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第八十七話 巫女の素質

  結局、レイを闘技会の終了を宣言しても、しばらく人々のざわめきは収まらず、シンハ達は広場を駆け仲間の仇を討とうと若者に次々と襲いかかった。けれどもそれは、彼らの骸が増えるだけのことだった。


 全てのシンハが首を失い倒れると、闘技会という祭りは嫌でも終わりとなったのだった。


 会場の人々は一斉に立ち上がり、若者に万雷の拍手を送る。しかし勇者は輝く剣を地にさすと、どよめく周囲には目もくれず怯え震える少女に跪いて声をかけたのだった。


 その姿は、レイの目に焼き付いて離れなかった。将軍の武器である日緋色金の剣を持っていたとはいえ、彼はシンハを一瞬で葬り去るという圧倒的な強さを見せつけた。誰もが彼に賞賛を送った。王族貴族達は決して彼を自分たちと対等になど思ってはいないだろうが、それでも彼の強さを称えていたのである。


 だが、若者はそんな賞賛よりも、自分の背中で震える少女こそに意識を向けたのだ。


 その事が、どういうことなのか。レイには整理しきれないが、それでも何故か自然と涙が頬を伝ったのだった。


「お前、一体さっきのは何のまねだ!」


 ミカドはすでに正装を脱ぎ、自室の寝台に横になっている。今、ここにはミカドと大巫女であるレイ二人だけだった。


 ミカドは闘技場とは別人のように目に狂気が走り、指も震えている。威厳などほとんど失い、保身しか頭にない、病んだ老人がそこにいた。


 彼は今、目を血走らせて怒鳴っていた。


「いいか、あの場で闘技会の終了を判断するのは、この儂だ! あのような勝手な真似をしおって! まさかお前、大巫女の地位に即いたからと言って、儂を軽んじる気ではあるまいな。そうだ。お前には前からそういうところがあった。いいか、お前など、いくらでも代わりが・・・」


「緊急を要する事態だったのです」 


 レイは盛装のまま、冴え冴えとした美貌には表情を全く出さず、淡々と言った。


「どういうことか」


「あの時シンハに殺されかかった娘。あの娘には優れた巫女の素質があります」


 レイが瞳を光らせて言うと、なんだと、とミカドは背もたれから身を乗り出した。


「今、この豫国でなにより巫女が貴重で必要とされているのは、ミカドもよくご存じのはずです。もちろん政はミカドと大臣達がなさればよろしいが、各地の王を呪い、儀式を行う巫女の確保は喫緊の課題でした。私も大巫女として、『本当に』代わりを務めることが出来る後継者をずっと探していたのです」


「それがあの娘だと?」


「その通りです。しかし、あのままでは危ないところでした。ですからあのような行動を取ってしまったのです。決して、ミカドを軽んじてのことではありません。どうかお許し下さい」


 レイが頭を下げると、ミカドは少し気分が落ち着いたようだった。背もたれに体を戻し、自らの指を慌ただしく揉み始める。


「で、では・・・あの娘はお前が後継者として直々に教育するが良い。うむ。良かった。やっと新しい巫女が見つかったか。それからシンハ達を屠ったあの若者が、今年の年送りの生贄か。ああまで見事にシンハに勝つとは、なんだか惜しい気もするが」


「・・・そのことですが」


「なんだ。まさか奴にも、巫女としての素質があると言い出すのではあるまいな」


「いいえ。ただあの若者の強さは、尋常ではありません。日緋色金の剣を持っていたとしても、ああまでたやすくシンハを皆殺しになど、勇名をはせるヤクサ将軍とて至難の技でしょう。そこで私は、あの者を私の儀仗兵にしたいと思うのです」


「な、なんだと」


「少し前、神殿の最奥に賊が侵入したのはご報告した通り。聖杖を祀る神殿には、屈強な侍女達が配備されていましたし、前の侍女長も極めて優秀な戦士でもありましたが、皆突破され、私と聖杖の霊力で事になきを得たのです。神殿の警備の強化は、私が以前から訴えていたこと。彼を私の儀仗とし、神殿全体守りを強化したいのです。しかしさすがに、流民の男がいきなり神殿の警護全体を取り仕切るというのは無理でしょう。そこで、とりあえず儀仗兵にと。それに、あの娘の護衛にもうってつけです」


 なるほど、とミカドには最後の一言が聞いたようだった。ミカドの精神の安定には、いざというときの「代わり」を確保としておくことは重要なのである。口ではなんと言っていようと、今この王都には、巫女団と同じ水準の巫女はレイの他にはおらず、素質がある者もここ何年新たに見つかっていない。その事は病んだ帝の心を圧迫している。


 当然、レイはそこまで読んでいた。


「しかし、奴は男だ。神殿は女ばかり。問題もあろう」


 ミカドの当然の懸念に、レイは頬を高くして微笑した。


「ご心配なく。それには私に妙案があります」

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