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ネズミの話⑥

 今日は早く目覚めてしまった。


 彼女が生けてくれた花を眺める。可愛らしいパステルカラーのピンク色の花だ。確か彼女はスイートピーだと言っていた。花言葉は、なんだっけ。


 思い出す間に天井を眺めた。旅立ち、いや違う。優しく癒す、たぶんこれも違う。白い天井だが、ところどころ灰色がかっている。たぶんきちんと掃除されていないのだろう。美しい思い出、たぶんそんな感じの花言葉だったと思う。それと、永遠の喜び。そうだったそうだった。




 あたりはしんと静まり返っている。まだ彼女は来ない。何を考えて時間をつぶそうか。ここにはテレビもなければラジオもない。白い、白い殺風景な部屋だ。手足も拘束されていて動かせない。歌を歌おうにも口にも口枷がされている。早く、早く来てくれ。そういえば、おなかも空いてきた。


 そうだ、今までの彼女の話を反芻しよう。


 公園でウォーキングするのが好きだと言っていた。クラシックをよく聞くとも。好きな音楽家はベートーヴェン。ある映画がきっかけで聞き始めたと言っていた。特に第九が好きだと。


 私は映画に詳しくはないし、クラシックもよく分からないが第九は知っていた。序盤を彼女がドイツ語で歌い出した時に、脳裏にミミファソソファミレと音階が浮かんだので私はきっと、ピアノを弾く人間だったのだろう。


 よかった。私のことを今日1つ知れた。




 ぐう。と腹が鳴るのと同時くらいに、コツコツと靴音か聞こえた。彼女が来た。


「おはよう、ツクモ」

 おはよう、待っていたよ。


「昨日は、ハム子をケージの外に出しておさんぽさせてみたの」

 彼女は両の手のひらを差し出すと、

「ここにね、乗って餌を食べてくれたのよ~!」

 と満面の笑みで言った。


「ごめんなさいね、今日は写真も動画もないの。病室にスマホを持ち込むのがダメだったみたいで、怒られちゃった」

 彼女はしょんぼりとした顔をしながら花瓶に花を生けた。


 ああ、一つ娯楽が失われた。別にハムスターの写真を見たかったわけではないが、なんだか癪だ。


 彼女はチューブを取り出した。中には、赤いどろどろとした流動食のようなものが入っている。それを私の腹に接続した。そして、いつも通り板に何かを記入した。




 やがて空腹感がだんだんとなくなって、満たされていく。


「また明日」


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