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第百七話 時の娘たち

 はっと気がつけば、ナルは目映いほどに白い空間にいた。


 さほどまでは確かに浜辺にいたはずである。だとすればこの場所、そしてこの身はどうしたことだろう。


 遙か下方から、知らない老人の声が聞こえてきた気がした。


『姉上じゃ!姉上が生きておられたのじゃ!このような事、姉上以外に出来るはずがない。ああ、儂はなんと言うことを!! ヤクサ将軍、追うてはならぬ!こちらが生贄にされてしまうぞ』


 視線をやれば、天蓋つきの輿に乗り、十二の宝玉が輝く長衣を纏っている男が暴れるようにして叫んでいる。


 その様を見て彼がミカドである事と、そして自分の「意識」が天空にあるのだと悟った。


「哀れな男よね。あの男だって、毒にやられなければ少しはまともなミカドだったはずなのに」


 ナルの右にはやはり先ほどと同じく、レイの姿があった。


「ナル、ご覧なさい。民達は海の道を渡ってエナ島へと渡っていく。イワナ殿が全て仕切ってくれているわ」


 そして左にはやはり、姉のククリが微笑んでいた。


「二人とも会いたかった。とても会いたかったわ」


 熱い涙が溢れ、声が詰まりそうになる。もはやこの三人の女たちは、意識を交わし合うことすら出来る。しかし伝えたい。この気持ちを言葉で伝えたいのだ。


「レイ、あなたは素晴らしく偉大な大巫女だった。我が身を差し出して、豫国の民を救った。新しい契約が成されたのよ。それに姉様。本当に会いたかった。もう何年ぶりなのでしょう。きっと、偉大な女王となられているのですね」


 ナルは二人の肩で嗚咽を漏らした。


「ナル・・・・私はあなたに謝らなくてはならない。本来ならば、あなたが倭国の女王となるはずだったのに。あなたの運命を盗むような。私はとても卑怯なことをしたわ」


「いいえ、きっと私が望んだことを、姉様はして下さっただけなのです」


「どういうこと」


「きっとあの時の私が豫国を出て倭国という場所に行くなんて、とても辛いことだったに違いありません。姉様は私の身代わりになって下さったのです。私の知る姉様は、そんなどこまでも優しい方でした」


 二人の姉妹は、時を越えて抱き合った。全身に、相手の温かさを確かに感じた。


「はいはい、姉妹愛は分かったから、状況を教えて下さいな。女王様。私たちが三人集まって、最後の奇跡は起きた。でも、ククリ殿が私たちをここに集めたのには訳があるんでしょう」


 ククリは長い睫目を伏せて頷いた。


「豫国の大神の予言は未来を引き寄せ、召喚するもの。一方、我が倭国の大神の予知は、予測するのです。天地に宿る無数の小さき神々の存在と思考が繋がり、未来を予測します。そして今から、およそ十七年後、この聖なる島々に大きな脅威が訪れると倭国の神は予知しました」


「姉様、どういうことなのですか」


「大陸から、制海権を得た呉という国が、この島々に侵略してきます。一万兵を越える大船団がこの地を踏みにじり、倭国をはじめ多くの民が奴婢として連れ去られるのです」


 ククリは二人と手を繋ぎ、その光景を共有した。ククリと倭国の神が予測する未来が、二人の頭にも浮かぶ。一方的に殺される兵達、獣のように縛られ連れ去られる女や子ども達。それは目を覆いたくなるような惨状である。


「今度の戦なんて比較にならない。こんな恐ろしいことが起こるの。豫国が力を失った今、この地の人々が力を合わせても、対抗する手段はないのに・・・」


「分かった。時を越えるのね」


 青ざめるナルをよそに、レイは明晰な頭脳がすぐにククリの意図するところを導き出した。


「そんなこと、出来るの? レイ」


「出来る。私たち三人が集まっている今この時ならば、時だって越えられるはずよ」


「ええ、今この瞬間しか出来ない。二人とも、どうか協力してちょうだい」


(例え、いつか時の彼方で私たちの国が対立し争うことになっているとしても・・・)


 ククリは二人と手を繋いだまま、意識を時の彼方へと向けた。自分が感じる事の出来る未来へ。


 三人は一瞬、少しの浮遊感を感じた。今いる場所は天空なのだから不思議なことでは無かったが、今の今までしっかりと大地を踏んでいるような感覚だったのだ。


 すると空間はそのままに、下方に見える景色が違っていた。


「ここは呉へと繋がる倭国の海原。ほら、ご覧なさい。あの大船団を」


 眼下にはまるで砦のような巨大な船が、何十隻も風を受けて海原を駆けていた。


「どうするの女王様。嵐でも起こす?」


「いいえ、レイ。そんなことをする必要は無い。ただ、私たちで巨大な幻を見せれば良いだけ。この地に辿り尽かせなければ、大丈夫です。その間に、彼の地の情勢も変わるでしょうから」


「じゃあ、さっさとやりましょうよ。ここを幻の大地にしましょう」

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