ククリが自分の家に帰ってくると、サラ婆が夕食を作って待ってくれていた。自然と頬が緩む。彼女の作る料理は味付けが半島風のもので味は独特だが、今ではすっかりククリは虜になっている。
奥には木の玩具で遊ぶハヤヒがおり、母の姿を見ると顔を輝かせてかけてきた。まだその足取りは頼りないが、転んだところは見たことが無い。
ククリは足に絡んできたハヤヒの頭を撫でる。
「ただいま」
「全く。お前と入れ違いに帰ってきたものだからね。母はどこへ行ったのだと、ずいぶんごねたんだよ」
サラ婆がやれやれと、左肩を自分で叩きながら言った。
「ハヤヒ、お爺様のところに行っていたのだ。あまりサラ婆を困らせてはいけないよ」
ハヤヒは、はあいと足に頬を擦り付けながら言ったが、どれほど分かったのか、今度は今にも眠りそうなほどにうとうととし始めた。
ククリは我が子を抱き上げると、そのまま寝床に移らせた。灯りを一つ消して、そっと布をかければ、ハヤヒはすぐに寝息を立て始めた。後から入ってきたハヤトが、すぐ横で丸くなる。
「母親が帰ってきて、安心したんだろうよ」
猪汁を入れた木の椀を手渡しながら、サラ婆はククリに耳元でささやいた。
「それで、イサオはどうだった?」
ククリは確認するように、サラ婆の手を握りしめる。
「大丈夫じゃ。今この家の回りには誰もおらんのは確かめておる」
この言葉でようやく、ククリは体中に入れていた力を抜く。
「やはり父上は、どうしても私を熊襲の領内から出すことを許してはくれなかった」
「では」
「ああ、隠しているつもりでも、相変わらず私には恐ろしいほどはっきりと感じたよ。父上の、私に対する激しい殺意を」
それは凍えそうなほど冷酷で、煮えたぎるほど熱い感情だった。
「早く、一刻も早くハヤヒを連れてこの地を出なければならない」
「すると予定通りじゃな」
「うん、帥大と接触する。倭国王子帥大の血を引くハヤヒの存在を知らせ、アワギハラの正当な主とするために」