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第8話『ダンジョンへ向かう最中の話』

 俺は、自分の耳を疑った。

 というより、『はいそうですか』と簡単に受け入れられる方がどうかしている。


 いろいろとあの場所で話を聴きたかったけど、周りの目が意味する事を理解してしまったため、美和みよりに感謝だけを伝えて探索者組合から足早に立ち去った。


「そんなに急がなくても大丈夫じゃない?」

「それはそうですけど……」

「別に隠れるような事も、人目を避ける事もしていないんだし」


 本当にその通り。

 夏陽かやさんが正しいのわはわかっているけど……というより、恥ずべきなのは俺の方だ。


 美和みよりからは、俺がどんな風に映っていたんだろうな。

 憧れている、目標にしている、とずっと変わらず言い続けているのにもかからわず、一緒に食事までしていた人物がどんな人なのかわかっていなかった。

 顔が熱い、熱すぎる。

 絶対に耳まで真っ赤になっていると思う。


「せっかく足を動かすなら、このままダンジョンに行っちゃわない?」

「え」

一心いっしんくんってさ、今よりもっと上を目指してる?」


 その質問に足を止めると、気が付けばダンジョン方向へ来ていた。


「はい。俺は本当に弱いです。冗談とか謙遜じゃなく、パーティの中で一番弱いです」

「ふむふむ」

「隠しているわけじゃないんですけど、でも積極的に言えない事もありました」

「この際だし、言ってちゃおう」

「……わかりました。俺はパーティから追放された事があります。言い渡されたのは突然でした」

「……」

「でも、俺はみんなを恨んだりはしていません。だって、俺が弱いだけじゃなくてあんまり活躍できませんでしたから」


 パーティから追い出されたのを何も気にしていないというのは嘘になってしまう。

 だけど、追い出された理由が自分にあるのをみんなのせいにするのは違う。


「自分にできる事をやって、戦闘面では役に立たないならせめて武器の整備だけでもって頑張りました。これでも俺、鍛冶師の端くれなんですよ」

「なるほどねぇ~。じゃあこのままダンジョンに向かいながら話を続けよう」

「わかりました」


 通り過ぎる人達の目線が気になり過ぎるけど、この数日間は諦めるしかなさそうだ。


「それにしても面白い巡り会わせだなって、思ったよ。一心くんって、うちのリーダーと同じ鍛冶師なんだね」

「実は俺、ずっと鍛冶師だけで生きていくって幼少期から思ってたんです。でも、義道ぎどうさんに憧れちゃって探索者になろうって思ったんです」

「ほえぇ~、本当にこの出会いはすっごい巡り会わせだ」

「俺もそう思います」


 この出会いは、本当に偶然の出会いだった。


「もしかしたらなんだけど、リーダーと一心くんって顔を合わせた事があったりするの?」

「はい、一度だけです。俺の師匠と義道さんの師匠が顔見知りだったようで、ほんの少しだけお話する機会がありました」

「はえぇ~、じゃあもしかしたらリーダーも憶えてたりするんじゃないかな。会ってみる? 私達、未到達領域のボスを討伐したばっかりだから休暇中なんだよね」

「いやいやいや! こんな俺が義道さんと会えたとしても、話せる事なんて何もないですよ。それに、本当に一方通行の憧れですから。きっと忘れちゃっていますよ。それ以来、一度も顔を観る事すらなくなっていましたから」

「まあ、リーダーもいろいろと忙しいだろうからねぇ。でもさ、私は決めちゃいました」

「何をですか?」


 夏陽かやさんは腕を組んで、これから『これから宣言します』と言わんばかりに鼻から息を吸いこんで胸を張っている。


「私はこの数日で、一心いっしんくんが今より強くなれるようにお手伝いをします」

「いやそれは――」

「いいえ、これは決定事項です。私、こんなちょっとしか一心くんと話をしていないけど、いろいろとわかったよ。どうせ、『こんな俺のためにそこまでしてくれなくても』とか『お礼をしたいって言うのなら、ご飯を奢ってもらいましたから』って言おうとしてたでしょ」

「うっ」

「なんかねぇ~、似てるんだよね。リーダーと」

義道ぎどうさんとですか……?」

「うんうん。今はちょっと違うけど、出会った時は本当に一緒だったよ。自分を下げて、他人を上げる。とかね」

「なるほど……」

「そして『自己犠牲の精神』かな。これは、今も昔も変わらないんだけどね。凄いんだよ、ここ一番の肝心な時に魅せるリーダーの素質ってやつなのかな。上手く言えないんだけど、凄いの。『ああ、この人と一生一緒に戦いたい』って思わせてくれるの」


 最前線を戦い、誰からも慕われ、探索者の憧れとなる存在――それが義道さん。

 それはパーティメンバーからも変わらないって事なんだ。

 あまりにも俺とは真逆すぎる。


「まあでもさ、最初は誰でもそんなもんだよって話だよ。リーダーだって、最初は私より突っ走るタイプだったし」

「え? 本当ですか?」

「そうそう、危なっかしいったらありゃしなかったよ。誰よりも戦い方は雑だし、誰よりも傷が多いし」

「へぇー、珍しいっていうか、貴重っていうか、以外ですね」

「まだまだあるよー。昔も今も、料理は壊滅的だし、寝起きの寝ぐせも爆発頭なんだよ。あれはいつ見ても芸術的だね」

「全然、そんな姿を想像できません」

「まあね。でもさ、誰でもそんなもんだよって事。結構な人から神みたいな存在として崇められていたり、一心くんみたいに尊敬の眼差しで見られたりするけど、リーダーだって普通の人間なんだよね。だから、今の一心くんも等身大で良いと思う」

「等身大ですか。俺はいつでも等身大なような気がしますけど」

「のんのんのん」


 夏陽さんは人差し指を立てて左右に振っている。


 だけど、俺はいつだって等身大の事しかしていないはず。

 ここでなんと言われようとも、活躍ができず、誰かの役に立てているわけでもない。

 強くなろうと思っているだけで、実際には全然前へ進めていないし。


「一心くん、焦ってない?」

「焦り、ですか?」

「うん。焦って、強くなろうとしていない? 焦って、大変な事を続けて頑張ろうとしていない?」

「……しています」


 まるでどこからか覗かれているような気分になってしまった。


「頑張る事は良い事。誰かのために何かをやろうとする事も良い事。目標を掲げて努力する事も良い事」

「どういうことですか?」

「私も上手くは言えないんだけど、焦っちゃうとね、いろいろと上手くいかない事の方が多いんだよ。何事もだけど心も」

「心……」

「なんていうか、焦ってると自分では精一杯だからわからないんだけど、いろいろと見落としちゃうんだよね。本当はもっと簡単な方法で良かったのに、とか、本当はもっと待っても良かったのに、とか」

「視野が狭くなって、選択肢が少なくなるって事ですか」

「そうそう! それ!」


 それなら、心当たりがあまりにもありすぎる。


 思い返せば、春菜はるな真紀まきを助けた時だってそうだ。

 あんな場面なんだからゆっくりと考える時間はない、だから自分にできる精一杯でスキルを使用した。

 その結果、熊を討伐できて2人を助ける事もできた。

 それだけ見れば、全てが上手くいったんだから何も悪くはない。

 だけど、もしもあれで倒せなかったら……今頃は、ここに居なかったかもしれないんだ。


「いろいろと経験が足りないからってのもあると思うの。だから、この数日間で頑張ろうって話っ」

「なるほど、それは確かにそうかもしれないですね」

「でしょでしょ。だーかーら、戦い方も考え方もいろいろと試していこー!」


 夏陽さんは明るい性格なんだな――って、そういう事じゃないよな。

 俺が見知っている性格だから、落ち込まないようにしてくれているんだ。


「夏陽さん、短い間ですけど――よろしくお願いします」

「よしその意気! じゃあこのままダンジョンへレッツゴー!」

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