません。

ご容赦くださいませ」

「まったく…これからはもう少し嫁ぎ先の家の事も考えで行動しろ」

「はい」


とっても腹立たしいお言葉を戴いたのだった。

そのデザインは普通の制服をベースにボルフォード家の色である、

赤をふんだんに取り入れた派手なドレスもどきだった。

気品溢れるデザイン…と言えばまあ口触りは良いと思うけど実際、


ー高貴な女性は肌を晒さないー


美しい体を何時でも愛しの婚約者様に捧げる為といった理由で、

私の制服にはコルセットや体の形を整える無数の矯正具の様な物が、

仕込まれた着用者の事を一切考えていない苦しい物だった。

理想の公爵夫人の形を作る為の型が仕込まれた制服。

それが表現としては正しいかも知れない。

普通の生徒なら泣いて逃げ出すスペシャル仕様。

異常な括れを見せる腰回りに踝までかる長いスカート。

内側に着込むように身に着けさせられるベストの形をした矯正具のお陰で、

撫で肩を強要され腕を上げる事もままならない。

入学前からコルセットで腰を括れさせる準備をしておかなかったら、

着る事すら許されない。それはそれは苦痛あふれる素敵な制服だった訳だ。

動けない・苦しい・痛いと、3拍子揃った制服でも、

婚約者なのだから着ない訳にはいかない。

成長する体を抑え込めるように頑丈に作られた制服を毎日、

ボルフォード家のメイドがしっかり身に着けているのかを、

寮の入口まで確認しに来るから着崩す事も許されない。

悪夢の様な苦しい制服生活を3年間耐えきった。


式典ともなればその制服に取り受けるように、

中に着込むベストが豪華な光物が縫い付けられた重ね着用の2枚に追加され、

一段と長いスカートやそのスカートを広げるパニエなんかも用意されていた。

高すぎるヒールを穿かされ、

カーディルとの身長差を丁度良く見せる為の物まである始末。

未来の公爵夫人としてカーディルに尽くすための制服がそこにはあった。

そういった意味ではファルスティンで用意した制服を着ていた、

ギネヴィアが羨ましくて仕方がない。


私の異常な括れ方をしている腰を見て、

コレ本当に着ているの?どうやって細くしているの?

って感じの表情が忘れられない。


もちろん卒業パーティーで婚約破棄をされ学生寮に戻った時、

すぐさま王都のファルスティン家別宅から、

何でもいいから着る物を持ってきてと頼んだのは英断としか言えなかった。

婚約が続くなら学園卒業後の予定はボルフォード公爵家へ連れて行かれ、

花嫁修業と言う名の躾が待っている。

それが終われば結婚式を挙げて私はボルフォードの人間となり、

生涯をその土地で生きる事になっていた。

まぁ考えるまでもなくて、

ひっどい人生を送る事になっていたんだろうなぁ。

なんて今更ながら思い出していた。


そう。

そうなのだ。

そんな事を思い出してしまうぐらいに、

リリーの持ってきてくれた着替えは嬉しいファルスティン製のドレスだ。

体をドレスに合わせるんじゃなくてドレスを体に合わせる事が出来る、

調整機能付のドレス。

毎朝力いっぱいコルセットを締め上げて苦しい胸当てを付けてって、

作業が無くなっただけでも嬉しいったらありゃしない。

けど…


「え、エルザリア様?そのお体は…」

「うん、まあ3年間歪な制服を着続けたから仕方ないわね…」


ベッドから起き上がってテキトーに着ていたネグリジェを脱げば、

姿見の中に写る私の体は歪みまくっていた。

腰はおかしな程括れ撫で肩を強要され過ぎて肩は撓んでいる。

そして細い足を作る為に嵌められていた矯正具のお陰で、

不自然なほど太腿も細くなっていた。

そうドレスを着て初めて美しい体と見られる様にする姿は、

ドレスを脱げば歪にゆがんだ気持ち悪いと、

表現できる体付きとなっていた。

もちろんそう思えるのはファルスティンのメイド達だけだろう。

私ほど酷くはないが婚約制服は大なり小なりその家に相応し夫人を、

用意する為の物なのだから。

それでもここまで私の体を歪ませたボルフォード家は、

面白がってきつくしていたのかもしれないけれど。

そこには辺境の伯爵家の娘なんて碌な体付きをしていないと、

私の体のサイズを制服を作る時に送ったのだが、

面白おかしく弄くって用意していたのが明白だった。

制服と呼ぶには苦しくてドレスと言ってしまった方が良いデザイン。

それを一学生に着せ続け着替えも大量に用意する辺り、

ボルフォード領で花嫁修業を始めたら碌でもないドレスを、

着せられた事だけは確かだろうね。


「お手伝い…しますね…」

「ええ。よろしくね」


私は動揺したリリーに気付かないふりをしながら、

着替えを進めていった。

息が出来ないほど苦しいコルセットもなく柔らかく私を包んでくれる、

ファルスティンのドレスはデザイン的にもごてごてした作りではなく、

私の年齢に合わせたシンプルな物。

社交界とかで着飾らなきゃいけない場所に行ける格好ではないけれど、

誰の介助もなく何処へでも歩いて行けるドレスは嬉しい物だった。

本音を言えばドレスよりも動きやすいメイド服を着たい位だけれど、

それは立場的に許されない事は理解できているし、

駄々をこねるつもりもない。

私はそのまま朝の準備を終えるとそれなりのドレス姿へとなっていた。

体の歪みを隠すために軽くクッションを詰めたりしたけれど普通のドレス姿だ。

やっぱりリリーは良い美的感覚を持っている。

ただ着ただけなら、形が崩れて、とんでもない形になっていたかもって、

思ってしまう。



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