「いいよいいよ、その調子その調子」
「はぁ、はぁ……はぁ……」
意気が上がってしまっている俺に、
「剣の指南とかできたらよかったんだけど。私、人に教えることとかしたことがないし、口で説明しても上手に伝えられない自信しかないんだよね」
「いえ、戦っている姿を見させてもらっているだけで勉強になります」
「いいねその意気っ。習うより慣れろ、的な言葉があるぐらいだから考えたりするより体を動かした方がいいってね」
まず初めに、好戦的なモンスターとの戦闘。
基本的には
という形式でやっているわけだけど、やってみてわかる。
頭では理解できていても、完全に模倣することはできない。
いや、模倣できているつもりになっているだけだ。
技術が伴っていないだけではなく、単純な体力不足。
圧倒的な実力差があるのは当たり前だけど、もはやそれ以前に自分がどれほど鍛錬を怠っていたことが簡単に理解できてしまう。
情けない、不甲斐ない、みっともない。
「でも、今のシンくんを観ているとあのときのことを思い出すなぁ」
「昨日今日で思い出すようなことってありました?」
「ううん、もうちょっと前のこと。というか隠す事でもないけどね、だってシンくんには少しだけ話をした内容だから」
「ごめんなさい、見当がつかないです」
「難しく考えなくていいよ。最初のパーティの時の話。私が好き勝手にやって、ふとみんなの姿を見たとき、今のシンくんみたいに疲れ果てて震えながら剣を持ってたの」
「……」
「そのときの私は、言ってしまえば最低だったの。『なんで私は疲れてないのに、みんなは疲れているんだろう』、『もしかしたら疲れている演技をして休憩したいのかな』なんて思ってたの。ふざけてるよね」
俺は、夏陽さんがそのときに抱いていた気持ちや考えを理解することはできない。
でも逆に、そう思われていたパーティの人たちのことは痛いほど理解できてしまう。
なぜなら、俺もそっち側だったから。
「そのときかな、初めてメンバーに――いや、他人から直接言葉で伝えられたのは。『私はあなたじゃない。自分勝手に行動しないで』、『少しは俺たち凡人の気持ちも理解してもらえるとありがたいんだがな』、『こっちだって必死にやってるんだから、少しぐらい合わせてほしい』――なんて言われちゃった」
「……」
夏陽さんには申し訳ないけど、同情はできない。
そのときの状況などをわからないからなんとも言えないけど、その言葉を吐いてしまった人たちの心境は理解できてしまう。
でも、だからと言って夏陽さんを責めることもできない。
俺も、頭ではわかっていても片隅では思っていたことがあった。
自分は天才でも一芸に長けているような人間ではない――でもだからこそ、もしかしたら自分にも才能が開花する瞬間があるんじゃないか、自分でも成し遂げられる偉業があるんじゃないか、なんて想いや願いが捨てられずにいる。
しかし、自分が沼で
そんな、常軌を逸した存在が
「後になって後悔したよ。リーダーに出会って、今度は自分がその立場になってようやく。そして、『ああ、本当に私は自分勝手で救いようのない馬鹿だったんだ』って落ち込んだよね」
「俺にとって
「あはは。実際に姿を見たことがあるシンくんがそう想ってしまうぐらいには、その考えはあながち間違ってないのかもしれないね」
「え」
「冗談だよ冗談。リーダーはちゃんと赤い血が通っている、私たちと同じ人間だよっ」
「で、ですよねー」
夏陽さん、その冗談は全然冗談に聴こえないんですけど……。
「さて、休憩はここまでにして。そろそろシンくんの試したいやっていこうか」
「ありがとうございます」
「それで、配信はするの?」
「あー、そっちは考えてなかったです。んー、とりあえず夏陽さんの一緒に行動しているときはやめておこうかなって思います」
「オッケー」
現状で配信したら、たぶん大盛り上がりになると思う。
普段は観ることができない【
それに、今更だけど夏陽さんの言葉に答えを出せたのかもしれない。
確実じゃないしパッと思いついたことだけど――他の探索者にスキルを知られてしまう危険性――というのは、かなり低いんじゃないかなって思う。
狩りの時間が被っている人たちは、ほとんど配信を観ることはないだろうから。
浅はかな考えかもしれないけど、配信を観ている人たちのほとんどは探索者じゃないと思う。
当然、可能性は0じゃないと思うけど。
「さてさて、まずはどれから?」
「まずは武器の持続性と複数持ちできるか、を実験してみたいと思います」
「じゃあ私にできることはあまりなさそうだね。近づいてきそうなモンスターを討伐するぐらいかな」
「そうですね、よろしくお願いします」
「わくわく、わくわく」
「では始めます――
スキルを手に入れてからそう時間は経っていないけど、なんだかこの結界にも慣れてしまった。
「まずは1本目」
空中に手を伸ばすと、光の入り口のようなものが出現――そのまま光剣を取り出す。
「ほほ~」
こっちの方は未だに慣れない。
夏陽さんも感心を寄せていると同じく、俺だって目の前から手が消えるんだから若干の恐怖心も抱いている。
それじゃあ、次。
武器を2本取り出すことができるのか。
「――なるほど」
「おお~」
「いける、みたいですね」
まさか、本当にできてしまった。
左右に1本ずつ握っている光剣。
「なかなか扱いにくいものですね」
「まあ、慣れないと1本の時より効率は落ちちゃうかもね」
しかし、心の余裕が出てきたからなのか、冷静にいろいろと観察することができる。
剣自体は光っているものの、柄も剣身も至って普通のもの。
威力は目の当たりにしているからわかっているけど、武器自体に重さという概念がないように感じる。
だけど、しっかりと握っている感触はあるのだから不思議でしかない。
「じゃあそのままどれだけ維持できるか、だね」
「はい、そうなります。長ければ長いほどありがたいですけど」
「1撃で壊れちゃうから、せめて持続率はあってほしいものだね」
ん、どうせだったら別のことも試せるんじゃないか?
「夏陽さん、結界の外に出て殴ってみてください」
「はいはーい」
とか自分からお願いしておいて、どの口が言っているんだって思われるだろうけど……なんの
単に恐れ知らずなのか、俺を信用してくれているのか、少なくとも俺には真似できないな。
夏陽さんは言われた通りに結界を剣で小突き、結界が光の破片となって粉々に砕け散った。
「ご覧の通り、結界も1撃で壊れてしまいます」
「ふむふむ。でも、強力な1撃も防いでくれるんでしょ?」
「はい、そうです。まだまだ検証は必要なんですけど、今のところは『吸収』でも『反射』でもない感じです」
「なるほどなるほど。それで、私にやってもらいことは終わりかな?」
「いえ、これからです。と言っても、質問の答え次第なんですけど」
「どんと質問してちょうだい」
「スキルというのは、他人に干渉するものなのでしょうか。簡単に言ってしまうと『俺のスキルで取り出した光剣を夏陽さんが持てるかどうか』、なんですが」
「ほほーう、面白いところに目をつけるね。基本的にスキルは、自分が主体になるものばかりだね。でも、その中にも例外はあって、スキルで相手を回復するって感じのものだったり、相手を強化するものだったり」
「なるほど。憶測で話を進めてしまいますけど、自分に何かしらの作用を起こし、相手を回復する感じでしょうか」
「そうそう。モンスターを1体討伐すると、1人を回復できる的な感じで」
自分が主体でスキルが発動する、ということは、できるかもしれない。
「
「……お、なるほどなるほど! その案、乗った!」
「ですが一応。もしかしたら暴発してしまうかもしれません、ですので――」
「大丈夫大丈夫! そんな提案をされてしまっては、私の興味を止めることはできないよーっ」
「わ、わかりました」
目がキラッキラに輝いている夏陽さんを止めることは、本当にできなさそうだ。
というか、強引に取られたら抵抗なんてさせてもらえないだろうし。
お願いします、本当に何も起きないでください。
「で、では」
「おお、軽っ」
「なんともありませんか?」
「ぜーんぜん」
「よ、よかったです」
と、こちらの心配を知ってか知らずか……いや、あんな楽しそうに光剣をブンブンと振り回している姿は、もはや全てどうでもよさそうだ。
「いいね~これ。扱いやすーい」
「それは何よりです」
あっさりと検証が終わってしまった。
でも、渡す判断は正解だったな。
俺は剣の技術はないし体力もそこまでないから、あそこまで剣を振り回したり――いや、剣舞することはできない。
あそこまで綺麗かつ流れを止めないように剣を振り続ける技術は、本当に凄い。
見惚れてしまう。
「いろいろと一気に試すことができたね。持続時間もかなりいい感じなんじゃない?」
「――そ、そうですね。本当にありがとうございます」
「じゃあ最後に、私が思いついたことをやってみたいんだけどいいかな」
「ぜひとも」
「私の剣とシンくんの剣、打ち合ったらどうなんだろうね」
「おぉ、なるほど」
「単純に気になったんだけど、スキル所有者が使う場合と譲渡? した場合の威力に違いがあるのかが気になって」
「ぜひやりましょう」
「よーし、じゃあ行っくよーっ」
「え、ちょ、今すぐですか!?」
「そのまま動かないでねっ」
たった1撃で終わってしまうにしても、目を閉じずに夏陽さんの動きを追わないと。
またとない絶好の機会――。
「わお、なるほど」
「へ」
随分と情けない声が出てしまったけど、もはや仕方がない。
なぜなら、必死に目で追って構えていたけど、あっという間に終わってしまったんだから。
結果、同時に2本の光剣が破片となって粉々に砕け散った。
そして、俺は一気に足の力が抜けてその場にドスっと崩れ落ちる。
「あははっ、ごめんごめん。つい心の赴くままに動いちゃった」
「い……いえ、ありがとうございました」
「どれどれ、このまま次の検証といきましょーっ」
「ごめんなさい、少しだけ、ほんの少しだけ休憩させてもらってもいいですか。その、力が入らないと言いますか」
「オッケーオッケー、全然オッケー」
「ありがとうございます」
とか言葉を選んだけど、正直ビビった。
冗談抜きで、一瞬死んだかと思った。
そして、こうして一緒に行動してくれている人間との差を、たった1撃だけで思い知らされた。
夏陽さんは今もニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべているけど……ダメだ、今すぐに気持ちを切り替えることはできない。
……浮かれていたな、俺。