「おい」
ある時、橋を通る男に、別の男が声をかけた。
「なんだ」
男が応じる。この時代、見知らぬ人に話しかけられるということはそう珍しいことではなかったのである。
「刀を置いていけ」
別の男は、そう言って橋を通る男の前に立ちふさがった。よく見るとその手には古びた刀を携えている。
橋を通る男は、別の男の刀を見て、にわかに血相を変えた。そういえば、ここに来る前立ち寄った宿屋で、刀を狩る男の噂を聞いていたのである。
それはこういう噂だった。
ここからそう遠くない川に、橋がかかっている。いつもは人気の無いこの橋だが、最近よく一人の男を見かけることがある。
その男は、何も言わずに、橋を通る人を見つめている。よくいるものだから、気味悪がった者たちが男の噂をする。しかし男は動じずに橋のそばにいる。いつしか男は、近所の子どもの度胸試しにさえ使われるようになっていった。遠巻きに子供らが男のことをからかっても、男は平然としている。ただ、橋を通る人間を日がな眺めている。
しかしある時事件は起こった。一人の侍がこの橋を通ったのである。
侍の侍者はこの橋の男を知っていて、気味が悪いですが害のないやつですということを侍に話しながら橋を横切ろうとした。
ところがその時、橋の男の目が妖しく侍の姿を捉えた。橋の男は意思を持って歩き出し、侍の前に立ちはだかった。
「何用か」
侍が尋ねる。
その時、橋の男は初めて口を開いた。
「刀を置いていけ」