すっかり日の沈んだ暗闇の中、人々が行き交う広場には村では珍しい赤い提灯がいくつも灯されていた。赤い提灯が酒場や旅の一座の目印だと言うことは誰もが知っている。だが、この今や寂れた村にはそんなものはなかったし、来たためしなど一度としてなかった。
だから、広場に灯されたいくつもの灯りに、老若男女を問わず村人たちが一体何事かと押しかけたのも無理の無い話だった。野良仕事で疲れ切った一日の終わりではあったが、目新しい何かに人々の足は速まった。
灯りの中心にはやはり旅の一座がいた。
小さな太鼓の拍子に合わせて火を噴く謎の大男、無数の輪っかを自在に操る妖艶な美女、くるくると踊る少年少女たち。誰もが一座に釘付けだった。
村の祭りでも、これほど華やかで騒々しくはない。
そして驚くほど大きな天幕の前には、髭を伸ばした愛想の良い親爺が手を揉みながら、集まった人々に呼びかけていた。
「さあさあ、皆さんご注目。わたくしどもは都から来た旅の一座にございます。これよりこの天幕の中でお見せするのは、楽しい楽しい人形劇。旦那様奥様、お坊ちゃまにお嬢様。ぜひぜひおいで下さいませ」
親爺は頭巾を取り、芝居のような調子で深々と頭を下げた。
手を引かれてやってきた子どもたちは、ちらりと母親の顔を覗いたが、そんな金などありはしないという厳しい視線を返されて、だらりと肩を下げた。無理も無い。金が無いのはどこの家も同じである。そもそもこんな寂れた村に、煌びやかな旅の一座など来る方がどうかしているのである。
あの謎の天幕の中で一体どのような魅惑の劇が繰り広げられるのだろうか。だれもがそれが気になって仕方が無い。けれど興味はあっても、代金を払えるだけの余裕を持つものなどこの村にはしないのだ。飢えはしないが、蓄えは無い。もちろんかつては、たとえ平民であろうとそれくらいの蓄えはあったかもしれないが。
しかし親爺はむくっと面をあげると、下げた時と同じ歯をのぞかせた笑顔でこう言った。
「代金のことなら心配には及びません。今回はお代は一切頂かないことになっています。実は私どもはミカドからの使者でもあるのです」
「ミ、ミカドだって・・・・!???」
人々は名前だけは知っているその高貴な響きにどよめいた。その様に親爺は大きく頷いた。
「そうです旦那様、その通り、皆さんご存じの通り、ここしばらく豫国は不運が続いております。民が不安がっている事をミカドはとても案じておられるのです。そこでわたくしどものような一座が、皆様の心を少しでもお慰めするようにと使わされたのでございます」
「つまり・・・」
「そう、お代は全てもミカド持ち。皆様、どうぞご心配なく天幕の中へとお入り下さい。さあさあ、今宵の劇は我らが豫国の物語。艱難辛苦を乗り越えて、この地へたどり着いた祖先が築き、大陸の漢をも凌ぐと言われたこの楽園の国がどうして今このような惨状にあるのか、その謎も今夜全て解き明かされます。さあ、偉大なる豫国とミカドと、大巫女様のお話です」