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第37話『みんなの想いを抱いて前へ』

「……みんな、ごめん」


 階段から出て街に入ってすぐのところで壁に寄りかかっている俺は、みんなの顔を見上げられずに俯いている。


 情けなくって、惨めで、不甲斐なくて。


「よくやったと思うよ、シンくんは。初めての階層ボス相手に、1歩たりとも逃げなかったじゃない」

「でも、それだけじゃモンスターを討伐することはできない。しかも夏陽かやさんが補助してくれなかったら、死んでいたかもしれないじゃないですか」

「ダンジョン内での、しかもモンスターとの戦闘に敗北したなら死は免れないから、それはそうかもね」


 本当にその通りだ。

 今回は助かったけど、次はそうなるかもしれない。


「でもね。失敗は成功への糧とも言うように、敗北もまた成功への近道なんだよ」

「それって、ダンジョンでやったら死んじゃうじゃないですか」

「まあ、それはシンくんが1人だったらの話じゃないかな」

「え……?」


 少し予想外な返しに、左横へ思わず顔を上げてしまった。


「さっきから、何かおかしいと思わない?」


 おかしいこと、さっきまでは気が付かなかったけど――。


「……」


 俺は、春菜はるな真紀まきが1言も発していないことを不自然に思い、死線を移動させて正面を向く。

 すると、普段の様子だったら夏陽さんに何かしらの反論をしていそうな2人は唇を強く結んでいた。


「シンくんが悔しいように、ハルナとマキも同じように悔しがっているんだよ」

「え……」

「だってそうだよ。仲間が負けるところを間近で観ていて、手助けできなかったんだよ、悔しいに決まってるじゃん」

「私だって同じ。パーティの仲間が必死に戦っているのに、制限されていたんだから」

「シンくんはわからなかったと思うけど、この2人さぁ、何回も飛び込んでいこうとしたから抑えるのが必死だったんだよ。あのときの私、まるで悪役を押し付けられた気分だった」

「ごめんなさい……」


 全て、俺のわがままが招いたこと。

 自分が強くなったとおごり昂って調子に乗ったて、みんなに迷惑をかける結果になった。


「さて、じゃあ次は私が謝る番だね」

「え?」

「実はシンくん戦う前、2人へ話をしていたんだけど――もしかしたら負けちゃうかもだから、『次に活かすため、ちゃんと観ておくんだよ』って伝えてあったの」

「……そういうことだったら、謝らなくて大丈夫ですよ。だって、その可能性は大いにあったわけですし、結果的にこうなったわけですから」

「私たちもここに来るまで、ちょっと怒ってたんだけど、カヤさんが言っていた意味がようやくわかったの」

「カヤさんは言いました、『次に活かすため』と」


 2人が何に気が付いたのか、俺にはわからない。

 だけど、さっきの表情は既になく、何か決意を秘めた目線を夏陽かやさんへ送っている。


「さすがはシンくんとパーティを組んでいるだけあるね。大正解」

「カヤさん、さっきからなんの話をしているんですか」

「それの答えは、2人が教えてくれるよ」


 何も理解できない俺は、言われるがままに春菜はるな真紀まきの方へ顔を向けた。


「次は、私たちも一緒に戦う」

「え!?」

「さっきの戦いは、私たちも負けたのと一緒。だって、私たちはパーティでしょ?」

「……でも――」

「わかってるよ。さっきまでの私たちだったら、絶対に足を引っ張っていた。でも今は違う」

「カヤさんは、私たちにもチャンスをくれていた。戦力としては心許ないけど、知力は活かせるって」


 そのための、手出し無用の傍観者を徹底させていた――ということか。


 少しだけ夏陽さんの顔を窺ってみると、笑顔で首を縦に振っていた。


「ちゃんと話し合おう。そして、作戦を立てよう」

「私たちだって戦いたい。シンの隣に立ちたいって、そう決めたんだから」

「……」


 ああ……俺は、なんて恵まれているんだろう。


 今回の敗因は、間違いなく先走って独り善がりだった俺の責任だ。


「……みんなで、勝ちたい」

「うんっ」

「だね」

「あいや~、青春だね~」

「おちょくらないでくださいよ」


 俺は立ち上がり、目をしっかりと開く。


「でもカヤさん、そろそろ時間なんじゃ」

「ん? まあ大丈夫大丈夫」

「そんな感じで大丈夫なんですか、本当に」

「オールオッケー」


 底抜けな明るさ、というわけじゃないけど夏陽かやさんには、この短い期間の中でいろいろと助けられた。

 それは、物理的な意味でもあるけど、大きくは精神的に。


「さて、ここでワンポイントアドバイス」

「え」

「大丈夫。ボスの特徴とかではなくてね」

「わかりました。ではお願いします」

「シンくんについてね。今のスキルは、万能で強力なんだけどまだ本領を発揮できていない。それは、2人ともわかる?」

「はい」

「新しい方はわからないですけど、わかります」

「強力な攻撃を放つまで、相当な集中力が必要なの。戦闘中であったとしても」

「だから、私たちが時間を稼ぐ必要がある」

「心配されるような立ち回りではなく、任せてもらえるような」

「あれあれ、もしかして経験あり?」

「もちろんです」

「狼型の【トガルガ】と戦ったことがありますので」


 言われてみたらそうだ。

 かなり違うように見えるけど、俺たちは以前に階層ボスと並ぶぐらい強力な敵と戦っていた。

 あのときは、そこまで広くない場所で戦っていたから攻撃が命中したけど、今回はどうなんだろうか。


 いや待て。

 前より戦う場所は広いということは、モンスターの移動範囲も広がる。

 だけど、逆に言えばその理はこちらにもあるということ。

 だったら、囮を担当してもらうのは不可能じゃない。


「注意を引きつける役、完全に2人に任せるよ」

「任せてっ」

「やり切ってみせる」

「ははーん。私、ちょっとだけみんなのことを見誤ってたかも」

「どうかしましたか?」

「だってさ、普通に考えたら今回は諦めて次のために準備をする。これが鉄則だと思うんだけど、みんなはまさかのどうやったら倒せるか考え、もうすぐに挑戦しようとしてるでしょ」

「そうですね」

「かーなーり普通じゃないよ。でもまあ、普通じゃない経験をし続けているからこそのたくましい考えなのかもね」


 夏陽かやさんが言っていることは、本当にその通りかもしれない。

 だけど、今の俺たちだったら負ける気がしない、と勝手に思っている。


 ……いや。


 春菜はるな真紀まきの表情を見ても同じ考えだし、なんならその目は俺と同じく、『負ける気がしない』という意志が宿っているようにしか見えない。


「カヤさん、見ていてください。俺たち、絶対に勝ちますから」

「期待してるよ」


 そうだ、俺はその期待に応えたい。

 いや違うな。

 みんなで、その期待に応えたいんだ。

 そして課題であれ障害であれ壁であれ、乗り越えるんじゃない、ぶっ壊してやる。


「あ」

「ん?」

「思ったんだけど、配信って配信者が気絶すると自動で止まるんだったよね」

「わかんない。そうなの?」

「そうだね~。あ」

「俺、気を失いかけたけど……ここまでの記憶はちゃんとあるんだよね」

「てことは……」


 今までの流れ、全部聴こえてた?

 恐る恐る、顔を動かさずに目線だけ横へ。


[やっと気が付いてくれた?]

[やっほー、観てるー?]

[俺たちはずっと観てたぞ!]

[心配したんだぞー]


 ……。


[いやはや、いいものを観させてもらったな]

[俺もこんな青春を謳歌したい]

[みんなならきっと勝てる!]

[負けるんじゃねえぞ!]


 みんな……。


[信じてるぞ!]

[さっきのやつ、強そうだったけどみんななら大丈夫だ!]

[命大事にだよ]

[最高の瞬間を期待してるぜ]


 みんな……ありがとう。


 こんな温かいコメントを沢山貰って、必死に涙を堪えるしかない。

 そうだ――俺の戦いだけじゃなく、春菜はるな真紀まき、そして視聴者も一緒なんだ。


「皆さん、この戦い絶対に勝ちます」


 やる気がみなぎってくる。


[おうおう行ったれ行ったれー]

[祝杯を用意しておかないとな]

[俺たちの想いも連れていってくれ!]

[あんな犬っころ、ぶっ倒せ!]


 いいな、そのコメント。


「はい。皆さんの想いも一緒に戦います」


 別の意味でもよかったと思う。

 配信中ということが頭の中から抜けていたけど、夏陽さんの情報を話してしまわなくて。

 やらかしていたら……大丈夫だとは思うけど、もしものとき責任の取りようがなかった。


「さて、じゃあ特別コース追加ってことで。また私が先導してあげるね」

「本当に、時間は大丈夫なんですか?」

「全然問題なしなーし」

「……わかりました。お願いします」

「そーれーじゃーあー、リベンジを果たしにレッツらゴー!」


 もはや耳馴染みになってしまったそのセリフを聞いて、俺はクスリと笑うようになっていた。

 少し前の俺じゃ考えられない。

 心の余裕ができてきたかもしれないが、たぶん、みんなに心を許せるようになってきたからなんだと思う。


 この戦い、負けるわけにはいかない――みんなと一緒だから!

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