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第1話『風の噂に憧れの背中を思い浮かべる』

「なんでもっと早く報告しなかったの!」


 地上へ戻ったその日の夜、美和みよりと晩食を楽しみながら……本当に最初の方は楽しんでいたんだけど、怒られてしまった。


 賑やかなファミレスでの出来事なんだけど、当然、美和の大声によって辺りは静まり返ってしまう。


「……」

「……」


 俺達は、隣の席や歩き回っている従業員達から注がれる視線へ、心の中で何度も「ごめんなさいごめんなさい」と言いながら頭を何度も下げた。


 その結果、従業員から注意されることはなく、周りの人達も俺達からすぐに興味をなくしてくれたようだ。


「まあ……初見だったら、対面したモンスターが【トガルガ】かどうかっていうのはわからないから責められないけどさぁ」

「そうなんだよ。俺も、今回の戦いでようやく気が付いたんだ。ああ、あの時の大熊は【トガルガ】だったんだって」


 明確な理由はわからない。

 だけど、狼と熊――それぞれ全く違うモンスターの種類だけど、目の前に立った時の緊張感が似ていた。

「ああ、こいつと戦ったらマズい」って、本能が「逃げろ逃げろ逃げろ」とうるさく警告を鳴らしていたんだから。


「それこそ、私は探索者じゃないし、モンスターと戦ったこともないからね。だけど、今度からは"そうかもしれない"でも軽く報告して」

「はい、次からはそうします」

「久しぶりに2人だけでご飯を食べに来たっていうのに、とんでもないことになったものね」

「すんません」

「明日から報告書とかを提出する作業があるから、ちゃんと来てね」

「了解です」


 こんな時でも優等生――さすがは美和。


「そういや、初めて2人だけでご飯を食べに行った時が懐かしいな」

「まあそうね。って懐かしんでるけど、つい数週間前の話じゃない」

「それはそうだけど」

「一心てば、柄にもなく『今回は俺が全部出すから』なんて言い出すから、つい目を見開いて自分が夢でも見ているんじゃないかって思ったね」

「い、いいだろ別に」

「まあ結局、お金が足りなかったから"自分が食べたものは自分で払う"ってなったんだけどねぇ~」

「うぐっ、痛いところを突いてくれるな」

「ふふっ」


 今思い返しても、恥ずかしすぎて顔が真っ赤になりそうだ。


 あの時は、自分でも柄に合ってないとは思っていたが、直接口で「今までいろいろな事でお世話になったから、これを機に感謝の言葉を伝えたい」――なんてセリフを言おうと思っていた。

 だというのに所持金が足りないという、一番カッコ悪い感じになってしまったのだ。


 ああもう、耳が熱くなってきたじゃないか。


「ちなみに、今日だってちゃんと"自分のものは自分で"払いましょ。今だけかもしれないけど、私の方が稼いでいるだろうし」

「くっ……それでお願いします」


 実際にその通りすぎて、何も言い返せない自分が情けない。

 つい数日間だって春菜はるな真紀まきに、いろいろと支払いをしてもらっちゃっていたしな……。


「それで、新しいパーティはどうなの? やっていけそう?」

「今のところは大丈夫だと思う」

「ふぅーん、今のところは・・・・・・ねぇ」

「正直に言ったらわからない。2人は俺を信用してくれているみたいだけど、これから先の事なんてわからない」

「まあね。でもそれはみんな一緒だし、考えすぎるのはよくないよ」

「わかってはいるんだけど……やっぱりどうしても、2人が俺よりもどんどん強くなったらどうなるんだろう。って思っちゃうんだよ」


 たった今、美和みよりが言ってくれた事はそのままなんだと思う。

 後先考えるな、というわけではないにしても、先の事ばかりを考えていたら今の事が疎かになってしまうって。

 だけど、どうしてもパーティを追放された事が忘れられない。

 楽しかった思い出があるからこそ、役に立たない俺なんかをパーティメンバーとして迎え入れてくれたからこそ。


 でもそれと同時に、『"いつかまた・・・・・同じ運命が・・・・・待っている・・・・・かもしれない・・・・・・"』と思ってしまう。


「じゃあ、そんな卑屈になっている一心へ朗報を持ってきました」

「朗報?」

「一心っていっつもそうだけど、目標があったり、あの情報を聴くとやる気が溢れて元気になるから」


 言われてみれば、今の俺にはこれといった目先の目標はない。


 ――いや、正しくはたった1つだけはある。


「一心が目標にしている人が、またまた快挙を成し遂げたんだよ」

「えっ! なになに?!」

「うっわ、相変わらずね。その食い付き方を観ていると、まるで別人が体を乗っ取ったみたい」

「そんな事はどうでもいいから、早く教えてよ」

「はいはい。第60階層のボスを、たった1パーティだけで攻略したんだって」

「ろ、60?!」

「全部のリアクションが凄いわね。だから、もう既に第42階層の安全地帯に街建築の作業が始まっているのよ」

「うわあ、すっごい」

「探索者でもない私でも、その偉業を最初に聴いた時は理解が追いつかなかったわ」


 凄い、凄すぎる!


「それで、今の一心はどれぐらいのやる気があるの?」

「それはもう爆発しそうなほど」

「そう、それは良かった。一心も、その人みたいになりたいんでしょ?」

「そうだ。俺もあの人みたいな凄い鍛冶師になりたいんだ」

「もうそこまで行くと、鍛冶師とかそういう話じゃなくなってくるとは思うけど……まあ、やる気が出てくれてよかったわ」

「美和、ありがとう!」

「なんだかぁ、こういう時に限って素直に感謝できるのはなんなんだろうなぁ」

「ん?」

「なんでもなーい」


 なんだかちょっと嬉しそうな美和。


 理由はよくわからないけど、俺も後先がわからない未来の事ばかり考えているより、今は目の前の事を一生懸命にやって行かないと!


 よーっし! やるぞーっ!

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