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第39話『武器を鍛えて、己も鍛える』

[絶対に勝って]

[警戒を怠るな!]

[焦らず行こう]


 目の前に集中しなきゃダメだ。


 集中力の妨げになるなら、配信を切った方がいいんだろうけど……その簡単な動作すら時間が惜しい。


『グルルルル』


 経験上からなのか、それともただ思慮深いのか。

 どっちともないかもしれないけど、ありがたいことに鋭い目線を送り続けるだけに留まってくれている。


 時間があるなら、少しでも作戦を考えられる。


「責任を押し付けるみたいで良くないと思うんだけど、シンのスキルでなら倒せると思う」

「私達が時間を稼ぐから、武器を強化してもらえないかな」

「え……」


 だけど残酷だ。

 俺に考える時間を、あいつは与えてくれなかった。


『グルァアッ!』

聖域ワークショップ展開!」

『――ンガッ』


 この選択が間違っていたかどうか、それを判断している余裕は1秒たりともなかった。


 見事に突進攻撃は展開された結界によって防ぐことに成功し、パリンッと音と共に砕け散る。


 対するあいつは面食らった顔で元に居た場所へ跳び戻り、顔をブルブルと震わせていた。


「あの熊みたいにはいってくれないか……」

「こんな時に言うのはズルいかもだけど、前に言ったことをやってみる良い機会なんじゃないかな」

「鍛冶師としての集中力、か」

「もしかしたら結界は壊れちゃうかもだから、その時は私達が時間を稼ぐ」

「でもそれじゃ……」

「心配してくれるのはありがたいんだけど、ね。でも、それしかないって感じじゃないかな」

「ほら、あいつもそろそろやる気になってきちゃったし」

『グルルルルルッ』


 歯をむき出しに、さっきからは比べ物にならない殺意が伝わってくる。

 でもそうなら、もう1回程度しか使えなさそうな結界を有効に使いつつ、3人で戦った方がいいんじゃないか。


 そうは思いつつも、しかし既に答えは出ているようなもの。


『そうなったとして、俺は――本当に戦力として数えられるのか』と、うるさいぐらいにいろんな声が聞こえてくる。

 自分の声、台田だいだの声、根巳住ねみずみの声、桧谷かいたにの声、コメントの声として。

 逃げることもできないこの状況で、自分にできることの選択肢は提案されているものしかない。


 そう、やるしかないんだ。


[おいおいなんだなんだ、面白いことになってるじゃん]

[は?]

[はい?]

[こいつ、前のパーティをあまりにも無能すぎて追放されたんだぜ]

[だからどうしたんだよ]

[もしもそうだったとして、今の状況と何が関係してるんだよ]


「はあ? んだよこのコメント欄」

「洗脳でもされてるんじゃないの?」

「ムカついてきたから、もっと暴露してやろうよ」


[みんな正気か? こいつ、前のパーティじゃビビってて戦いはほとんど仲間にやらせてたんだぜ?]

[それで?]

[この状況しか見てないやつが喋んな]

[こいつBANしろ]


「視聴者が200人も居て、まともなやつらが1人も居ないってマジかよ」

「洗脳を解くためにはもっと情報を出さないと」

「そうよ。呆れさせることをもっとよ」


[こいつ、ほとんど仕事しないくせに飯だけは食うから最悪だぞ]

[しかも何もしてないのを自覚してたのがさらにクソだった]

[さっきからなんなんだよ。今の彼は、できないなりにも精一杯で戦ってんだぞ]

[俺達はちゃんと知ってるぞ、この人の努力を]

[何も知らないどころか、何も見ようとしてないやつがごちゃごちゃとうるせえんだよ]

[さっきからなんだよ。もしかして、追放した本人なんじゃね?]

[wwwそれだったらマジでウケるwww人を陥れることしか考えにないのか? 惨めでワロけるwww]

[だとしたら、負け組人生まっしぐらだな。おつ]

[努力とかしたことないんだろうな。可哀そうに]


「な、なんなんだよこいつらぁ!」

「私達が負け組???? そんなことがあるわけないじゃない!」

「努力はちゃんと! ちゃんと……やってるん……だから……」


 本当にありがたい。

 こちらが時間稼ぎをしたわけではないのに、勝手に時間が経過してくれた。

 絶対に俺達より強いからこその警戒心なのか、それとも強者からくる余裕なのかわからないが、今はただ感謝だけを伝えておこう。


「ハルナ、マキ。俺を護ってくれ」

「お任せあれっ」

「腕の見せ所ってね」

「だけど、危なくなったらすぐに結界内へ入ってくれ」


 2人はただ頷いて俺の前に立ち、剣を構える。


 なら――。


「――始める。聖域ワークショップ展開!」


 空中から光剣を左手で取り出し、地面に片膝をついて、腰に携えている小槌を右手に持つ。


 ――カンッ。


『グァッ!』

「おっと、させないよ!」

「ここから先には通さないからね」


 俺が出し始めた音に反応したのか、あいつは飛び込んできたんだろう。

 2人が戦い始めた音が耳に入ってくる。


 ――カンッ。


 鍛冶師の集中力とは、目の前にあるに所有者を護るめいを与えること。


 ――カンッ。


 師匠の受けよりだけど、『鍛冶師は武器を鍛えると同時に、己も鍛える』んだ。


 ――カンッ。


[ほら見ろよ、仲間が戦ってるのにこいつは後ろで縮こまってるだけだぞ]

[目ついてるんか? 病院に行った方がいいぞ]

[見てたら誰でもわかるのに、理解力低くて可哀そう]

[荒らしじゃなくて本当に追放したパーティメンバーだったら、ガチで目も当てられないな]

[まともなパーティじゃなかったんだろうから、配信主は抜けられて正解だったな]


「お、俺は何も間違ってねぇ! な? だよな?」

「そんなの……わからないわよ」

「言い出しっぺはあんたなんだし」

「なんだよそれ。ちゃんと目を見て話をしろよ」

「……」

「……」


[『あなたはこちらの配信でコメントをすることはできません』]

[あれ、静かになったな。BANされた?]

[ワロタw俺は通報したけどな]

[俺もw]

[同じくwあまりにも不愉快すぎた]

[どうでもいいから応援しようぜ]

[だな]


「はぁ……? こ、この俺が配信でBANされたってぇ!?」

「もういいじゃない。もう辛いから、その話をしないで」

「はぁ……つら」

「もうやめようよ。自分が惨めになるだけだよ」

「くっ……」


 武器の弾かれる音が響いた。


「きゃっ!」

「ごめん!」

「え……」

「なにその光」

「――2人とも、ありがとう。たぶんいけると思う」


 2人は剣を杖に、膝をついて痛みを堪えている。

 よく見れば腕や足が擦り向けて血も出ている。


 だけどそのおかげで準備は整った。

 鍛えた光剣は、持ち手や形状を変化することはなかったが、放たれる光量は比べ物にならないほど膨張している。

 しかし不思議なことに、太陽ほど眩しいであろう光は目を細めることなく直視できた。


『ガァアアアアアアアアアアッ!』

「凄く怒ってるけど、何したの」

「いやぁ、沢山意地悪なことをした」

「挑発しまくったっ」

「なるほどね」


[あ、これ勝ったわ]

[いけいけいけー!]

[うおおおおおおおおおお!]


『ガァアアアアア――ガッ』


 つい先ほど、自分の身をもって結界を体感したっていうのに……そりゃあそうなるでしょ。


 パリンッと結界が粉々に砕ける――という、つい先ほど見たばかりの光景が再現された。


『ガッ――ガッ』

「じゃあ隙を突かせていただきくよ――はぁああああああああああああああああああああっ!」


 俺は、大量の光を放つ光剣を握り締めて標的目掛けて跳び――剣を振り下ろす。


「……」


[うおおおおおおおおおお]

[やったああああああああああ]

[ひゃっほおおおおおおおおおお]

[大勝利じゃああああああああああ]

[ふぉおおおおおおおおおお]


「やったーっ!」

「倒した、倒した!」

「シンくんが倒しちゃった!」

「やったねシン!」


 着地の勢いそのままに、右膝をついて前傾姿勢のまま動けない。

 快勝とまでは言えなくても、戦いに勝利したのは間違いない。

 だから、勝利の余韻に浸って動けない……って言えたらかっこよかったのに。


 じゃあなぜ動けないかっていうと、情けなくも恐怖の余韻が残っていてガクガク震える足が動かない、というわけだ。


「でもまずは、この場から離れて街に戻ろ」

「だね。ウォンフに囲まれたら大変なことになるし」

「う、うん」


 震える足を叩いて気合を入れ、立ち上がる。

 2人は怪我をしているんだから、手を借りるわけにはいかない。


「――行こう」

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