階層移動用の通路まで辿り着いた
「いやぁ~、まずは正直にさっきのは驚いちゃったよ」
「スキルのことですか?」
「それもそうなんだけど、シンくんは予想していた以上にやるんだなぁ~って」
「あれ?」
「どうかしたの?」
「さっきまで
「ありゃ、そうだったかな」
「そうでしたね」
「あら~、いつもの癖が出ちゃってたみたい」
夏陽さんは平謝りをしているけど、そもそも確認をしてきたのって夏陽さんだったよね?
「私、変な癖があって。真面目な雰囲気~な時は固く呼んじゃうの。それで、やわらか~い時には砕けて呼んじゃうの」
「なんですかそれ。癖っていうか、もはや器用すぎません?」
「あはは、どっちなんだろうね?」
「俺に聞かれてもわかりませんよ。少なくとも【
それをわかっていれば、真面目な話をしている時ってわかりやすい気もするけど。
でも逆に、それがわかっているからこそ身構えちゃいそうだし。
「だからどっちかにしてほしいんですけど。両方呼んでみて、言いやすかった方で大丈夫ですので」
「わかった。じゃあ……シンくん! こっちの方がフレンドリーな感じがして、やっぱりいいよね」
「じゃあそれで」
でも
「話を戻すんだけど。シンくんってさ、もはや初心者って段階はとっくに通り越してると思うよ」
「いやいや。全然そんなことはないと思いますけど」
「シンくん的には、戦闘面だけで考えているから『自分はまだまだ』だって思ってるんでしょ?」
「そうです」
「そこら辺に関しては、ぶっちゃけ数をこなしているかどうかってだけだよ。それに、敵に対して臆病でいることは恥ずかしいことじゃないよ」
「でも……正直、モンスターと戦うのは怖いですよ。みんなと一緒ならともかく、1人だったらかなり」
「その感覚っていうのは、すっごく大切にしておいたほうがいいよ。『慢心せず相手を思慮深く観察し、油断せずに弱点を見極め、常に最善の選択を導き出す』。これは、この先ずっと探索者として生きていくのなら絶対に忘れちゃいけない」
「――わかりました」
さっき、夏陽さんは自分の癖について話をしてくれた。
だから、これからの話は気軽なものになるって思っていたのに、この話ってどう考えても真面目な話ですよね。
こういう流れになるんだったら、話が終わった後に名前の呼び方を統一してもらえばよかった……。
「ってな感じで先輩からのアドバイス的な感じに言っているけど、この言葉はリーダーが言ってることなんだよね」
「
「私もその話を初めて聞いていた時は同じことを思ってたよ。ガンガン攻略していって、毎日が全く負ける気がしなかった時」
「あはは……」
サラッと強者アピールをされているけど、全く疑う余地すらないのがまたなんとも言えない。
「だけど、その言葉を聞いた後からいろいろと意識が変わったんだよね。リーダーのことを注意深く見てみると――話をしている時とは、全くの別人みたいな顔だったの」
「どんな感じにですか?」
「一切の笑顔はなく、表情を変えず常に全体へ視線を向けていた。どんな状況だとしても全体を把握して、移動している最中も警戒を怠らず。なんていうか、それまでは何も意識せず、それが当たり前だからとしか思っていなかったの。だけど、それからいろいろとわかるようになったんだ。『ああ、やっぱりこの人って凄い人なんだな』って」
「状況とかはわかりませんけど、なんとなくわかります。鍛冶師見習いの時、
あの、一点に集中しているように見えて常に思考を高速回転させているのがすぐにわかる感じ。
最初は『す、凄い』、という簡単な言葉だけで済ませてしまっていたけど、そんな生温い考えはすぐに消えた。
あれはもう、完全に別人としか思えない。
多重人格者なのではないか、としか考えようがなかった。
それほどまでの"圧倒的な集中力"を、義道さんは持っているのだから、探索者としてもそれを発揮しているだけのことなんだろう。
「そんなリーダーを知っているシンくんだからこそわかると思うんだ。あの人って、普通だったら他人から『天才』とか『カリスマ性』とか『持って生まれた才能』とかって言葉で片付けられちゃうじゃん? でもさ、リーダーを知れば知るほど、そんな言葉からは一番遠い人なんだなって思わない?」
「全くの同意見です」
「あっははー、だよねだよね。話がわかってくれる人が居るって超嬉しー!」
「俺からしたら、そんな義道さんと同じ場所で戦っている
「そうかな?」
「そりゃそうですよ。パーティならまだしも、チームなんですから」
「まあ、ね」
出会ってから、常に明るい表情を見せていた夏陽さんの表情が曇ったような気がした。
「私は逆でね、生まれてからチームに所属するまでずっとチヤホヤされてたんだ。『天才だ』って『才能の塊だ』ってさ。まさに、リーダーとは真逆だったんだよ。だから、チームの話を聴いた時は
「随分と恐ろしい考えを持っていたんですね」
「まあね、そんな感じにチヤホヤされてたからお高くとまってたんと思う」
「俺には経験がないから共感しようがないですけど」
「でもさー。今じゃ、この人以外と戦うなんて考えられないって思ってるからね」
「経緯はどうあれ、義道さんには人を引き寄せる何かがあるんじゃないですかね」
「ね、あれって恐ろしいと思うんだよ。悪用したら、とんでもない悪党になっちゃうんじゃないかな」
そんな、絶対に本人の前では言えない冗談を口にし始めた夏陽さんは、さっきまで観ていた明るい表情に戻っていた。
「薄情なことを言っていると、怒られちゃいますよ?」
「うっひょー、怖い怖い」
夏陽さんは怯えるように、自分の腕で自分を抱いて小刻みに震えている。
たぶん、義道さんが怒っているところを目の当たりにしたことがあるんだろう。
いや、もしかしたら夏陽さんが義道さんから怒られた経験があるのかもしれない。
そんな考察をしていると、夏陽さんはぴょんっと立ち上がる。
「それでね、私はシンくんにもその素質があるかもって思っちゃってね」
「なんですかそれ。変に期待することだけは言わないでください」
「まあ~、まだまだ始まったばかりだしね」
「数日経った後、その考えは変わっていますよ」
「どっちにかなぁ~?」
「素質なし、の方ですよ」
俺も夏陽さんに倣って立ち上がる。
「スキルって、まだまだわかっていないことが多いんだけどさ。一説には、その人の心の内に潜んでいるものが関係しているって言われてたりもするんだよ」
「なんですか、そのとても興味深い話であり、もう俺には手遅れな話は」
「まあまあ。ぜひ、お仲間に教えてあげてちょうだいな」
「そうしておきます」
「しかも悲報かもだけど、基本的にスキルって他人へペラペラと喋っていいものでもないんだよね」
「……心当たりがありすぎて、その先に待っている言葉を聞きたくないんですけど」
「あら残念、続けるけど」
「ですよね」
「その一説通りに話を進めると、スキルを使うってことは、相手に心の内を見せるって話にもなっちゃうんだよね」
「配信でスキルを使っている俺って、どう思います?」
「ん~、露出癖がある、もしくはナルシストってことになるんじゃないかな」
「うっぐっ」
話の流れ的にそうなんじゃないかって思い始めていましたけど、もっとこう……オブラートに包んでくれてもよかったじゃないですか……。
痛いですよ、心が。
「あはは、まあやっちゃってるのはしょうがないよ。そんな面白いことをしているぐらいだから、ちょこちょこと観に来てくれている人がいるんじゃないの?」
「はい……ありがたいことに、今ではチャンネル登録者数は180人になりました。再生数的なやつはその何倍もあります」
「おっもしろーい! それだけの人に自分の心の内を披露しているなんて、もはや露出趣味じゃんっ」
「やめてくださいよ! あーあーあー。恥ずかしくて、今すぐにでも布団の中で
ああ、今ならわかる。
誰かが言った、『穴があったら入りたい』とはまさにこのことだーっ!
「とりあえず、そこまで行っちゃってるんだったら続けてみた方が面白いと思うよ。他の人はやってないんだろうし、凄く強いスキルっぽいから自分の身は自分で護れるだろうし」
「そ、そうですかね……」
「たぶん、ね」
ねえ
俺、このまま全力で走って逃げますよ?
「そろそろ休憩も終わりってことで。まだまだ時間はあるんだし、後でまたいろいろと話をしよっ」
「お願いですから、お手柔らかにお願いします。俺の心が先にノックダウンしてしまうかもしれませんから」
「そうなの?」
「はい」
「大丈夫でしょっ」
「いいえ」
そんな、『きゃぴっ』って感じに舌を出しながらウインクしても許されませんよ?
どう見ても可愛いですけど、やってることはエグいですからね?
いや本当に、可愛いですけど騙されませんよ?
「それじゃあ再開ーっ!」
「よ、よろしくお願いします……」
頑張れ俺、負けるな俺。