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第36話『期待に応えるため進む』

「――ここが、階層ボスの部屋……」


 俺たち3人はただ走るだけで辿り着いてしまい――当然、夏陽かやさんの強さを初めて目の当たりにした春菜はるな真紀まきは、終始自分の目を疑っているような素振りを見せていた。


「階層自体が部屋になっているわけじゃなかったんですね」

「そうそう。この階層も、部屋の周りは普通のダンジョンになっているんだよ」

「初めて尽くしで理解が追いつかないです」


 俺たちは、辺りを見渡す。


 正面になるのは、見上げるほどの両開きの大扉。

 たぶん、5メートルぐらいはある。


 不思議で仕方ないのが、俯瞰したように階層を想像すると――部屋が階層の真ん中にあって、ドーナッツみたいになっているんだと思う。

 ここまでの階層は、壁があったり洞窟みたいになっていたり様々な地形があったから尚のこと。


「ここでアドバイス……といきたいところだけど、なしの方がいいよね」

「はい、それでお願いします」

「初めてのボス戦だもんね。でも、危ないと思ったら絶対に部屋から抜け出すこと。そして、2人は私ができるだけ護るから勢いに任せて跳び出さないこと」

「……わかりました」

「善処します」

「基本的にはシンくんとボスの1対1ね。これは絶対。ハルナとマキは、今の実力だと厳しいと思うから」


 わがままに付き合ってもらっている、そう捉えられても仕方がない。

 春菜はるな真紀まきは完全に納得している表情じゃないが、夏陽かやさんなりに考えた最善なんだと思う。

 俺みたいな防御系のスキルがあるならまだしも、バラバラに動かれたら守る手段がないのは仕方がない話だ。


「それじゃあ、行きます」


 覚悟なんて決まっていない。

 でも、時間の猶予を考えると悠長に深呼吸を繰り返していられないから、緊張を紛らわせるように足を進める。


 なんと不思議なことに、両開きの大扉は見た目通りの重量感はなく、すんなりとガガガッと音を立てながら半自動で動いてくれた。


「……」


 部屋の中に進んでいくと、中央に寝ているモンスターが1体。

 全てにおいて初めて尽くしだけど、情報だけは予習してある。


 この階層を守護しているボスモンスターの名前は、【ウォルネーク】。

 全身は大型の狼、尻尾が大型の蛇になっている。

 攻撃パターンは……あまり憶えていない。


 だけど基本的に序盤の階層ボスは、そこまで出現しているモンスターの特徴を有している、というのは憶えている。

 だから、狼型のモンスターと戦闘を繰り返したからある程度は問題ないけど……蛇型に関しては、夏陽かやさんが瞬殺してしまったから全くわからないな……。


 でも大丈夫、今の俺ならいける!


閃界せんかいのワークショップ」


 結界が出現しているのを確認し、光剣も空中から取り出す。


 敵が動き出すのをわざわざ待っている必要はない。

 攻守を備えているなら、先手必勝だ。


「――っ!?」


 迂闊だったな。

 狼の方がまだ目を閉じていたから、蛇の方の攻撃を見切ることができなく結界が防御してくれた。


『グルルルル』

『シャーッ』


 狼の方まで目を覚まし、立ち上がった姿に1歩下がってしまう。


 この威圧感と大きさ、身に覚えがある。

 苦戦して、初めて恐怖心を植え付けられた【トガルガ】と一緒のもの。


 あの時の記憶が鮮明に蘇り、さらに1歩下がってしまう。

 蛇に睨まれた蛙っていうのは、たぶんこういう気持ちなんだろうな。


 だが――。


「今の俺は、1味も2味も違うぞ」


 俺は目標に1歩でも近づくため――そして、義道ぎどうさんの期待に応えたいんだ。

 だから、たとえ1人だろうと怖気づいたりはしない。


「いくぞ!」

『ガルァ!』

『シャッ!』


 心臓の音は相変わらず凄いけど、なんとか【ウォルネーク】の攻撃を目を逸らさなかった。

 たかが体当たりだけど、目線が同じモンスターの攻撃はかなり迫力がある。


「大丈夫。落ち着け、いける」

『ガアァ!』

「くっ」

『シーッ!』


 さっきより攻撃の速度が上がり、腕で目を覆ってしまった。

 なんせ、体当たりだけではなく蛇の方も体を叩きつけてきたから。


 まさかの2連攻撃は、さすがに焦った。


「こっちだって攻める。はぁあああああああああ!」


 ダメだ、早くて攻撃が当たらない。

 大丈夫、焦るな。


 相手の方が素早いのなら、攻撃するタイミングを利用すればいい。


「はぁ、はぁ、はぁ――」


 さすがに冷静に対処するのは無理だな。


 落ち着こう、落ち着こうと思えば思うほど、自分でも制御できないほど呼吸が浅く早くなっていく。


 でもやるんだ、やらなくちゃいけないんだ!


「いつでも来い」

『ガアアアアアッ!』

『シーィッ!』

「なっ!? ヤバい!」


 俺は、結界があるとわかっていても緊急回避行動で右へ跳んだ。

 咄嗟のことだったから、地面にゴロゴロと転がってしまう。


「あんなタイミングで、遠距離攻撃の毒を飛ばして来るってヤバすぎだろ」


 たぶん、あれは結界で防げていたとは思う。

 でもあんな……2連攻撃なんて比にならない攻撃を全部防げたとして、その次はわからなかった。


「え……」


 咄嗟に立ち上がると当時に結界の枚数を確認すると、最初は20枚ぐらいあったものが5枚になっていた。


「お、俺じゃ、通用しないってことなのか……?」


 次、同じ攻撃が来たら……完全に負けじゃないか。


『グルルル』


 マズい、今にも突進してきそうだ。


 どうする、どうする、どうする。

 回避が上手くいったとして、防御も出来たとして、その次は?

 運よく攻撃を当てられたとして、1撃て討伐することができるのか?


「はっ、はっ、はっはっはっはっ――」


 ダメだ、勝てる未来がみえない。

 せっかく期待してもらっているのに、せっかくいろいろと指導してもらったのに、せっかく俺のわがままに付き合ってもらったのに。


 俺はまた――みんなの期待に応えることができないのか。


「あ、ああ、ああああああああああ」

「一旦、ここまでだね」

「あああああ――」

「大丈夫、お疲れ様」


 ――ああ、なんて情けない。

 最後の記憶は、夏陽かやさんに担がれる記憶だった。

 ああ、本当に情けない――。

 冷静に状況判断をして、撤退をしてくれたんだ。

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