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第38話『憧れの背に追いつきたくて』

「――じゃあ、私の役目はここまでかな」

「ありがとうございました」


 俺たちは、再び階層ボス部屋の前に辿り着いた。


「ハルナ、マキ。前半と後半に分けて【ウォルネーク】を絶対に倒そう」

「うんっ。最初は3人の連携で体力を削る」

「そして、最後はシンのスキルで倒しきる」

「シンくんが肝心な役割であり要、か。絶対に失敗できない作戦って、プレッシャーがヤバそー」

「確実に勝ちにいきますから」

「ひょー。たった数日しか経ってないのに、言うようになったねぇ」

「なんせ、師匠がカヤさんですから」

「あっちゃー、変なところを受け継いじゃったか」

「いいえ。感謝してるんですよ」

「ならいいっか」


 今の俺は、表情が強張っていない。

 期待という重圧は、背中にのしかかるものではなく、背中を押すものに変わっている。


「だけど、まあ保険で私も入るからね。これだけは絶対」

「よろしくお願いします――じゃあ、行こう」


 そうだ、忘れちゃいけない。


「皆さん、観ていてください。俺たちの勇姿を、そして挑戦を」


 配信を観てくれている人たちだって、俺を――俺らを応援してくれているんだから。


[おおう!]

[勝つって信じてるぜ]

[いってこーい!]

[最後まで見届けてやんよ!]

[かっこいいところ頼むぜ!]

[俺たちも一緒だ!]

[初舞台を視聴できるなんて光栄なこった]

[手汗ヤバいけど応援してる!]

[負けるんじゃねえぞおおおおおおおおお]

[ファイトおおおおおおおおおお]


 本当に皆さん、ありがとうございます。


 閉ざされている両開きの門に触れると、いとも簡単に開いていく。

 そのまま進んでいくと、中央に【ウォルネーク】が前足を枕にして寝ている。


「ハルナは右、マキは左」

「うんっ」

「任せて」


 春菜はるな真紀まきは、俺よりも客観的に【ウォルネーク】の動きを観察できていたから、安心して任せることができる。

 対する俺は、正面からの動きしか把握していないから必然的にこの配置に。


 まず最初は。


「っと――だよな」


 狼の体の方は寝ているが、尻尾の蛇の方が攻撃を仕掛けてくる。

 それがわかっているのだから、タイミングを見計らって後方へ跳べばいい。


『グルルルル』


 狼の方が体を起こし、ここからが勝負だ。


 攻撃を回避しながら戦い、隙をみて攻撃。

 尻尾の蛇は常に周囲し続ければならない。


 そう、1人だったなら。


「【閃界せんかいのワークショップ】!」


 でも今は違う。

 春菜と真紀が攻撃をしやすいように立ち回る必要がある。

 だったら、出し惜しみはなしだ。


 俺にできる全力で、目を離させない!


『ガアッ!』

「さっき戦ったばかりだもんな。このスキルの厄介さを憶えていたりするのか?」

『ガアァアアアアア!』


 言葉が理解できるわけでもないだろうに、俺の挑発を受け取ってくれたようだ。

 天井へ顔を向け、高らかに咆哮をあげている。


「ああ、こいよ」

『ンガアアアアア!』

「はぁっ!」

『ガッ!?』

「どうした? さっきまでの俺とは違うぞ」


 迫力あるタックルを結界で防御し、【ウォルネーク】が離脱するタイミングで攻撃を加えて頬に傷をつけた。


「階層ボスっていうのは、こんな攻撃で臆するような存在だったのか? さすがに拍子抜けだな」

『グルルルルルッ』

『シィイイイイー!』

「剣は1撃で壊れたって――ほら、まだまだ出せるぞ」


 狼と蛇は両方とも俺へ怒りの感情を向けている。


「よし、ハルナ! マキ! 次の攻撃に合わせて、攻撃を合わせてくれ!」

『グルゥア!』

『シャー!』

「逃げないで受けきってやるさ」


 わかっている、次の攻撃を。

 このまま怒涛の連撃、そして蛇の毒攻撃。

 動きが単調になっている今だからこそ、最大の反撃チャンス。


 ハルナとマキも同時に攻撃できる条件は、俺が逃げずに攻撃を受けきること。


「防ぎきってやる!」

『ガアッ! ガアア! ガッア!』

「今だ!」

「いくよー!!!!」

「はーっ!!!!」


 怒りに身を任せて、横から攻撃をくらっているというのに俺だけを観ている。

 まさにこれぞモンスターという動きだ。


 ……さすがに、強力な攻撃を防ぎ続けると結界の枚数が少なくなっていく。


 でもまだ耐えるんだ。

 結界が少なくなっているなら、剣も防御に回せ、まだ出せる。


「どうした! 全然痛くもかゆくもないぞ!」

『シャァ!?』

「ハルナ回避!」

「あっぶなー」

「蛇の方がダメージに気が付いた!」

「わかった」


 ――そろそろ頃合いか。


 蛇の方が伝達したのか、狼も痛みに気が付いて後方へ跳んだ。


 少し距離があるから明確には把握できないけど、所々に傷が見えた。

 そして、狼の方が体力が切れいるように息も上がっている。


「ここが決めどきだと思う。ハルナ、マキお願い!」

「わかったよー!」

「わかった」

「マキ、ここからは私たちが根性を見せるところだよ」

「うん。ハルナは、冷静さも失わないでね」

「最大の見せ場、頑張ろ」

「うん」


 春菜はるな真紀まきは、互いに拳をぶつけあっている。


「いっくよーっ!」

「耐えて、時間を稼ぐ!」


 2人が【ウォルネーク】へ向かって走り出す。

 それを確認し、スキルを解除――と念じる。


 何もない状態と俺は、準備開始。


「勝つために――【聖域ワークショップ展開】!」


 結界が展開されたことを確認して、すぐに空中から1本の光剣を取り出す。

 そして、右膝を立てて金床かなどこの代わりに、相棒でもある小槌を取り出した。


「すぅー、ふぅー……――」


 ――カン。


 夏陽かやさんから貰った、仮説を信じる。

 スキルは精神に依存し、貧弱にもなり、強固にもなる――というもの。


 ――カンッ。


 少し前だったら、集中していても2人が戦っている声を聴いてしまったら精神が乱れていた。

 でも、俺は春菜と真紀を信じ、託したんだ。


 ――カンッ。


 義道ぎどうさんの期待に応えたい。

 夏陽かやさんから教わったことを活かしたい。

 春菜はるな真紀まきが俺を信じてくれた想いに応えたい。


 ――カンッ。


 視聴者のみんなが押してくれた背中に報いたい。


 ――カンッ。


 勝ちたい。

 俺自身の目標を叶えるため。

 勝ちたい。

 超えられない壁を壊すため。


 カン――。


「――いける」


 煌々こうこうと輝く剣を手に、立ち上がる。


 確信なんてない。

 この1撃で、あいつを倒せないかもしれない。

 でも、2人が与えてくれたダメージを信じる。


「どうした、今更気が付いたのか」


 戦闘中だというのに、パッと俺に視線を向ける【ウォルネーク】。

 ダメージが蓄積しているからかもしれないが、その表情からは焦りを感じる。

 そう、まるで今こいつを殺さないとマズい、という表情だ。


『ンガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

「そうだ、そのままこっちに来い!」

『ガッ――ハッ!?』

「残念だったな、これも結界なんだ。1撃で壊れるけどな!」


 突進から完全に体勢が崩れたところを――。


「はあぁああああああああああああああああああああっ!」


 ――光剣を振り下ろす。


『ガアアアアアアアアアア――』


 結界も光剣も砕け散り、【ウォルネーク】も咆哮を上げながら消滅した。


[きたああああああああああ]

[ふぉおおおおおおおおおお]

[やったああああああああああ]

[おめでとー!]

[勝利!]


 込み上げてくる達成感。


「はぁ、はぁ、はぁ……勝った……勝ったんだ……」

「やったー!」

「やったね」

「うひゃ~。本当に勝っちゃったよ」


 駆け寄って来てくれた春菜と真紀、そして拍手しながら歩いてくる夏陽さん。


「やった……んだよね」

「うんうんっ! 勝った! 勝ったんだよ!」

「シンが、ちゃんと止めを刺したよ」


 嬉しさを噛み締めるように、自分の手に目線を落して拳を握り締める。


「みんな、ありがとう。ありがとう!」

「私もありがとー!」

「よくわからない感じになってるけど。でも、私もありがとう」

「私、柄にもなくちょっと泣きそうだよ」

「弟子の初陣でしたから、泣いてもいいんですよ?」

「こっのー、本当に生意気を言うようになってー」


 爆発しそうな、この嬉しい感情を抱え続けるのはちょっとだけ無理そうだ。


「視聴者の皆さん、本日は本当にありがとうございました。ここからは諸々プライベートな時間にしようと思いますので、配信はここまでにしようと思います」


 俺の言葉を聞いてから、春菜と真紀も配信を終了する挨拶を初めてくれた。


[帰るまで気を抜くなよー!]

[本当におめでとー!]

[ワクワクとドキドキをありがとう!]

[祝勝会はほどほどにね~]

[次の配信も楽しみに待ってる!]


 本当に、皆さん温かい人たちで感謝してもしきれない。


「それでは、本日もありがとうございました!」


 ブレスレットを操作し、配信終了。


「それじゃあ、街に戻るよ。みんなお疲れだろうし、私も体を動かしたくなっちゃったから先導は任せて」

「ありがとうございます」

「よーし、それじゃあレッツらゴー!」


 もう、今の俺はその言葉を聞いてしまうと笑顔になってしまう。

 それだけ心に余裕ができたということか。

 心に余裕ができすぎて、帰りの際中に喜びを叫ばないようにしないとな。

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