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第64話 奇妙なお茶会

 観葉植物がところ狭しと置かれているおかげで、頬に葉が当たる。

 フロイが滞在する離宮一階のゲストルームは、今日も異様な光景に包まれていた。

 今回のテーマは『森』らしい。

 ぬいぐるみなどの愛らしい装飾はないけれど、とにかく緑の密度が濃い。

 しかも今回リティスが着ているドレスは、奇しくも若草色。完全なる保護色。もはや浮いているといった懸念からは次元を超えて、擬態しはじめている。

「毎回ここまで徹底する必要が、本当にあるのでしょうか……?」

 前回は海、前々回は童話。多忙な交流会の合間に、よく色々なテーマが思い付く。

 リティスが投げかけた虚ろな問いに、フロイは笑顔で答える。

「もちろん。やるからには徹底的にやった方が面白いですから」

 森というテーマだからか、彼も深紅色のジャケットに、若葉色のベストを合わせていた。ふくろうのモチーフのタイピンもセンスが光る。

 一方、シマラは藍色の衣装をまとっていた。

 彼女が身に付けているのはレーデバルト連邦の伝統的な刺繍が施されたもので、少なくともリティスのように切ない仕上がりとはなっていない。むしろ、森を統べる女王といった貫禄すらある。

「毎回、よくぞここまで演出できますね……」

「ルードベルク王国の使用人達は、みな遊び心がある方ばかりです。私がうまく説明できない時も、見事に表現してくれるのです」

「ただ集まってお茶を飲んでいるだけなのに、この凝りよう……」

 国民の税金の使い途として、果たして正しいのだろうか。遊びにかまけているようで心底申し訳ない。

 そう。リティス達は捜査をしていない。

 交流会の日程終了まで、もう十日を切っている。

 それなのに指輪を探すこともなく、のんびりとお茶会をしている。しかも頻繁に。

 第三者——特に犯人からすると、とても奇妙な行為として映っていることだろう。

 犯人の目を欺くためとはいえ、全く捜査をしないというのも、ある理由があった。

 フロイがティーカップを置き、肩をすくめながら嘆息する。

「まぁ、私達にできることといえば、話し合うことしかないですからね。——リティス様もシマラ様も、既にお気付きでしょう?」

 これまで緩慢にお茶会を行ってきたフロイが、ついに核心に触れた。

 それに合わせて対応をしていたリティスもシマラも、表情を引き締める。

 どこかに落としたという可能性が消えた以上、指輪を盗んだ犯人は確かにいる。

 そしてシマラが湯浴みの時と就寝時以外は装着している指輪を奪うとなると、犯行は極めて難しい。警備の厳重さもある。

 そうなってくると、疑いは自然と絞れるもので……。

「……問題は、犯人を探し出すことではないと思います。この事態にどのような対応を見せるのか——それが、重要になってくるかと思います」

 明言は避けつつ、リティスも意見を口にする。

 今回の事件の裏にある思惑を考えれば考えるほど……その矛先は、リティスに向いているように感じるのだ。

 動機は何か。そこに悪意はあるのか。

 リティスも最近、そんなことばかりを考えている。

 フロイの視線がシマラへと移った。

「やはり問題は、なぜそのようなことをしたのか、という点でしょうね。シマラ様はどう思われますか?」

 無表情で、森の女王然とした居住まいをたたえているシマラは、一向に答える気配がない。人間と会話をするつもりのない、まさに孤高の女王といった風格だ。

 ゲストルームに沈黙が流れる。気まずいことこの上ない。

 シマラがいつまで経っても質問に答えないので、微妙な空気を払拭するため動いたのはリティスだった。気弱な性格上耐えられず、動かざるを得なかったとも言える。

「そ、そういえば、このほうじ茶というものはとてもおいしいですね」

 困った時は、話題を変えてしまうに限る。

 リティスは、当たり障りのない飲みものの感想を選んだ。

 実際、ほうじ茶は口に合った。

 お茶会四度目にして初めて挑戦してみたが、こんなにおいしいとは思わなかった。

 ウルジエ共和国やレーデバルト連邦では緑茶と並んで親しまれているらしいが、それも頷ける。癖がないのでどんな料理にも合いそうだ。

「紅茶ほど苦みもなく、香ばしくて、子どもでも飲みやすい味わいです」

「お口に合ったのなら何よりです。ほうじ茶は砂糖を入れずに飲むのが一般的なので、紅茶を好む方々には受けが悪いと思っておりました」

「私は紅茶にミルクしか入れないので、それで馴染みやすかったのでしょうか? けれど、試してみれば誰でも飲めると思いますよ」

「砂糖もミルクも、決して合わないわけではないですがね。確かレーデバルト連邦では、ほうじ茶を使った甘味がありますから。——そうですよね、シマラ様?」

 フロイが再度シマラへと水を向ける。

 それでもやはり返事はなく、また気まずい時間がやって来る。

 この微妙なやり取りは、お茶会の度に行われている。

 フロイは毎回果敢に攻め、シマラが無慈悲な沈黙を返す。当事者ではないリティスが一番気を遣っている謎。

 ——さっきの質問は、指輪を盗んだ犯人に関するものだったから、シマラ様の反応も理解できるけれど……。

 ほうじ茶の話題に移っても、鉄壁の防御を崩さないシマラ。

 いや、もはや話題は関係ないのかもしれない。

 各国の特産品の話になった時も、家族構成という個人的な話題に踏み込んだ時も。

 リティスの質問には応じるのに、フロイの方は一切見ない。存在そのものを意識から締め出しているかのようだった。

 ——なぜここまで……?

 好きすぎるにしても、このままではフロイから嫌われてしまうのではないかと心配になってくる。

 それでもシマラに積極的に話しかけるフロイの鋼の心臓は、驚嘆に値した。

「シマラ様は甘いものに詳しいですよね。やはりお好きだからでしょうか?」

「……」

「そうですよね。私もいつかほうじ茶を使った菓子というものを食べてみたいです」

「……」

「香ばしくて甘すぎないなら、さっぱりと食べられそうですね。それは楽しみだ」

 ……しかも謎に会話が成立しているから、リティスはますます気まずくなるのだ。

 無言であっても意思の疎通ができる辺り、むしろ熟年夫婦のようですらある。

 ここまでシマラと分かり合えているのだから、フロイの方も何かしらの感情を抱いていておかしくない。可能性は十分にあるはずだ。

 決して言葉にはしないけれど、確かに思いは通じ合っている。リティスの勘はそう告げていた。

 ——だからこそじれったい……! もういっそのこと、お付き合いをはじめてしまえばいいのに……!!

 だが真面目な彼らは、今は指輪紛失にまつわる全てを優先すべきとでも思っているのだろう。互いの思いは後回しで構わないと。

 リティスの頭の中に、両片思いじれじれカップルと化した二人のめくるめく物語が繰り広げられていく。

 もちろんクルシュナー男爵家の長女の影響であり、完全なる想像である。

 生活拠点が別々の国にある二人は、交流会という機会でもない限り、滅多に顔を合わせないという。

 ——そんなのもう、すれ違い要素まで入ってきているのでは……!?

 ここは、リティスが手助けをすべきところではないだろうか。

 そう、恋愛小説に出てくるお節介な隣家のおばさんや、情報通で頼りになる同級生のように。

 本来ならリティスは、指輪紛失のことだけを考えなければならないのだろう。

 けれど、せっかく仲よくなれた二人が、思いを封じているために心から笑えないなんて、嫌だ。放っておけない。

 ——指輪がどこにあるのかは……大体見当がついていることだし。

 これも一人ひとりに合わせたおもてなし……つまり歓待役の仕事の一環、ということにしておこう。

 ——私、必ず成し遂げてみせますね、アイザック様……!!

 相変わらず一方的にも見える会話を繰り広げているシマラ達を眺めながら、リティスは決意を新たにした。二人の恋の応援に夢中すぎて、結構早い段階でアイザックは関係がなくなっている。

 指輪探しよりつい熱が入ってしまうのもまた、どこかの恋愛小説好きのせいだった……。






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