「――それで、この注文履歴はどういうことなんだ」
「あはは~。つい、美味しそうで」
「私はちゃんと止めたから」
俺がお手洗いから帰って注文用のタブレットを観たとき、『しばらくご注文いただいた商品が届くまでお待ちください』の文字が表示された。
こういった飲食店に立ち入る機会はほとんどなかったから勝手がわからないけど、いざ注文履歴を閲覧してみると既に10品が並んでいる。
「いやでもほら、今回は回転寿司だからさ」
「言いたいことはわからなくもない。だが、まさか何皿まで食べられるか挑戦してみたい、なんてことは思ってないよな」
「ぎっくー」
「それに関しては私もちょっとだけ興味があったから乗ってみた」
「って、おーい」
そりゃあ、ファミレスみたいに1商品の量が多いわけじゃないからパクパク食べられるのは理解できる。
敷居もあるから、大声じゃなければ話をすることも
「まあでも、ちょっと俺も興味が湧いてきたかも。時間を気にしなくていいわけだし、ボーナス的なのも貰えて金銭的にも余裕があるわけだし」
「で、でしょ~。そういうことなのよ」
「
「ねえちょっと
「発音がおかしくなってるよ?」
「ぶーぶー」
こんな平和なやり取りをしていると、ついさっきまでダンジョンであんな激しい戦いをしていたなんて嘘みたいだ。
「あ、今更なんだけどいつの間にスキル名を登録してたの?」
「
「『たぶん、シンくんはあんまり余裕がないと思うから』って」
「なるほど。正直、その通りすぎて伝えるの忘れてたもんね」
「おっ、きたきた。大丈夫、私だけ食べるんじゃないからね~」
春菜と真紀がレーンで運ばれてきた皿をテーブルの上に移動させてくれた。
「お寿司はすぐになくなっちゃうからね。ガンガン注文しないと」
「それは言えてる」
「ある程度頼んだら、俺にも見せて」
「おっけー」
春菜は、目の前にある寿司をペロッと食べてからタブレットをパパパパッと操作し始める。
「それにしても、あのスキルは正直凄かった。しかもたった3日間会わなかっただけなのに、剣
「あれは、
「たしかに。でも、本当に凄かった。成長しすぎ」
「本当、そうだよね~。この数日で、追いつけないぐらい離されちゃった感覚になったもん」
「それは言い過ぎだって」
「でも、そう思っちゃったのは本当なんだよ。昨日、一心くんと話をしたときは変わりなかったから安心しちゃってたの。『また明日から、みんなで足並み揃って活動できる』って」
「それに関して、私は春菜を許してないからね」
「ごめんってー。でもさ、ほら、真紀はスケジュール的に無理そうだったじゃん?」
「なら、抜け駆けしなければいいだけでしょ」
「ううぅ……」
真紀の声色が一気に鋭くなったのを感じる。
てか抜け駆けって何? 俺って、共有されているペットか何かですか?
「お詫びに、ここのお金は私が出すから」
「なら許す」
それでいいのか、というツッコミを入れるのは野暮というものだろう。
「次きたー」
「もっと注文しよう」
「よしきた」
「でもさ、貴重な機会を貰ったのは確かにありがたいんだけど、どうしたら階層ボスを討伐する流れになったの?」
「あー」
本来は、当事者になるのは俺だけだったから言い訳を考えていなかった。
素直に
んー……一応、目標である【
だったらすんなり話は繋がるだろうけど、そんな人と直接顔を合わせて話をした、なんてことを言ったら驚かれるんじゃないか?
というか、そもそもこの情報を誰かに共有していいのかわからないし……どうしたものか。
あ。
「
「えー。そんなにスパルタ指導だったんだ」
夏陽さんごめんなさい、盾として使わせてもらいました。
でもまあ、何も嘘を吐いていないし問題はありませんよね。
「まあでも、それだったら理解できる。だって、私たちだってかなりのこと言われたから」
「あー。本当、あのとき止められたことはまだ根に持ってるなー」
「どんなに感謝していても、さすがにあればかりはね」
「でも、実力を知りたいってだけだったら怒ってたかもね」
「え?」
「私もそう思う。それだけが理由だったら負ける前提で考えてたって話でもあるでしょ? 実際に、流れ的にもそういう感じだったし」
「まあ……」
「でも夏陽さんは、リスクを考えながらも建設的で計画的だった。そして、横暴な人でもなかった。だから許せてるし、感謝もしてる」
「だね~。私も同意見」
俺は全部を把握しているし、数日間一緒に居たからこそ人柄も理解していた。
でもそうだよな。
その日に初めて顔を合わせ、急に同行するだけじゃなく、俺に階層ボスを討伐させようとしている人って――どう考えたってヤバい人でしかない。
しかも仲間が危機的状況だというのに助けてはいけない、という行動制限をかけられていたんじゃ、不満や不信感が増していっても、それは当たり前の話だ。
「
「え、はいっ」
「どうしたの」
俺は姿勢を正し、2人に目線を送る。
「今回は、いろいろと迷惑をかけてごめん。そして、いろいろと付き合ってくれて、心配もしてくれて本当にありがとう」
そう言い終えると、俺はテーブルに付きそうなぐらい深く頭を下げた。
「え、なになにどうしたの」
「とりあえず頭を上げて」
「う、うん」
「
「私も私もっ。一心くんが遠くに行っちゃったなって思ってたけど、やっぱり私たちのリーダーなんだなって、そう思えてるから」
「……ありがとう」
「私たちも、もっと強くならないとね」
「うんっ。これから先、もっと離されちゃったら一緒に居られなくなっちゃうもんね」
「いやいや、そんなことはないって」
だって、その辛さは俺が一番理解しているから。
「あ、次きたー」
「3人で食べてると、すぐになくなるね」
「じゃあ、そろそろ俺も注文してみてもいい? 実は、初めてなんだ」
「お~。はいっ」
俺は今回、いろいろな面で成長できた。
スキル、戦闘技術、精神面。
中身が濃い数日間だったけど、一番嬉しかったのは大事な1歩を踏み出せたこと。
トラウマだったり苦手意識はまだ残っているけど、自分から春菜と真紀に意思を伝えることができたし、ちゃんと向き合うことができた。
目を合わせるだけじゃなく、心もしっかりと。
これは、俺にとってあまりにも大きすぎる出来事だった。
そして今、こうして心の内から話ができている。
ああそうだ、だったらこれは俺にとって――『大事な2歩目踏み出せた』ということだ。
「春菜、真紀。これからもよろしくね」
「もっちろーん」
「当然」
これから先も果てしなく長いだろうけど、まだまだ頑張れる。
そう、俺は1人じゃないんだから。