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第三十一話 寄り添う少女たち

  ウメが組の家に帰ると、他の三人の娘たちも帰ってきていて食事の用意をしていた。何をするにも覚束なかった新入りも秋になればさすがに皆手慣れたもので、とりとめのないおしゃべりをしながらもすでに火が焚かれて鍋が煮えていた。

 家の中は熱気で温かくなっており、外の寒さでかじかんだ手足が一気に緩んだ。

 いつもならウメやモモも食事の支度に加わらなければならなかったのだが、モモが熱を出して寝込んで、ウメがイワナに薬を貰いにいくというのはこの組ではもう慣れっこなので、誰も責めようとはしなかった。


「おかえりなさい。これでみんな揃ったわね。食べましょう」


 この組の実質的なまとめ役であるソソが、さっそく仕切りだした。

 モモも起き上がって、鍋を取り囲む。ウメはモモに薬の入った袋を手渡すと、甕の水をくんできてそれも手渡した。この薬は、食事の前に飲むものなのだ。

 黒い見た目から相当に苦いと思われるのだが、モモは何ともないような顔で流し込む。


「いつも思うんだけど、それ苦くないの?」


「甘くは無いけど、身体のためだもん。仕方ないよ」


 薬を一気に飲み終え、頬を赤くしながらモモは答えた。


「まあ、熱を下げる効果は抜群だもんね。でも・・・いつも思うんだけど、それなんなのかなあ。飲んでみて、なにか分かる?」


 ウメはモモの薬を飲む様を興味深そうに見ながら、尋ねた。

 するとモモはあからさまに嫌な顔をした。あまり考えたくなかったようである。


「そんなこと考えたくない。きっと、何か植物の根とかじゃないのかなって思ってる」


「そうかなあ。なんとなく、何か虫みたいなものを磨り潰してるんだと思うけど・・・」


 ああ、この子は無神経だなあとモモは思いながら、無視して鍋の具を自分の木の椀に装った。

 ウメはモモが不快に思ったのをようやく理解したようで、黙ってそれに続いた。


「そういえば、他のみんなはタカ様とトシ様のところに話を聞きに行っていたのよね。何か新しいことを教えてもらえた?」


 年少者の教育係であるタカとトシは、昼間の指導とは別に新入りたちに昼間の復習の面倒もみている。たまに面白い昔話をしてくれたりするので、毎年新入りたちには人気だった。

 タカとトシはどちらも里の最古参といって良いほどの老婆で、能力が高ければとっくに幹部になっているような年だったが、どうやらそれほど巫女としての素質には恵まれなかったため未だ直属の教え子を持っていないようだった。

 それでも二人の年寄り特有の暢気で気長なところは、まだ里になれていない新入りたちに評判が良かった。何度作法や用語を間違えても怒らずに丁寧に教えてくれるし、たまに本人たちも間違えたりするので新入りたちを緊張がほどけるのだった。これがイワナだったら、少女たちは雪山のような迫力に圧倒されて、震えて教育用の宮に来る事も出来ずに寝込むものもいる事だろう。


「ううん、復習ばっかり。でも、ちょっと怖い話も教えてくれたな」


 ソソの言葉に、怖い話?とウメとモモは飛びついた。


「怖いっていうか、別に鬼とかが出てくるような話ではないのよ。あのね、もうすぐ年の終わりが来るでしょう。その時にね、あまり見込みのない子は里を追い出されて故郷に帰されるんだって」


 少女たちの口と手の動きが止まり、一様にすこし暗い顔をした。


「・・・当然のことだよね。ここは、お国のとても大切な場所だもの。いつまでも役に立たない者を置いてはおけないよね。でも、ここに来る子で故郷に親が生きている子なんてほとんどいないもん。ここを追い出されて、どうやって生きていけばいいのかな」


「私は故郷に親がいるけど、私が巫女団に入ると決まった時、村中に自慢して回ったのよ。挫折して帰るなんて、恥ずかしい。両親に申し訳ないわ」


 少女たちは口々に、ここを追い出される恐怖と不安を語り合った。

 そんな中、無表情にじっと黙って炎を見つけているモモに気づいた少女たちは、この女に視線を集中させた。モモから、故郷の話を聞いたことは一度もない。


「モモは平気よね。モモはサクヤ様のお墨付きだもの」


「そうそう。身体が弱いのも、霊力が高い者が幼い頃のお決まりらしいわ。あと少し成長して身体も丈夫になったら、幹部候補よ。羨ましい」


 少女たちの言葉はモモを気遣ってのものであり、決して他意などなかったが、どう誤解したのかウメにはまるでモモを妬んで責めて言うように映ったようだった。

 ウメには間違った方向に思い込みが激しい時がしばしばあるのだ。

 他の三人に厳しい眼を向けると、まるで牽制するように口を開いた。


「優れた者が選ばれて、劣った者が取り除かれるのは自然の道理よ。樹の果実だってそうでしょう。最後に尊ばれるのは、見た目も綺麗で美味しいものだけ。それが道理なのよ」


 えっへんと言いのけたウメだったが、三人に悪意などないと理解しているモモは逆にばつが悪かった。なんだか逆に嫌みになっているではないかと、ウメを小突く。

 しかし、そんなその場の空気を理解せず、ウメはくすっと笑って囁くのである。


「大丈夫、気にしなくて良いよ。三人も反省しているみたいだし」

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