レル、スミ、タキといった幹部たちは手分けをしてそれぞれ湯、衣、暖をとるための毛皮などの調達を急いだ。とりあえず一番簡単な着替えとお湯の器だけを先に届けてある。焦る彼女たちの頭にあるのは、あの娘が死んでしまえば白羽の矢が自分に飛んでくるかもしれないという恐れだった。よく考えればそれが一番恐ろしいことである。幹部の中で一番若いといえば新たに昇格したレイだったが、彼女を除けば後は三つの層があり、自分たちはその一番若い層に属している。ナルが寒さと飢えで命を落とし、急遽自分が選ばれることを想像するだけで、凍えるよう身が震えた。
それぞれが任されたものを調達すると、幹部たちは一度牢に一番近いレルの宮へと集まった。本来であれば、こういう時に集まるのは自分たちを束ねているキョウの宮と決まっているが、なにしろキョウはついさっき激怒して牢を出て行ったので、ナルにまるで命令されるかのような態度をとられたと伝われば、それこそ今度は自分たちに火の粉が飛んでくるかもしれない。キョウは表向きは涼やかだが、その本性は激しやすいことを彼女たちは知っていた。
幹部たちは相談し、とりあえずこのことは自分たちの間だけにとどめようと決めたのだった。よくよく考えれば、それぞれが適当なものをそろえれば良いのに、わざわざ集まって何か不備はないかと品物を確認する律儀なところは、やはりここで教育を受けた巫女たちである。
「まあ、そんな上等の衣をお与えになるのですか、もう使い古されたものでよいではありませんか」
「あなたこそ、それは新しい毛皮ではありませんか」
「だ、だって仕方ないではありませんの。自分の着替えだといって調達するのですから、襤褸では逆に周囲に怪しまれます」
「それはこちらも同じこと」
スミとタキは口々に自分たちが持ち寄った品が、あの娘にはあまりに過ぎた品であることを責めだした。衣は厚い幹部用の絹の衣で、毛皮も毛が長く真新しい。到底囚われ人に相応しいものとは思えなかった。だが、どうしてそのように必要以上に上等の品を集めてしまったかは、お互いがよく分かっているのである。
「・・・あの娘、まるでククリのようでした」
そうぽつりと言ったのはお湯を任され、すでに牢に運んで役目を終えたレルだった。彼女の言葉に、他の者も急にしんとなって静まりかえる。
「あなたもそう思いましたか・・・私も、まるでククリが帰ってきたかのような。あの子、いえあの方がここを去って久しいですけれど、ナルを見ていると全て蘇ってきました。顔立ちは似ていないのに」
「私は、イワナ殿が現れたような畏怖を感じました」
幹部たちはお互いの言葉に次々と頷きだした。つまるところ、彼女たちが一様に感じたのはナルの異様な気魄である。あれは今まで表舞台に立つことなく、落ちこぼれとして隠れるようにして暮らしていた巫女が出せるものでは到底なかった。比べるとすれば、ククリ、イワナといった大幹部。あるいは大巫女サクヤのような威容だが、そんなことはあってはならぬことなのは言うまでもない。だが、巫女が真実自分の感性で感じたことに対して、粗末にはできないのだ。
星と遊び木々と戯れている間に、悪い精霊でもとりついたというのだろうか。
「で、でもいくら迫力があるといっても、巫女としての素質は相変わらずのはずですよ。ここではそれこそがものをいうのですから」
「そ、そうですよ。あの子はイワナ殿に薬や古の秘技について学んでいるようだけれど、巫女としての資質こそここでの価値ですものね」
衣と毛皮を用意した巫女がやりとりするなか、またしてもレルだけは渋い顔で唸った。
「・・・・よく考えれば、あの娘はあのククリの妹ですもの。ある日突然、何かが目覚めても不思議ではないのです」
「突然何を。なにかとは一体なんです?!」
二人は身を乗り出して問うた。だが頭にすでに浮かんでいる答えに、一同は震えた。
「皆もよくご存じでしょう。巫女の中には、今まで全く冴えなかったのにある日突然、霊力を開花させて別人のようになる話を。そんな巫女はもうずっといなかったけれど、そういうこともあるにはあるのです。もし、そんなことになったら」
「そ、そうなればどうなるというのです?!」
「先ほどあなたも言っていたけれど、あの娘はイワナ殿から薬や古の秘技を学んでいるのよ? そこにククリ殿と同等の霊力が加わってご覧なさい。そんな巫女はもうサクヤ様すら超えてしまいますよ。もしあの子の覚醒が確認されたなら、すぐに生贄役からは解放。それどころか、あの子は第二のククリ殿として大幹部。あるいは、果ては大巫女・・・!」
大巫女という言葉に、一同は改めて息をのんだ。あり得るはずがない。あり得るはずがないと思いつつも、幹部たちの間には言いようのない不安が病のように広がっていった。
「そ、それでもあの子が生贄となるのはもうすぐそこですよ。仮にあの子が凄まじい神通力に目覚めていたとして、あるいはそんな眠った才能があるとしても年送りで焼かれてしまえばそれで終わりではないですか」
「そうです、そして来年の終わりには今度こそ、幹部の中から生贄が選ばれることになる」
その言葉にこそ一同は戦慄した。そうなのである。レイにしろナルにしろ、誰が今年の生贄となったとしても、今のままでいけば来年は自分たち幹部の中から選ばれる。一年の間にキョウが何か対策を考えていたとしても、相手はあのサクヤとイワナである。下手な小細工や知恵で勝てる相手ではない。キョウは目下の者を陥れるのには天才的な才能を発揮するが、目上の者の気持ちや決断を変えることに長けているわけではないのはよく分かっているのだ。
生贄にレイが決まり、ナルが決まりととりあえず自分たちから危機が過ぎ去ったと思い込んでいた女たちは、実はそんなことはなかったことに気づいて狼狽した。
「わ、私たちはどうすれば良いの」
その問いに、レルはひときわ神妙な目顔で答えた。
「私たちは、もっと賢く立ち回らなければならないのかもしれません」
「で、ではキョウ様に相談を・・・」
と、踵を返したスミとタキをレルは呼び止めた。
「言ったでしょう。私たちはもっと賢く立ち回らなければならないの」