「――じゃあ、私の役目はここまでかな」
「ありがとうございました」
俺たちは、再び階層ボス部屋の前に辿り着いた。
「ハルナ、マキ。前半と後半に分けて【ウォルネーク】を絶対に倒そう」
「うんっ。最初は3人の連携で体力を削る」
「そして、最後はシンのスキルで倒しきる」
「シンくんが肝心な役割であり要、か。絶対に失敗できない作戦って、プレッシャーがヤバそー」
「確実に勝ちにいきますから」
「ひょー。たった数日しか経ってないのに、言うようになったねぇ」
「なんせ、師匠がカヤさんですから」
「あっちゃー、変なところを受け継いじゃったか」
「いいえ。感謝してるんですよ」
「ならいいっか」
今の俺は、表情が強張っていない。
期待という重圧は、背中にのしかかるものではなく、背中を押すものに変わっている。
「だけど、まあ保険で私も入るからね。これだけは絶対」
「よろしくお願いします――じゃあ、行こう」
そうだ、忘れちゃいけない。
「皆さん、観ていてください。俺たちの勇姿を、そして挑戦を」
配信を観てくれている人たちだって、俺を――俺らを応援してくれているんだから。
[おおう!]
[勝つって信じてるぜ]
[いってこーい!]
[最後まで見届けてやんよ!]
[かっこいいところ頼むぜ!]
[俺たちも一緒だ!]
[初舞台を視聴できるなんて光栄なこった]
[手汗ヤバいけど応援してる!]
[負けるんじゃねえぞおおおおおおおおお]
[ファイトおおおおおおおおおお]
本当に皆さん、ありがとうございます。
閉ざされている両開きの門に触れると、いとも簡単に開いていく。
そのまま進んでいくと、中央に【ウォルネーク】が前足を枕にして寝ている。
「ハルナは右、マキは左」
「うんっ」
「任せて」
対する俺は、正面からの動きしか把握していないから必然的にこの配置に。
まず最初は。
「っと――だよな」
狼の体の方は寝ているが、尻尾の蛇の方が攻撃を仕掛けてくる。
それがわかっているのだから、タイミングを見計らって後方へ跳べばいい。
『グルルルル』
狼の方が体を起こし、ここからが勝負だ。
攻撃を回避しながら戦い、隙をみて攻撃。
尻尾の蛇は常に周囲し続ければならない。
そう、1人だったなら。
「【
でも今は違う。
春菜と真紀が攻撃をしやすいように立ち回る必要がある。
だったら、出し惜しみはなしだ。
俺にできる全力で、目を離させない!
『ガアッ!』
「さっき戦ったばかりだもんな。このスキルの厄介さを憶えていたりするのか?」
『ガアァアアアアア!』
言葉が理解できるわけでもないだろうに、俺の挑発を受け取ってくれたようだ。
天井へ顔を向け、高らかに咆哮をあげている。
「ああ、こいよ」
『ンガアアアアア!』
「はぁっ!」
『ガッ!?』
「どうした? さっきまでの俺とは違うぞ」
迫力あるタックルを結界で防御し、【ウォルネーク】が離脱するタイミングで攻撃を加えて頬に傷をつけた。
「階層ボスっていうのは、こんな攻撃で臆するような存在だったのか? さすがに拍子抜けだな」
『グルルルルルッ』
『シィイイイイー!』
「剣は1撃で壊れたって――ほら、まだまだ出せるぞ」
狼と蛇は両方とも俺へ怒りの感情を向けている。
「よし、ハルナ! マキ! 次の攻撃に合わせて、攻撃を合わせてくれ!」
『グルゥア!』
『シャー!』
「逃げないで受けきってやるさ」
わかっている、次の攻撃を。
このまま怒涛の連撃、そして蛇の毒攻撃。
動きが単調になっている今だからこそ、最大の反撃チャンス。
ハルナとマキも同時に攻撃できる条件は、俺が逃げずに攻撃を受けきること。
「防ぎきってやる!」
『ガアッ! ガアア! ガッア!』
「今だ!」
「いくよー!!!!」
「はーっ!!!!」
怒りに身を任せて、横から攻撃をくらっているというのに俺だけを観ている。
まさにこれぞモンスターという動きだ。
……さすがに、強力な攻撃を防ぎ続けると結界の枚数が少なくなっていく。
でもまだ耐えるんだ。
結界が少なくなっているなら、剣も防御に回せ、まだ出せる。
「どうした! 全然痛くもかゆくもないぞ!」
『シャァ!?』
「ハルナ回避!」
「あっぶなー」
「蛇の方がダメージに気が付いた!」
「わかった」
――そろそろ頃合いか。
蛇の方が伝達したのか、狼も痛みに気が付いて後方へ跳んだ。
少し距離があるから明確には把握できないけど、所々に傷が見えた。
そして、狼の方が体力が切れいるように息も上がっている。
「ここが決めどきだと思う。ハルナ、マキお願い!」
「わかったよー!」
「わかった」
「マキ、ここからは私たちが根性を見せるところだよ」
「うん。ハルナは、冷静さも失わないでね」
「最大の見せ場、頑張ろ」
「うん」
「いっくよーっ!」
「耐えて、時間を稼ぐ!」
2人が【ウォルネーク】へ向かって走り出す。
それを確認し、スキルを解除――と念じる。
何もない状態と俺は、準備開始。
「勝つために――【
結界が展開されたことを確認して、すぐに空中から1本の光剣を取り出す。
そして、右膝を立てて
「すぅー、ふぅー……――」
――カン。
スキルは精神に依存し、貧弱にもなり、強固にもなる――というもの。
――カンッ。
少し前だったら、集中していても2人が戦っている声を聴いてしまったら精神が乱れていた。
でも、俺は春菜と真紀を信じ、託したんだ。
――カンッ。
――カンッ。
視聴者のみんなが押してくれた背中に報いたい。
――カンッ。
勝ちたい。
俺自身の目標を叶えるため。
勝ちたい。
超えられない壁を壊すため。
カン――。
「――いける」
確信なんてない。
この1撃で、あいつを倒せないかもしれない。
でも、2人が与えてくれたダメージを信じる。
「どうした、今更気が付いたのか」
戦闘中だというのに、パッと俺に視線を向ける【ウォルネーク】。
ダメージが蓄積しているからかもしれないが、その表情からは焦りを感じる。
そう、まるで今こいつを殺さないとマズい、という表情だ。
『ンガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
「そうだ、そのままこっちに来い!」
『ガッ――ハッ!?』
「残念だったな、これも結界なんだ。1撃で壊れるけどな!」
突進から完全に体勢が崩れたところを――。
「はあぁああああああああああああああああああああっ!」
――光剣を振り下ろす。
『ガアアアアアアアアアア――』
結界も光剣も砕け散り、【ウォルネーク】も咆哮を上げながら消滅した。
[きたああああああああああ]
[ふぉおおおおおおおおおお]
[やったああああああああああ]
[おめでとー!]
[勝利!]
込み上げてくる達成感。
「はぁ、はぁ、はぁ……勝った……勝ったんだ……」
「やったー!」
「やったね」
「うひゃ~。本当に勝っちゃったよ」
駆け寄って来てくれた春菜と真紀、そして拍手しながら歩いてくる夏陽さん。
「やった……んだよね」
「うんうんっ! 勝った! 勝ったんだよ!」
「シンが、ちゃんと止めを刺したよ」
嬉しさを噛み締めるように、自分の手に目線を落して拳を握り締める。
「みんな、ありがとう。ありがとう!」
「私もありがとー!」
「よくわからない感じになってるけど。でも、私もありがとう」
「私、柄にもなくちょっと泣きそうだよ」
「弟子の初陣でしたから、泣いてもいいんですよ?」
「こっのー、本当に生意気を言うようになってー」
爆発しそうな、この嬉しい感情を抱え続けるのはちょっとだけ無理そうだ。
「視聴者の皆さん、本日は本当にありがとうございました。ここからは諸々プライベートな時間にしようと思いますので、配信はここまでにしようと思います」
俺の言葉を聞いてから、春菜と真紀も配信を終了する挨拶を初めてくれた。
[帰るまで気を抜くなよー!]
[本当におめでとー!]
[ワクワクとドキドキをありがとう!]
[祝勝会はほどほどにね~]
[次の配信も楽しみに待ってる!]
本当に、皆さん温かい人たちで感謝してもしきれない。
「それでは、本日もありがとうございました!」
ブレスレットを操作し、配信終了。
「それじゃあ、街に戻るよ。みんなお疲れだろうし、私も体を動かしたくなっちゃったから先導は任せて」
「ありがとうございます」
「よーし、それじゃあレッツらゴー!」
もう、今の俺はその言葉を聞いてしまうと笑顔になってしまう。
それだけ心に余裕ができたということか。
心に余裕ができすぎて、帰りの際中に喜びを叫ばないようにしないとな。