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第44話 同盟国について

 今日は同盟国の歴史や産業などを勉強するため、専門の教師が招聘されていた。

 交流会で同盟国をもてなすからには軽率な発言は許されないし、国同士で違うマナーに関しての知識も重要になってくる。リティスは国同士の関係がより緊密になるよう、他国の文化も学んでいかねばならない。

「学術院から参りました、オーリアと申します。本日はよろしくお願いいたします」

「オーリア様、丁寧にありがとうございます。リティス・ディミトリと申します。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」

 白髪の好々爺然とした教師に、リティスは丁寧に頭を下げる。

 教師は、ルードベルグ王国とその周辺国が緻密に描き込まれた地図を持参してくれた。

 地図はとても貴重なものだ。海の向こうのカルタゴンまで僅かに描かれており、国同士の大きさや距離感が非常に分かりやすくなった。それだけでも、リティスにとっては大きな収穫だった。

「ではまず、王国の東隣に位置するウルジエ共和国からご説明させていただきます」

 リティスは頷いてから地図を覗き込む。

 東隣のウルジエ共和国は、思っていたより小さな国だった。単純に面積だけでいうと、ルードベルグ王国の半分ほどだろうか。

「隣国との間には、大きな山があるのですよね?」

「おっしゃる通りにございます。この地図は、平地は緑色、高地は茶色で示されております。標高が高いほど濃い茶色となっておりますゆえ、どれほどの規模の山脈が連なっているのか、これを見ればお分かりいただけるかと」

 オーリアの言う通り、付近一帯では最も大規模で濃い茶色の連なりを確認できる。

 この山脈のせいもあり、三十六年前にカルタゴンからの侵略行為が起こるまで、両国間の交流はそれほど盛んではなかった。

「小規模国家に思われますが、我が国に比べ多様な人種が暮らしております。ルードベルグ王国と祖先を同じくする人種は三割にも満たないとも言われ、独自の文化があって非常に興味深い国です。たとえば、ウルジエ共和国は君主制を用いておりません」

 多様な文化を内包するため、どこか一つの民族を代表と決めればいらぬ軋轢を生む。

その血族が最も高貴とされ、連綿と続いていくとなると、なおさら反発が強くなるだろう。そこでウルジエ共和国が採用したのは、選挙制だ。

 国民に投票で選ばれた者が酋長となり、議会と共に国家を運営していく。

 酋長が引退する場合、当代の血を継ぐ者が次代になるとは限らない。国の代表は、再び選挙で決めることになるのだ。

「それこそ共和国の最大の特徴ですが、この制度の利点はどこにあると思われますか?」

「利点は、とても合理的であることです。まず、一部の見識への偏りがなくなります。そして次に、常に優秀な代表を選出することもできます」

 君主制の場合は、どうしたって限られた血族の中から頂点を選ばなければならない。その世代に聡明な者が生まれなかったとしても、国民にはそれを否定する権限がないのだ。

 悪政に不満がある場合は革命という手段を用いることもできるが、それは最後の手段でしかない。

 オーリアは、白い眉毛の向こうに埋もれかけた瞳を細めた。

「素晴らしい解答にございます。では、問題点はどこにあるでしょう?」

「問題点ですか?」

 短所を訊かれるとは思っていなかったので、リティスは答えに窮した。

 すると老爺は、こちらの焦りを宥めるようにゆっくりと頷く。

「どの国のどの制度も、一長一短です。もちろん、ルードベルグ王国も例外ではありません。肯定だけでなく、否定を知るのも大切な議論の内。様々な角度から思考をする癖をつけていきましょう」

 王族ともなれば、多種多様な意見にさらされることになる。その一つ一つを丁寧に理解し、精査し、国をまとめ上げているのだ。

 確かに、多角的な視野は重要だった。

 リティスは動揺を抑え、オーリアの質問について思考する。

 見守る彼の眼差しがどこまでも穏やかなので、間違いを恐れず口を開くことができた。

「……毎回、国民が正しい選択をするとは限らない、という点でしょうか。選挙に勝つ手段として、耳障りのいいことを喧伝する者も出てくるでしょうし、賄賂での取引が横行する可能性もあります」

 オーリアは満足げに頷いた。

「その通りにございます。他にも、一度代表が選出されてしまえば、任期を全うするまで誰も解任できないという点も問題があります。極端な思想の持ち主が酋長となった場合、国全体が間違った方向に進んでしまうこともありましょう」

 リティスは、的外れな意見を言ったかもしれない。

 けれど老爺はそれを決して否定せず、やんわりと補足してくれる。幼いリティスに教養を与えた厳しいマナー講師とは、雲泥の差だった。

 貴族の子女が学ぶ名門校である、学術院から来たという肩書きは伊達じゃないらしい。オーリアの教えは分かりやすく、また楽しかった。

 ウルジエ共和国は長い歴史の中で、独自の宗教観を発展させてきたこと。それもあって、彼らが日常的に使う服飾品や武具などには独特の文様が彫り込まれており、伝統工芸品としての価値が極めて高いこと。

 海に面していないため、川魚は食べるけれど海産物は好まないこと。多様な人種を受け入れる制度が豊富で、ウルジエ共和国に移住する者が多いこと。ルードベルグ王国と比べて婚姻の制度が緩やかで、同性同士でも結婚が可能なこと。

 様々な分野に関することを、リティスは熱心に聞いた。

「では次に、フェリオラ王国についてご説明いたしましょうか」

 ウルジエ共和国をさらに南下した位置にある、フェリオラ王国。

 この国に関しては、先日クローディアから少しだけ聞きかじっていた。

「フェリオラ王国は、南方大陸との玄関口になっていると聞いたことがあります。貿易が盛んで、珍しいものが手に入りやすいとか」

「おぉ、よくご存じでいらっしゃる。鉱山も多く、産出された宝石を加工する技術にも優れているのが特徴ですな」

「鉱山……」

 そういえば、前回エマが課題の際に持ち込んだ珍しい宝石が、フェリオラ王国でしか産出されていないものだったような。

「最近かの国では、希少価値の高い宝石が採掘されるようになったと、別の授業で学びました。昼と夜とで色が変化するとか……」

 老爺はリティスの発言を受け、子どものように目を輝かせた。

「リティス様は博識でいらっしゃる。そうなのです。発見されたのはそれこそ偶然で、はじめの内は鉱夫すら気付かなかったそうで」

 オーリアによると、エメラルドを掘っていた鉱夫が、ある日暖炉の側に置いた鉱石の中に、赤く見える石が混じっていることに気付いたらしい。

 知らない内にガーネットが混じっていたのだろうと大して気に留めていなかったが、翌日になるとその赤い石はなくなっている。

 だが、そのようなことが立て続けに起こったために、緑色の鉱石が夜になると赤色に変わるという事実を発見したのだとか。

「その鉱石は、エメラルドではなく全く別の宝石として認定されました。フェリオラ王国の当代王の名にちなみ、アレキサンドライトと名付けられたそうです」

「先日、縁あって実物を見る機会がありました。自然光の下では深みのある緑色ですが、確かに蝋燭で照らすと赤色に変化して。とても神秘的でした」

「リティス様は運がいい。これから、ますます希少価値が跳ね上がり、手に入りづらくなるでしょうから」

 リティスはオーリアと笑い合う。

 授業はすっかり和やかな雰囲気で、リティスも自身の意見を口にすることに緊張しなくなっていた。褒めて伸ばす彼の教え方のおかげだ。

 フェリオラ王国は、ルードベルグ王国と同一の血の流れを汲んでおり、言語や宗教感も共通している。

 文化水準も似通っているため、マナーに関してはそれほど心配いらないそうだ。

「国の代表ですから、当然王族かそれに準ずる身分の方が来訪されるでしょう。歓待役としては、なかなかに荷が重いでしょうが」

「おっしゃる通り……まだまだ不勉強で、無事にやり遂げることができるのか、今から頭が痛いです。貴賓を尊重できないなどという事態は、あってはならないことですから」

 オーリアは、リティスの弱音に相好を崩した。

「大丈夫。そうやって相手の立場を慮ることのできるリティス様だからこそ、素晴らしいもてなしが可能となりましょう」

「オーリア先生……」

 教育者らしい穏やかな励ましに、リティスの胸は温かくなった。

「……ありがとうございます。頑張りますね」



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