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第3話『憧憬を抱く人物とは』

「そういえばさ、どんな人なの?」


 昼食を摂っている最中、春菜はるなはそんな事を呟いた。


「誰の事?」


 突然そんな事を言い始めるものだから、真紀まきは質問で返す。


「ここ最近はいろいろと忙しかったりしたじゃん? それで、一心くんが尊敬している人ってどんな人なのかなって」

「それはたしかにそうだね。親睦会的なのはやったりしたけど、ちゃんとした自己紹介みたいなのってしてなかったよね」

「言われてみればそうだった。じゃあ初めに俺からってことね」

「うんうん」


 今更ながらに、俺達の関係性っていうのは曖昧だったというか、即席でパーティを組んだ感じだった。

 もしかしたら、と考えると深堀するような話し合いはしない方が良いのかもしれない。

 実際、前に居たパーティではそういった話すら出てこなかった。


 ……だけど、この2人になら打ち明けても良いのかもな。


「まず、義道ぎどう正成まさなりさんは、【暁天ぎょうてんの導き】っていうチームのリーダーをしている人なんだ」

「義道さんっていう名前は初めて聞いたけど、【暁天の導き】っていうのは聴いたことある」

「私も。耳に入ってくる、そのどれもが異次元すぎて『物語の主人公かっ』ってツッコミを入れた記憶がある」

「真紀、1人で面白いことしてるじゃーん」

「春菜、黙って」


 怒られているのにニッコニコ笑顔の春菜。


「それで、義道さんが鍛冶師っていうこともあって『俺もなんな人になってみたい』って思うようになったんだ」

「憧れ、ってやつだね」

「でも最初は、鍛冶師だけを目指して日々修行してただけなんだよね」

「ほほぉ~! じゃあなんで、鍛冶師兼探索者になろうって決めたの?」

「実は明確なキッカケはそこまでないんだよね。みんなみたいに、物語上の主人公みたいな活躍を聴いている内に目標になってたって感じ。なんでだろうね、受付嬢を目指す美和みよりがずっと近くに居たからかな」


 俺が話し終えると、なぜか2人は優しい表情から一変――相槌もなくなって時間が止まったかと思った。


「最後のは聞かなかったことにしておいて、なんだかわかるなぁ。私も、モデルになりたいなって思ったのもそんな感じだったよ」

「私も同じかな。芸能人ってどんな感じなんだろ~って思い始めたら、動画とかで観る目線が変わって、気が付いたらその道を目指してた」

「なんかさ。こういう話をする時ってみんな大体が強烈な刺激を受けて、とか、明確なキッカケがあったりしてたから、なかなか自分から話を出そうとは思ってなかったんだよね。でも、なんだかちょっと安心した」


 いつだってそうだった。

 学校に通ってる時、テレビなんかで誰かのインタビューを観ている時、誰かが同じ夢に向かって頑張っているような場面を目撃した時。

 そんな時、目標が揺らぐことは一度もなかったけど、それを口に出そうとは思えなかった。


「いやぁ~、こうやって改めて聞くと凄いね。一心くんの目標が高すぎて、私達はもっともーっと頑張らないと」

「そうだね。一心の足を引っ張らないように頑張らないと」

「いやいやいや。たしかに目標は高いけど、それは俺だけのものだし! 春菜と真紀が足を引っ張ってるとかも全然ないから!」

「ん~? リーダーの目標は私達の目標でもあるからね。話を聴いたからには、みんなで目指したいよ」

「そう言ってもらえると嬉しいけど……」

「だって、憧れてるんでしょ? ならみんなで目指そうよ」


 ……上手く言葉にできない。


 いつからか、自分の気持ちを隠し続けてきた。

 今だって、今の俺では叶えることすらできない夢物語を言ってしまえば笑われてしまうんじゃないかって思ってしまった。

 だというのに、春菜と真紀は……どうして、こんな親身になって話を聴いてくれるんだ。


「……ありがとう。俺も、もっと強くならないと」

「だったらさぁ~私達もスキルガチャを回しに行っちゃう?」

「それねー、私も言おうとしてたところ」

「でもさすがにまだ良いんじゃない? 俺は、切羽詰まってたから回しに行っただけなんだし」

「迷うよねぇ。人生で一回しか回せないって言われちゃうと、どうしても一歩踏み出せない」

「自分に見合ってなさすぎるスキルだった場合、基礎的な部分が追いつかないと最悪だもんね」

「迷っちゃうよね~」


 探索者であれば、全員に等しくスキルガチャを回す権利が与えられる。

 だけど『人生で一度しか回すことができない』という制約が、全員の足を止めてしまう。

 俺だって、物事が全て順調に行っていたら当分は回さないつもりでいた。


 噂程度でしか聞いたことがないけど、中には凄く強いのにスキルガチャを回していない人だっているらしい。


「だけど結構な課題だよね。今のままだと、夢を実現するにはかなり遠いなぁ」

「そうでもないんじゃない? 私達、あの【貢献リスト】に名前が載っちゃったんだし」

「そういえばそうだったっ!」

「実感ないよな、本当に」


 実際に、本当に他人事としか思えていない。


 俺達が載った【貢献リスト】っていうのは、言ってしまえば狙ったら誰でも載ることができる。

 危険性はかなり高いけど、それに見合った報酬も貰えた。


 ……だけど、俺達はただ必死に戦い、勝っただけ。


 それで、猛者と言える人達の仲間入りをしたと言われても、そう簡単に受け入れられるわけがない。


「難しい事はまた後で考えよーうっ。早く食べちゃおー」

「ん、また後で?」

「だって、この後はデザートを食べに行くんだから!」

「お、おう……」


 あのぉ、収入源が探索者しかない俺って……お金、貯めることができそうですか?

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