「なんて怪しい女だ・・・。誰か人を呼ぼう。そうしよう!」
「ま、待って! 私が殺したんじゃないの! この人は泥棒していたところを見つけられて、驚いて死んでしまったの!」
「だからって、夜中に隠れて人を埋めるか?! 人殺しめ!」
ナルは人殺しと言われて胸に刺さるものがあったが、それでも自分は危害を加えたわけではないと思考が整理できていたので、沸き上がってきたものは純粋な怒りだった。
「勝手に人殺しにしないで! あんたこそ何よ!この里の者ではないわね!ここは・・・!」
と、言いかけて、ナルは口に手を当てた。
この少年は、明らかにこの里の者ではない。だとすれば、この少年も今日に限っては。
「どうしたんだ? ここは鶴亀の里だろう? そして今日のような日は、俺たちみたいな外から来た者は歓迎されると聞いているんだが」
ナルがそわそわと言い淀んでいると、少年はすっとこの里の名前と今日の事情を口にしてしまった。
「なんで知っているの?この里のことは、都でも一部の人間しか知らないのに」
まして、春迎えの日に歓迎されることを知っているというのは、ただ者であるはずがなかった。
ナルは改めて少年を凝視した。
「あなたは何者なの?」
視線を全く意に介さずといった風に、少年は答える。
「俺は西の都から来たナムチという。ミカドからの使いだ。ミカドの命を受けて、使節団の案内をしてきた。・・・、出てきなよ」
ナムチが指をくいっとやって呼びかけると、脇の林から背の高い若者が出てきた。
歳は明らかにナルや少年より上で、上背だけでなくがっしりとした体つき、太く黒々とした髷、顔つきは溌剌とした男子そのものである。
特にナルの目を引いたのは若者の髷で、二つの髷を頭の両端に収めたこの不思議な髪型は初めて見るものだった。
そして月光で若者の顔が照らされると、ナルはさらに驚いた。確かに若者の顔立ちが非の打ち所もないほど整っていたという事もそうだが、さらなる驚きは彼の顔には不可思議な文様が刻まれていると言うことである。
まるで呪いが刻まれたかのような文様は、明らかに魔除けのものである。彼は自分たちとは違う土地の人間なのだという事をナルは悟った。
「王子、夜中に人を埋めていた怪しい娘です。たぶん、人殺しですよ」
「ちょっと、変な紹介の仕方をしないでよ!」
二人がそんなやりとりをしていると、若者は爽やかに軽く笑った。
「面白い娘だ。この里の者と言えば、大神に使える巫女だろう? ならば怪しい者であるはずがない。全く、ナムチ殿も最初から分かっているだろうに。私たちは豫国のミカドからの使節で、都から来た者だ。私がまとめ役で、こちらのナムチ殿が案内役。その他の者は、里の入り口で待機させてある。こちらの春迎えの儀式が終わり次第、大巫女様にお目通りを願いたいのだ」
低い、頭や胸に響く心地の良い声だった。
「これは。都からの使節とは知らず、ご無礼をお許し下さい。では、何か身の証を立てる物をお持ちでしょうか?」
相手のきちんとした名乗りにほっとすると、ナルは貴人への接し方として教えられたとおり、姿勢を正して尋ねた。
脇のナムチが腰袋から小さな鏡を取り出す。
ナルは両手で丁寧に受け取ると、鏡面を裏返し、彫られている数匹の獣の姿を確認した。ナル自身見たこともないこの生き物は、シンハという獣らしい。ミカドを守護する聖獣である。
豫国で生産される数少ない貴重な鏡の証だった。
「確かに。これは毎年都から、この里に送られてくる物と同じです。ということは、もうこの事は?」
「その通り、すでにミカドから連絡が行っている。大巫女様も今日我々が来ることは、ご存知のはずだ」
ナルは得心すると、改めて自分の名前とどうして今ここで甕を埋めていたのかを説明した。二人とも面食らったようだったが、それでも最後には信じてくれたようだった。
「そうか。不運な巡り合わせだったな。埋めてしまった今となっては確認出来ないが、恐らくその男は私を追ってきた者かも知れない。私は、追われているからな」
「追われている?あなたは一体・・・」
ナルの言葉に、若者は不敵に笑った。
「私は筑紫倭国王の第十三子、帥大。倭国平定のため、この地に参った」
まるで日輪のように眩しい笑顔だった。